野原の真中で思い出し笑いに頬をゆるめた私に向けて、キョンヒ様が首を傾げる。
「急に笑ってどうした、ウンス」
「あ、いえ・・・」
あわてて頬を引き締めると、この人は知らん顔でまっすぐ背を伸ばして立ったまま、野原の周囲を見渡している。
ごまかしてるのか、それとも本当に警備なのか、知らんぷりしてこっちを見ようともしない。
仕事なんでしょ、それは仕方ない。
なら私も本来の役目を果たさなくちゃってことよね。
「フクジュウソウは、今は花が咲いてるのでわかります。
花が咲く前の新芽の時は、フキノトウにもよく似ているので、十分に気を付けて下さいね」
「そうなのか」
「ええ。実はフキノトウにも肝毒があるので、食べる前はよくあく抜きをするんです。
フキノトウは、トウロウトウって毒草とも見た目が似てるんですよ」
キョンヒ様は怖そうに大きな目で、地面に咲いた黄色いフクジュソウの花を見つめる。
そして困った様子で眉を下げて、横に立ってるチュンソク隊長の着物の裾を引っ張った。
「・・・チュンソク」
「はい、キョンヒ様」
「どうしよう、憶えるって約束したのに」
「は」
「福寿草と、蕗の薹と、東莨菪だそうだ。似てるって。私は憶える自信がない」
着物の裾を揺らされて、チュンソク隊長がとても優しい顔で笑った。
「二人でと、お伝えしたでしょう」
隊長のそんな顔を見たのが初めてで、私は思わず横に立ったままのこの人を見上げた。
聞かなくても分かる。今ここにいる私たちって、単なる邪魔者よね。
この人は困ったように指先で鼻の頭を搔くと、私の手を握って地面から立ち上がらせる。
そしてさり気なく周囲に目を配りながらキョンヒ様とチュンソク隊長を残して、春の野原をぶらりと歩き始めた。
「し、信じられない」
野原の先、少し離れた木の下に立ってるテマンとトギに向けて歩きながら私が呟くと、横のこの人が大きな溜息を吐く。
「婚儀を挙げるならば」
「だけどチュンソク隊長よ?あのまじめすぎる隊長よ?あんな顔、今まで一度も見た事ない」
「奴があなたに見せていたら一大事です」
「ああ、うん。そりゃそうなんだけど、でも」
見てるこっちの方が、思わず驚いて照れちゃうじゃない。
この人も結婚するまで私の前でもなかなか感情を見せてくれずに、不安になる事も、迷う事もあったけど。
「見たかったのですか」
周囲を見渡したまま言って、あなたの眉間にしわが寄る。
「まさか!他の男性の顔なんて興味ないわよ。たまたま見たからビックリしただけで」
思わず叫んだ私に一瞬だけ、周囲への警戒の目を忘れたあなたの真っすぐな黒い瞳が降って来る。
そしてその瞳が温かい光の中で、ゆっくりと優しく笑った。
まだ春の新緑が芽吹く前の、大きな木の下。
テマンが近づく私たちに気付いて、大きく手を振る。
トギの結んだ長い髪の先が、春の風に揺れている。
*****
「すごいですね、ハナ殿!」
「ありがとうございます」
「どれも大層素晴らしい出来です!」
「・・・恐れ入ります」
トクマンの大仰な褒め言葉の連発に、ハナという敬姫様の侍女は困ったように頭を下げる。
春草摘みの合間、一息ついた野での昼餉。
侍女の持参した荷を後生大事に抱えていたトクマンが、誇らし気に皆の前にその荷を差し出す。
「さあ、ハナ殿のお手製の昼餉です!」
「・・・何故お前が威張るんだ、トクマニ」
チュンソクが眉を顰める。
「威張っている訳では。ただ貴重なものですから」
大きな箱の中、美しく詰められたチョリムやポックム。脇に添えられたムチムやチャンアチ。
飯は短い竹筒にそれぞれ詰められ、食べやすく細工してある。
さすが儀賓大監のお屋敷仕込みの腕前というところか。
しかしこのトクマンの浮かれぶりは、確かに眸に余る。
「ハナ、知っていたか」
「はい?」
敬姫様の御声に、俯いていたハナ殿が目を上げる。
「あのね、福寿草と蕗の薹と東莨菪って草は似ているんだって。そして福寿草の葉は蓬と似ているんだって」
ハナ殿は指を折りつつ誇らし気におっしゃる敬姫様の御声に、それよりなお誇らし気に優しく頷いた。
「よく覚えられましたね。御立派ですひ・・・お嬢様」
「うん。ハナにも教えてあげようと思って、さっき呼んだのに」
「はい」
「どうして来なかった?」
敬姫様は無邪気にハナ殿へと問い掛けられる。
チュンソクが真横で守る敬姫様へ、恐らく遠慮したのだろう。
そうした機微に疎い俺ですら、さすがにこの方と共に退散したほどだ。
「ああ・・・ハナは」
ハナ殿は困ったように微笑むと、ふとその目でトクマンを見た。
「トクマン様と、お話をしておりました」
その声に、トクマンと敬姫様の両方の顔が輝く。
「そうか、お話は楽しかったか?」
「はいキョンヒ様、それはもう!」
ハナ殿が何か返す前に、勢い込んでトクマンが返答をする。
この能天気な男は己が口実に使われている事には、全く気付いておらんらしい。
「だから何故お前が答えるんだ、先刻から」
驚いたような敬姫様の横、チュンソクがうんざりした顔で首を振る。
皆がその声に笑い、春の陽の中で思い思いに体を伸ばし、寛いだ様子でそれぞれに飯を喰う。
束の間の暖かさ。野の中で、周囲に怪しい気配もない。
こんな日がいつまでも続かぬと判っているからこそ愉しんでいる。
テマンが座り込んだ土の上の小石を指先に拾うと目を上げる。
それを弄びながら、草原の中遠くを見る奴に声を掛ける。
「テマナ」
低い声に振り向いた眼に顎先を左右へ振る。
テマンは頷きその石を、指先からそっと地へ戻す。
視線の先、ようやくテマンの気配から逃れた春兎が跳ねていく。
春だ。恐らくあの兎も子の待つ巣へ戻る。

にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

SECRET: 0
PASS:
キョンヒさまかわいい ホントにかわいいわ~
一生懸命チュンソクの為 がんばってる
チュンソクが デレデレになるのも無理ないわ~
ポッポ~♥
空気読めない 男の存在も…
たまには いいか( ´艸`)
場も和むし
蚊帳の外~ って感じ な テマンですけど
ちゃんと ヨンは見てるのね
うさぎさん はやく お帰り~
SECRET: 0
PASS:
さらん様
のどかで、平和で、ラブラブな春の1日♪
すごく癒されます~。
トクマンくんも嬉しそうですね~。
ウンスの苛々も完全におさまったのでしょうか?
まだ続きがあるような気がしてるんですが・・・。
チュンソクさんの婚儀も書いて頂けるんですよね。
楽しみにしています♪