2016 再開祭 | 桃李成蹊・30

 

 

「どこに行く気なんだよ。もう二度と会えない場所なのか?
感謝したくても、声も届かないような場所なのか?どうやって?
あなたなんだろ?鎧って、刀って何なんだ?どうやってCOEXからウンスさんを攫ったんだ?
どうやって逃げた?雷って何なんだ?」

俺の心の中みたいに強い風の吹き荒れる窓の外。
その風の音に負けないくらいに大声を張り上げる。

風に吹かれて舞い上がる秋の枯葉みたいに、クエスチョンマークばかりが頭に踊ってる。
まるでガキだ。なんで、どうして、どうやって。

判ってるけど、でも一緒にいた時の事が最初のシーンからまるで逆再生みたいにあふれ出す。

俺が特別だと思った事もないだろう。
ギプスでがっちり腕を固めてるのに、そこに触れないように腹の上に乗られた。
そのまま腹筋しろと言われた時は、思わず唸り声が出た。

自由に動かない腕なのに、肩を上げろだの回せだのと言われた。
右手一本で腕立てまでさせられた。
トレッドミルでちょっと速度を落とすと、無言でそのスイッチを勝手に押して、全力ダッシュさせられた。

傷を打ち明けてくれた。カメラ前で何が起きたか話してくれた。
もしもそのまま隠してたって、絶対にばれたりはしないのに。

友になると言ってくれた。だけど甘やかしたりはしなかった。
プライドや自信は這って探せ、この手で掴めと教えてくれた。

俺が幸せなのかと心配していてくれた気がする。
俺は何を求めているのか考えてくれた気がする。

高い壁だけを残して勝手にどこかに行こうとしてる人。
俺よりもずっと捨て身で他人の事だけを考えている人。

一人きりの大切な人の為に他の全てを犠牲に出来る人。
犠牲にしてるとすら考えず喜んで全てを棄てられる人。

そんな自分を支えてくれるたった一人を持っている人。

俺とそっくりな顔で、俺の生きたい人生を生きてる人。

俺がそれを手に入れられないのは当然だ。
俺は一人の人だけの為に全てを棄てる勇気がないから。

「今週末漢江で花火があるよ。有名な花火大会だ。知ってる?」
「いや」
「外には出られないけど、一緒に見よう」
「約束できん」
「だったら俺達がホテルに行く。社長とチーフマネージャーと」
「おい」
「他のスタッフたちにも紹介したいよ。俺達、飯も一緒に食ってないでしょ。
酒も飲んでないでしょ?話したい。知りたい事がたくさんあるんだ、ヨンさん」
「ミンホ」
「教えてくれよ。誰にでも聞けることじゃない。ヨンさんにしか」
「教える事は無い」
「ヨンさん!」

突き放す為に言ってるわけじゃない。
その証拠に今だって困った顔でヨンさんは静かに首を振る。

風は強くなってくばかりだ。分厚い防音窓を嫌な音で軋ませ揺らす。

台風が暴れてるのは南、遠く離れた町のはずなのに。

 

*****

 

「すごい風よ。済州では亡くなった人もいるって。でもソウルからはかなり離れてる筈なのに」

女が乱れた髪を指先で整えながら、ちーふまねーじゃーの男と共に居間へ入って来た。

「10月にこんな台風10何年ぶりだってさ。ニュースでも大騒ぎだ。釜山は地震の後だし、心配だな」
「事務所の方で、寄付なりボランティアなり考えて」

ミンホは暗い目で、烈しさを増す窓外の風に飛ばされる木葉の行方を追い駆ける。

「分かったわ。検討する」
「検討じゃないよ。すぐ動かなきゃ」
「ミノ、分かるけど今は全スタッフがお前の新しいドラマに」
「言い訳は止めてくれよ。ドラマだけが全てじゃないだろ?
ドラマ見るTVどころか今家がない人や、飯を食えない人が」
「ミンホ」

女が驚いたように大声を上げる奴を宥めに掛かる。
「分かった。約束する。必要なら特別チームを組むから落ち着いて。一体どうしたの?急にそんなに興奮して」
「・・・悪い、シャワー浴びて来る」

奴は頭を振ると肩に載った女の手を静かに外し、それだけ残すと寝屋の扉へ歩いて行く。
その扉を細く開けると隙間へ滑り込み、奴の背が部屋内に消えて行く。

後ろ姿を見送った女が小さな息を吐く。
「ごめんなさいヨンさん、最後まで見苦しい所をお見せして」
「見苦しい・・・」
「普段はあんな風に、自分の気持ちを乱暴に口にしたりしないんです。いろいろあってイライラしてるんだと思うけど」
「何処が見苦しい」
「え?」

俺の声も届かんか。首を傾げる眸の前の女にもまた、己の信義がある。
あの男の行く途を守り、その心を守る事。
それでも奴の倖せの真の在処が判らぬ限り、唯の余計な節介になる。

あの男の倖せは己の上には無い。常に周囲の他者にある。
周囲を笑顔にして初めて己が満ち足りる男だ。
それこそが王の資質である事に、最も近い家族が気付かず如何とする。

この天界の則はどうやら終いまで、俺とは反りが合わぬらしい。
隣の飯櫃が空なら家の物を半分持って行け。
隣の奴の飯椀が空なら己の物を分けてやれ。
そう教え込まれて育ち、そう兵に教えて来た俺には判らない。

差し出す家が増え兵が増えれば、結局皆が豊かに喰える。
互いに腹も心も満たされるのに何処に躊躇する隙がある。

しかしそれは押し付けても仕方なき事だ。
己で気付きその意思で、相手の空の器を満たさねばならん。

その為に力を蓄えると言うなら、今は屈む事を覚えろ。
屈んでこそ、初めて高く飛ぶ事も出来る。
地を知らぬ奴に天を見渡す目は備わらん。

背の消えた扉に小さく笑い、先刻まで奴が眺めた窓を眺める。
窓際の柔らかそうな空の肘掛椅子。
王座は其処で待っている。他の誰が腰掛けるのも赦さずに。

「すごい風ね。音で起こされちゃった」

俺の唯一誰とも分け合えぬ方が、眠たげな声で寝屋の扉を開けて来る。
「あれ?ごめんなさい、時差ボケで・・・寝過ごしちゃいました?」

居間に揃う深刻そうな三つの顔を順に見渡し、あなたはそう言って首を傾げた。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    ヨン「地を知らぬ奴に天を見渡す目は備わらん」…深い。屈んでこそジャンプ出来る…と同義ですか。
    ヨンと会話しているミノと一体化しちゃいました(。-∀-)
    感動しました。勉強になりました。
    ありがとう!さらんさんm(__)m

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