春花摘 | 桃・8

 

 

「敬姫様の降格の一件は」
私の声にあくまでしらを切る気か、ヨンは目を逸らし回廊の先を見る。
「過ぎた事は良い」
「良くはない!」

鋭く飛ばした声に、こ奴は驚いたよう小さく身を退いた。
「何だよ」
「まさかお前が絡んでいるのか、敬姫様の皇位剥奪の件」
問い詰める私の声に、ヨンは困ったように曖昧に言った。
「・・・気付いていると思っていたがな」
「王様の御為か、それとも」

敬姫様があのまま皇位におられれば、いずれ高官の息子を婿とされ、御子を御生みになったろう。
王様を心中疎ましく思う親元派、征東行省や双城総管府で旨味を知った反勢力が、こぞってその婿を宛がって来ただろう。
李 成桂の父、李 子春のような狸どもが。
年の頃からしても、李 成桂自身が婿になっていたかもしれん。

生まれた御子様が男子なら、この世に生を享けた瞬間から王様の御立場を危うくしただろう。
敬姫様にそうした私心が無くとも、それこそが政というものだ。
利用価値のある者を、利用価値のあるうちは徹底的に利用する。
横のこの男が何より忌み嫌うその駆け引きこそが、政の真髄だ。

徳興君は既に謀反人として高麗を脱し、元の方へと逃げていた。
後は敬姫様が皇位を降り一貴族の娘となれば、王様の御立場はより盤石なものとなる。
敬姫様が王様の御聖恩を忘れず臣下として王様に仕えて下されば、まして己の右腕が敬姫様のお側で守るならば、これに越した事は無い。

「どう繋がっているのだ。政が先か、色恋が先か」
私の問いに片頬で笑み
「色恋だ」
こ奴はそう言うと、小さく顎先を下げた。
「迂達赤隊長が先か、敬姫様が先か」
「敬姫様だ」

確かにあの堅物の迂達赤隊長が、敬姫様に叶わぬ想いを抱くとは到底考えにくい。
抱いたとしても誰にも伝えず、死ぬまで秘していただろう。
共に許されぬ相手への恋慕でも、あの頃いくら止めようと勝手に突っ走った目の前の甥とはそこが違う。

「昨日今日ではない。敬姫様が御心を決めて王様に降格を直訴されるまで、五年近く経っていた」
「どういう事だ」
「さあな」

一人愉し気に言ったヨンは、そこで表情を改めた。
「遍照については調べる。判れば伝える」
「判った」
「叔母上が親鞠に同席するのは難しいかもしれん。どうにか遍照に会えるよう、考えてみる」
「ああ、そうしてくれ」
「もうひとつ」

言い辛そうに淀み、こ奴が眼を逸らす。
「誰にも言わないでくれ。信じ難い話だ。
しかしこの後、遍照が還俗してシンドンと名乗り、次の王様の御父媽媽となるかもしれん」
「・・・ヨンア。気は確かか」

その突拍子のない言葉に息を呑む。口にするだけでも大逆罪だ。
しかしこの男に限り、王様に対して逆心などあろうはずもない。
「ああ」
「何故出自も分からぬ僧が、徳興君の身の回りを世話する男が、そんな大それた御立場になれるのだ」
「天界ではそうなっているらしい」
「天のお告げか」
「注意してくれ」
「ならば尚の事、早く会わねばどうしようもないだろう!」
「叔母上」

苛りの余り思わず小さく叫ぶ私を気に留める様子もなく、こ奴は息を吐くと低く続ける。
「もしもだ。もしもあの方の知る天界のお告げ通りになるならば。
その前に俺と、テマンと、そして侍医と。
遍照に寄れるのは今の皇宮で三人だけだ。手段は選ばん。必ず止める」
「侍医も知っておるのか」
首を振り、ヨンは息を吐く。
「奴に頼む時は毒を遣う時だ。出来ればさせたくない」

敬姫様の一件でやけに頭が切れると思えば、出自も知れぬ僧を、まして天地を返すかもしれぬ僧を引き入れる。
一体この男は馬鹿なのか切れ者なのか。我が甥ながら呆れ返る。いい加減叔母を楽隠居させようと思わんのか。

「早く会わせろ。良いな。会ってみねば何とも言えん」
念を押すように繰り返した声に、ヨンは黙って頷いた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    さらんさんおはヨンございます♪
    ヨン、叔母様には言ったんですね!
    強力な力添が貰えそう。
    チェ尚宮は王妃様のを護る筆頭ですし、ヨンと同じく忠義も厚い
    叔母様に合わせてみてどうみるか…
    楽しみです。

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    そう、キョンヒさまは純愛なのよ
    (/≧◇≦\)
    叔母さまにしか 話せないはなし
    力になってくれるのは
    叔母さま…
    天の…となれば 動かぬわけには!
    どうか 悪い方へいかないでー

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    叔母様
    やはり頼りになりますね!
    先の世の話を聞いても
    直ぐに対応してる。
    流石です~(^^)
    そして、ヨンの決意。
    いざとなれば遍照を毒殺?
    どうか良い方向に向かって
    欲しいと願ってます(^^)

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