春草摘 | 福寿草・13(終)

 

 

「済まなかった」
隊長は周囲に警戒の目を配りつつ、俺へと短く言った。
「いえ、俺は全く」
「歩哨に戻れ」
「はい」

隊長に頷いて庭へと戻りつつ、不思議な気がした。
あのハナ殿。あの物言い。キョンヒ様への献身具合。
乳姉妹なんていない、儀賓大監殿なんて方には縁のない俺にはよく判らないけど、あんなものなのだろうか。
姿が見えないだけで、あそこまで真っ青になって探すんだろうか。
離れ離れになるだけで、あそこまで涙ぐんで思い遣るんだろうか。

ハナ殿。あの方は、どんな方なんだろう。
キョンヒ様に従う乳姉妹ではなく、あの方ご自身はどんな方なんだろう。

歩哨の道、周囲を警戒しながら庭へと戻る。
この目がいつの間にかハナ殿の姿を探しているのに気付いて、俺は首を振って息を吐いた。

あの日、大護軍の御婚儀の後。
もう一度ハナ殿にお会いしたいとお願いすると、隊長は呆れたように碌に取り合っても下さらなかったけど。
でもあのままキョンヒ様と離れたら、ハナ殿はどうするんだろう。それを聞いてみたい気がした。
離れたくないのに、今まで何人もの大切な仲間と離れてきた俺だから。
生きてるのに、互いに離れたくないのに無理しなきゃ駄目なんだろうか。
それって何かおかしいんじゃないのか。俺はそう思うんだけど。

大護軍の最高に倖せそうな御婚儀での笑顔も。
ようやく生涯の伴侶と巡り会った隊長の事も。
報せたいのに、見て欲しいのに、一緒に喜びたいのにもう出来ない。
次に会ったら必ず教えてやると、空に向け心で告げるのが精一杯だ。
そんな時の俺の目はあの時赤くなったハナ殿の目に、もしかしたらよく似ている気がして仕方ない。
あの日大護軍の御邸の庭で、あの目を見つけて以来。

だから今日のこの花摘みは、俺にとって大切なきっかけだった。
話してみたくてハナ殿に纏わりついたが悉く無視されて、その口から生き生きと発せられるのはキョンヒ様の事ばかりで。

こうして話す度に思わず言いたくなる。
無理していませんか。それが本当に、ハナ殿の望む別れですか。
福寿草の咲く野での春草摘みを最後に、お別れで良いんですか。
そんな風に無理して離れなくても、二度と逢えなくなる事があるのに。
どれほど会いたくても見せたくても、会えない奴、見せられない奴がいつも心の中にいる俺には判らない。

だけど俺が言う事じゃない。少なくとも今はまだ。
しっかりした方だし、俺が口を挟まずともよくお判りかもしれない。
お美しい方だけどこれが好意なのか違うのか、俺自身も分からない。
ただもっとお話したい。御婚儀の日から思い続けた事は嘘じゃない。

なかなかお会いできない事だけが、難しい問題なんだよな。
普通にお会いしてお話する機会が多ければこの気持ちが何なのかも、そのうちに判りそうなものなんだが。

昼餉を終え、みんなが帰り支度を整える野原の中。
風に吹かれ揺れる草の中でハナ殿の抱えた空箱を包んだ荷を、一礼しその手からお預かりしようと手を伸ばす。
「トクマン様」
「荷物持ちですから」
「いえ、行きよりもずっと軽いです。空箱ですので」
「ですから尚更お持ちします。楽なので」
「・・・はあ」

頑固に手を離さない俺に、根負けした様子で荷を引いていたハナ殿の手から力が抜ける。
「どうもありがとうございます」
「とんでもない。こちらこそ本当にご馳走さまでした」

