2016再開祭 | 秋茜・拾伍

 

 

厨に飛び込み水甕の蓋を取って、その中に充分な水が入っているのを確かめる。
続いて桶を抱えて庭の井戸へと走り、汲み上げた井戸水で桶を満たして戻る。

走ったのは猫の額程度の狭い庭なのに、慌てたせいで桶から零れた水が派手に上衣を濡らす。
「これで体を拭いて、着替えて」
「・・・お前もな」

桶に手拭いを浸して絞り、熱のせいで潤む目で呆れたように私を見るソンジンの熱い手に渡す。
ソンジンが続きの間の仕切り扉に消えるのを確かめて、薬棚から手早く麻黄湯の薬草と薄荷油を選び取る。
麻黄、桂皮、杏仁、甘草。ソンジンの実症と体力があれば、問題はない筈だ。

一回分として計ってあるその薬草を土瓶へ入れ、七輪の炭に火をつけてから土瓶を乗せる。
そして竈の種火に薪をくべ、火が上がったのを確かる。
その上の大鍋に水甕からたっぷりと水を注ぎこんで、薄荷油を足す。

風邪の咽喉には湯気が大切。薄荷油も加えればもっと効く。
急いで部屋に戻り布団を延べかけたら、抱えた布団の重さに床のポソンの足許が横滑る。
揺れた体で布団を抱き締めると、張った肘が思い切り薬棚の角にぶつかった。

思いがけない大きな音が狭い庵に響き、同時に続きの間の小さな仕切り扉が開く。
格子戸の向こうからソンジンが驚いたような顔を覗かせ
「何の音だ」
と掠れた声で尋ねる。

「気にしないで、早く着替えて。汗は拭ける?」
布団を抱えたまま、肘の痛みで滲んだ涙を誤魔化すように目をしばたく。
無言のソンジンの返事代わりに、大きな溜息だけが戻って来た。

すぐに着替えて出てきたソンジンに延べた布団を示す。
普段は我慢強いこの男も、今回は相当辛いのだろう。その掛布団を剥ぐと素直に横たわり、掛布団を巻き付ける。
繭のように丸まった布団からようやく出ている額に手を当てれば、やはりかなりの熱がある。
「ソンジン」
「・・・何だ」

額に手を当てて呼び掛ければ、布団の隙間から声と共に漏れる息も熱い。
「今までどこで寝ていたの」
ソンジンは辛いのか、それとも誤魔化そうとしたのか、低い声で曖昧に呟いた。
「裏」
「裏って、どこの」
「裏だ」

・・・裏、まさか。
「ねえ、この庵の裏のこと?裏の小川の河原?」
「・・・ああ」
「火は?焚いてたら気が付く。ひょっとして火も焚かずに」
「・・・・・・煩い」
「っあんた、本当に馬鹿なんじゃないの?!」

怠そうに唸るソンジンに思わず怒鳴る。秋風が吹く河原で、火の気もなしで。
せめてどこかの木賃宿か、さもなければ酒楼でもどこでも。それくらいは考えられる筈なのに。
「馬鹿はお前だ」
私の怒鳴り声に腹を立てたように、ソンジンは布団の中から赤い目で私を睨み返した。
「人質に取られおって」
「人質って・・・」
「俺を誘き寄せる為に、康寧殿に日参させられたろう」
「それは別に構わないのよ。第一私があそこに居れば、あんたが逃げる時間は充分あった筈じゃない。
何故王陵寺に行かなかったのよ?!」
「王陵寺・・・」

本当に熱で頭の中までどうかしたのだろうか。
存在すら忘れていたように、ソンジンは私の言葉を繰り返す。
「そうよ。あんたが奉恩寺までどうにか行けるようにと思って、 私は」
「・・・ああ、そういう事か」

合点がいったのかソンジンは目を逸らすと庵の天井を見上げて喉で笑い、その拍子に小さく咳き込んだ。
「そうか」
「何がおかしいのよ、私は」
「王陵寺か」

何を考えているのか、熱でいつも以上に寡黙な男はそれ以上何も言わずに目を閉じた。
「少し眠る?もうじき薬湯が煎じ終わるけど、寝られるなら起きてから温める」
「ああ・・・」

もう半分眠りに落ちたような声。
ソンジンは顎先で頷くと、そのまま静かに寝息を立て始めた。

その深い息しか聞こえない。急に静かになった部屋の中。

開けたままの庭との境の扉を閉める為に立ち上ろうとする、私の上衣の裾が引っ張られる。
「早く、着替えろ・・・」

縺れるような口調で言うと、裾を引くソンジンの指がやっと緩んだ。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ソンジン
    怒ってたけど…
    ソヨンの側を離れる気なんて
    無かったのよね
    人質にとられたと…
    取り返す 策を考えてたの?
    ま 怪我の功名?
    ケンカはお預けで 
    ソンジン 体 治さなきゃね 

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