【 孟春 】
「4日」
膝の中、懐かしい天界の暦が庭の月明りに透けている。
昨日もそして一昨日も、この方は同じ事をしていた。
その暦を見るたびに、肚裡は複雑に乱れる。
細い指先に握った筆が、手書きの暦に斜線を引くのを眺めた。
大きな×で消される天界の暦が、心に同じ形の傷を刻んだ。
判っている。あの日々があったから今の倖せに感謝できると。
それでも思い出せば、肚には靄のような不快感が立ち上る。
この方はそんな昔の感傷に浸るつもりはないらしい。
いつでも前を向くこの方らしい明るさで笑うだけだ。
今が倖せ過ぎるから失う痛みに先回りして身構える。
俺の心の片隅には、如何しようもなく残る闇がある。
この方くらい明るく笑えれば、早く忘れる事も出来るのか。
「明日からよ、どうしよう!」
その天界の暦の紙を折畳み胸にしまって、鳶色の瞳が此方を振り返る。
見た事もない程に輝いて、三日月を描いている瞳。
見つめ返して、許しも得ずにその頬に指を触れる。
「楽しみですか」
「うん!だって10日もお休みよ?何かのついでじゃない、完全なヴァケーションだもの!」
触れた俺の指先に、細く温かな指が絡む。
そしてそのまま口許に移され、軽く優しい音の口づけが降る。
その先は進めぬ道だと知っているから、温かい唇から己の指をそっと外し、膝の下に戻して拳を握る。
消えた指を目で探すこの方の気を逸らすように、その天界語を質してみた。
「ばけーしょん」
「休暇よ。2人っきりで10日も初めてじゃない?何の問題もない。敵もいないし、どっかに行くついででもない。
ヨンアが何も心配しないでノンビリできるなんて、それだけで嬉しい!」
そんな風に気を遣わせている。
いつも笑っているこの方の、言葉の隅に見え隠れする傷。
何も言葉を返せずに、黙ってあなたを抱き締める。
あなたを傷ごと抱き締めて、護る事が倖せだと伝えたい。
例え三日三晩の寝ずの番でも、この手が朱殷に染まっても。
しかし声に出さねば伝わらぬのか、この方は矢継ぎ早に声を飛ばす。
「ヨンアは?嬉しい?それとも長期休暇で、王様と媽媽が心配?
どうしよう。どこに行く?予約取らなくても、ホ・・・宿屋さんに泊まれるの?
でも目的地も決めてないから、予約取りようもないわよね」
弾む声。正直に白状すれば水を差すから黙っている。
場所は何処でも構わない、何なら十日宅に籠っていても良い。
ここにこうしてあなたがいれば、眸を開けてあなたが見えれば。
名を呼んで明るい声が返るなら、それ以上の倖せは俺にはない。
朝起きるたび昨夜眸を閉じる前よりも愛おしい。
夢で逢うたび逢う前よりも胸の痞えで息苦しい。
心の裡で呟かなければ朝の最初の息も出来ない。
あなたが教えて下さった大切な天界の言の葉を。
それを伝える事すら躊躇するのはただ照れ臭いからだ。
口にする程に込めた心が薄まりそうな気がするからだ。
「イムジャ」
「なぁに?」
最後の一歩を踏み出す事が出来ずに、俺は無言で抱き締め直す。
腕の中で嬉しそうに笑う瞳と、その裏に上手に隠す心の傷ごと。
「海でも山でも、お好きな処に。ですから今宵は早寝を」
あなたは初めて気付いたように
「今、何時?」
と瞳を丸く見開いた
空に浮かぶ月を見上げ
「小夜、そろそろ亥の刻です」
告げた俺に、この方が首を振る。
「ダメ、明日は絶対早起きしなきゃ!!」
・・・故にそう進言したつもりなのだが。
「寝なきゃ、ヨンア!」
膝から小さな体が跳ね起きて、急に寒風が吹きつける。
温めようと膝に乗せているつもりが、すっかり温めてられている。
春も夏も秋もそうだが、殊更身に染みるのが冬だ。
婚儀前からこの調子では、婚儀を上げたらどれ程だらしない男に成り下がるのか、考えるだけで辟易する。
真冬の冷たい廊下を歩きながら、既にこの方を抱き締める寝台の上の温かさに焦がれる。
そんな己自身に呆れ果て、暗い小夜の廊下に吐く息が白く立ち上った。
二人の旅は、巴巽村と婚礼衣装を買いに行くなど、用事
多かったと、思います。お休みをゲットした二人の楽しく、ハラハラがあったり、
途中ヨンが熱を出し薬草を探しに行ってウンスが迷子になり大騒ぎする事件があったりと
しながらの、珍道中のお話をお願いします。たまには、旅行に行かせてあげたいです。
(18383411さま)
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しあわせに 縁遠かったんだから
ウンスが居るだけで
しあわせだって 思えるなんて
ほんとよかったね~
ま、二人のときはデレ~ってしても
いいわよ いいのよ
誰も文句言わないわ~
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