荷を抱えて頭を下げると、ハナ殿が曖昧に微笑んだ。
「あの、ハナ殿」
その笑顔に励まされ、勇気を出して呼んでみる。
「これからも荷を持ちますから」
「は?」
「こうやってお話できませんか」
「トクマン様」
ハナ殿は戸惑った様子で、左右に首を振る。
唐突過ぎたのか、それとも俺のような男は好みでないのか、どなたか他に心に決めた方がいるのか。
「お願いです。考えて頂けませんか」
「あの、ですから」

困った様子でハナ殿は首を傾げて、荷を抱えた俺を初めて真直ぐに見上げてくれた。
「迂達赤のあなた様に、お忙しいお役目のなかで来て頂くわけには」
「は?」
「いつもは荷物を抱えていないので、荷物持ちに来て頂くわけには」
「あの、ハナ殿」
「今日は特別なのです。いつもこんな荷を抱えている訳では無いので」
「ええ」
「ですから、本当に荷物持ちは」
「・・・荷物持ちでは無ければ、会って頂けますか」

この方は俺が本当に隊長かどなたかの命令で、荷物持ちを買って出たと信じておられるのだろうか。
「荷物持ちではなくただ会って話して頂けますか。もちろんハナ殿のお時間がある時で構いませんから」
「え」
「荷物持ちは口実です。どうにかしてお会いしたかったんです」

知りたかったんです。
この眼にあなたが映ったのが単なる偶然なのか違うのか。
数多の花の中、福寿草に眼が行っただけなのか違うのか。
今の俺の気持ちはこの後に、咲いて行くのか枯れるのか。

今言えるのはこの野原を最後にお会いできなくなるのも、ハナ殿が無理してキョンヒ様から離れようとすることも悲しいと思う。
ただそれだけなんです。

春風の中で、ハナ殿がこの視線に根負けしたように微笑む。
「それなら」
「本当ですか!!」

周囲に大護軍も、隊長も、テマンもいる事を忘れた俺は思わず叫ぶ。
その声がハナ殿の髪を揺らすのと同じ春風に乗って、野に流れていく。
「但し、もう荷物持ちは困ります。ご無理をされないで下さい」
「判りました!!」
「名分はいりませんから」
「心します、いえ、もうどうにか見つけようとはしませんから!!」
「安心いたしました」
「本当ですね。後でお気が変わられたりしませんね」
「・・・はい」
「やった!!」

ハナ殿が頷く野原の中、荷を抱えたまま天に突き上げた俺の上衣の袖が、同じ明るい春の陽射し、同じ風にふわりと揺れた。

 

 

【春花摘 | 福寿草 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    「荷物持ちでは無ければ、会って頂けますか」だって~
    トクマン君たら積極的ですねぇ(笑)
    ヨンやチュンソクに聞かせたいです~
    さらんさん❤
    いつかはヒドにも春の花を咲かせて
    あげて欲しいです(^^)
    爽やかなお話ありがとうございました❤

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    さらんさんこんばんは。
    トクマンやったね♪
    ここまではhappy話
    ここからどうなるんだぁ?
    だんだん厳しい話になりそうな予感
    でもワクワクしています。
    いつも素敵なお話をありがとうございます。
    ご自愛しつつ次なるお話を
    よろしくお願いします<(_ _*)>

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    さらんさん♥
    ここぞ!という時には、しっかり言えるのですね!
    凛々しいです、トクマン(*´з`)!
    キョンヒ様だけを見つめて、キョンヒ様のために生きているハナさんにとって、トクマンとの出逢いは、自分自身を大事にするきっかけになるといいですね♥
    トギとテマン、チュンソクとキョンヒ様に続くほのぼのカップルのお話が、この先もいつか拝読できるのでしょうか?
    楽しみです♥
    さらんさん♥
    三連休も今宵で終わりですね…(´・ω・`)。
    明日からまた、怒涛の日々です…。
    とほほ(iДi)。
    さらんさんも、お身体に気を付けて頑張ってくださいね。

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    そばにいる、会えることが大事と知っているトクマン。それをハナさんにうまく伝えられれば二人はうまく行くのでしょうか。そっと見守りたいです。

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