2016 再開祭 | 片割月・後篇(終)

 

 

泣きながら目が覚めた。

こういう目覚め方は大嫌いだとウンスは指先で目元を拭う。
目が腫れる。碌な化粧品もないのに隠すのは一苦労だ。
朝から気持ちが重く曇る。目覚ましのコーヒーもないのに。

部屋の障子越し、朝日が射し込んで来る。

いつもなら足許に縞模様を作るだけのはずが、今は部屋いっぱいにほの白く満ちている。
その白い光の中で心地良さげに微睡む男。
閉じた睫毛、高い鼻梁、そして動いたウンスの気配に黒い瞳が薄く開く。

夢なのか現実なのか判らずに、今度は目尻だけでなく掌で目を擦る。
「・・・イムジャ」

低い声で呼んで、懐かしい手がウンスの掌を緩やかに握って止める。
「そんなにしては」

まだ寝惚けているのだろうか。
止めたまま握られた手を静かに引かれて、その広い胸の中に落ちる。

寝惚けているのはこの男か、それとも自分か。
判るのはその胸に落ちた拍子に当たった耳に、確かに聞こえる鼓動。
胸に落ちたウンスを逃がさないと言うように回される懐かしい両腕。

「どうして?」
「・・・何がです」
瞳を細めたまま満足そうに寝乱れたウンスの髪を梳る、優しい指先。
幾度も幾度も小さな頭を確かめるように丁寧に滑らせる、大きな掌。

感じた途端に瞼が熱くなる。心配させまいと思うほどに涙が零れる。
その腕の中でしゃくり上げると、驚いたように瞠られるあの黒い瞳。

「如何しました」
「すごく、怖い夢を・・・ううん、夢じゃなく、離れてた頃を・・・」

それ以上声にならず腕に縋りつく。
誰よりも愛する、待ち続けた男に。
必ず戻るからと、誓い続けた男に。

「声を、かけるのに、届かなくて・・・でも見える気がして・・・何度も、何度も呼んだ・・・」
「聞こえていました」
「本当に?」

あの瞳だとウンスは思う。言葉より饒舌な、真実だけを伝える視線。
その瞳で本当だと答えながら、大きな掌が頬に零れ落ちる雫を拭う。

「故に待てた」
「・・・っじゃ、っあっ」
不格好にしゃくり上げると、ウンスは両の拳で硬い胸を何度も叩く。
「っ聞っ、こえなかったら・・・待っ、てくれなかったのっ?私、私は」

判っているのに聞くなと、呆れたような優しい視線に顔が熱くなる。
そうだ、この男は必ず待っただろうと知っている。
そして自分は、何があろうとも必ず戻って来たと。

明るさを増して行く部屋の中でウンスは思う。ああ、陽が昇るんだ。
新しい日が来る。障子越しの空が青い。今日も天気が良さそうだ。
この可愛い寝惚けた男に、誰より愛する男に、朝のお茶を淹れよう。
コーヒーは手に入らないから仕方ない。

「もう起きよう?お茶淹れるわ」
男は朝の光の中で、ゆっくりと目許を緩めて首を振る。
「此処に居ります」
「だって、もう充分眠ったでしょ?」
「では俺が淹れて参ります」

そう言って、あの両腕が離れてしまうのが淋し過ぎて。
急に冷えてしまった肩に驚いて、ウンスは小さく叫ぶ。
「行かないで」
「すぐに戻って来る」

愛する男が困ったように、その黒い眉を下げる。
「私も、連れてって」
「何処にも行かん。此処に居ります」
「行かないで」

ウンス。

「此処に居ります。早く」

ウンス。

愛する男が見慣れた大きな掌で、見慣れない部屋の格子扉を押し開く。
その外には、劉医師に教えてもらって覚えたばかりの薬木や薬草。
見慣れない眺めのその庭から射し込む、新しい朝陽。真っ青な空。

扉を抜けて朝の光に溶け、見えなくなった愛する男に問い掛ける。
「まだ、そこにいる?」
「此処に居ります」

大丈夫、あの声が聞こえる。あなたはそこにいてくれる。
「待ってて、今行く」

一足先に寝台を抜け出た愛する男の許へ行こうと、ウンスは見慣れないその上掛けの端に手を掛けた。

「待ってて」

 

「ウンス」

肩を小さく揺さぶられ、真っ暗い部屋で布団の上に跳ね起きる。
その暗闇の中自分を見つめているのは、ソンジンの不安げな瞳。
「魘されていたぞ」

大きく息を吐いて額の汗を拭き、足許に縞を描く窓の外の月を見る。

浮かんでいるのは銀色の半月。

ソンジンはウンスの視線を追い駆け、窓の外に浮かぶ月を見上げた。

「・・・片割月」
「風流な名前ね」
皮肉気なウンスの声に苦く笑うと、
「片割に出逢って満ちるまで、残り七夜」
「満月までの周期は、ピッタリ15日とは限らないわ」
「ウンス」

呆れたようなソンジンの声に、布団の上でウンスが振り向く。
「意地を張るな」

暗い部屋の中の黒い瞳から目を逸らし、もう一度窓の外を確かめる。
あなたもどこかの空、浮かぶ半月をこうして見上げているだろうか。

浮かぶ半月、片割月。出逢って満ちて、また欠けて。

でも明日になればもう少し丸くなる筈と、ウンスは少し安心する。

出逢って満ちて、また欠けて。残り半分が満ちるまで、あと七夜。

「・・・そこに、いる?」

首を傾げ、長い髪を揺らし、小さく月に呼び掛けるウンスの横顔。
ソンジンは無言のまま、その横顔を不思議そうな眼差しで見つめた。

 

 

【 2016 再開祭 | 片割月 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

4 件のコメント

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    ウンスの呼ぶ声は きっと
    ヨンに届いてた。
    どんなに 会いたかったでしょうねぇ
    月をみて 思うのは
    ヨンのこと 戻れる日を 待ってる
    (´っд・。)
    はやく 会わせてあげたい。

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    さらん様
    ああ、朝の通勤電車の中で、切なくて泣きそうになりました。
    離れてた頃の夢を見て、泣きながら起きたら愛するヨンが隣に眠ってて、安心したのも束の間、それ自体が夢だったなんて・・・。
    その前の二話から予想はしてましたが、やっぱり切ない・・・。
    でも片割月はこれから少しずつ満ちて行くってことで、ウンス同様、少し安心。
    そして満月になったら本当に会えるといいのに。

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    このお話の元を呼んだとき、すごく嬉しかったと言うか心が温かくなったお話で、続きを読みたいと思ったお話でした♡
    このお話をリクエストしてくれた方に、感謝です(’-’*)♪

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    離れていても互いを想い感じる。
    半月が会えない二人の寂しい心を表しているようですね。
    二人が再び会えれば寂しさで潰れそうな心も満月のように満たされるんですよね。
    ふたりの視点に立った素敵なお話をありがとうございました!

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