春花摘 | 福寿草・3

 

 

「大護軍!」

眩しい朝陽の中、迂達赤兵舎の外門を入ると叫んだテマンが走り寄る。
いつものように真直ぐに俺の脇からこの横顔を確かめ、奴の口許が引き締まる。
そしてそれ以上何を尋ねるでもなく半歩下がり、無言でこの背に従う。

この弟には隠そうとも見えるのだろう。その鼻で嗅ぎ取るのだろう。
俺の何かがいつもと違うと。

「お早うございます!」
「お早うございます、大護軍」
「・・・・・・おう」

例え朧月の許で何があろうと、春の朝は来る。

「大護軍!」
「お早うございます!」

例えあの方との間に何があろうと、こいつらには関わり無い。

行き交う兵達の明るい笑み顔、掛けられる声にどうにか頷く。
率いる長が己の心に振り回されて如何する。
春の日にやるべき役目は多すぎる。
冬の間行き届かなかった鍛錬。それを行う荒れた鍛錬場の土均し。
次の冬が早いか、戦の火蓋が落ちるが早いか、それまでは再び死なぬ程度に鍛える。

王様の歩哨。そしてこの先の戦への備えと構え。
武器と防具の現状の備蓄の確認と補完。巴巽村への出来の問い。
合間の軍議。長い冬の間、鳩も飛べぬ寒風と深雪で途絶えた元へ放つ間者との繋ぎ。
仁徳殿の監視。この後の鼠への王様の親鞠の日取り。

ヒドへの確認。遍照の素性の洗い出し。
手裏房に頭を下げねば、其処まで手は回らんだろう。
叔母上への報せ。
鼠を獄へぶち込み正体不明の僧を側に就けた事すら、まだ委細を報せていない。
シンドンという名。あの方から伺った天をも畏れぬ話。
王様がそして王妃媽媽が関わっておられる限り、叔母上に伝えずにいるわけにはいかん。

「お早うございます、大護軍」
兵舎の吹抜の扉をくぐった途端、頭を下げるチュンソクと眸がかち合った刹那に思う。
ああ、こいつも春のようだ。ごく稀に春の嵐が吹くが、穏やかで優しく波立たん。
長い冬を過ぎれば、その温かさで周囲を和ませる。
そうだな。冬が長すぎるのが問題と言えば問題か。

「どうされました」
「いや」
「大護軍!」
チュンソクの不得要領な顔のすぐ後、響いた声に眸を投げる。
トクマンが目前のチュンソクとは真逆の喜色満面の笑顔で此方へ走り寄り、切れる息をこらえて言った。

「いつ行くんですか」
「・・・何処に」
「キョンヒ様と医仙が約束された春草摘みです、いつお出掛けに」

例え昨夜の俺とあの方に何があろうと、トクマンが知る訳は無い。
こいつのせいではない。
「何故」

急に荒くなったこの語気に、チュンソクが朧げに何かを察したように
「トクマニ」
小さく呼び、奴を黙らせようとしきりに目配せをする。
しかし話に夢中でその目配せを受けるゆとりを忘れたトクマンは、上気した頬を緩めて声を重ねる。

「伺いました、医仙がキョンヒ様と春草摘みにお出掛けのお約束をされたんですよね。ハナ殿もお伴に行かれると。
それなら隊長も大護軍も共にお出掛けですよね。俺も荷物持ちに是非」
「行け」
「は?」
「お前らだけ」
「て、大護軍、それはいきなりあんまりなんじゃ」
「俺は行かん」
「そんな!!大護軍がお出ましでないなら、隊長も」
「トクマン、良いから黙れ!」

受け止められぬ目配せに疲れたか、痺れを切らしたチュンソクが低く怒鳴る。
そして押し黙り俺の横顔を見つめていたテマンが飛び出すと、トクマンと俺の間に強引に割り込んだ。
「トクマナ!」
「お、テマナも行くか、トギも連れて行こうか。春だしな。みんなで一緒に草摘みなんて、きっと楽し」
「この浮かれ馬鹿が!」
「何だよ、誘っただけだろ。急に何を」
「良い」

二階への階へ塞がるように佇む奴らをこの肩で押し退け歩き出す俺に、テマンが駆けて従いてくる。
「あ、て大護軍!!待って下さい、大護軍!!」
その背後トクマンの叫び声が未練たらしく響き、チュンソクが呆れたような息を吐いて呟いた。
「自業自得だ。諦めろ」

私室の扉を烈しく開くと、勢い良く跳ね返る戸板をするりと抜けてテマンが珍しく部屋内へと続く。
いつもなら部屋前に立ち、周囲の無遠慮な耳目を遠ざけるよう扉を守るこいつが。

その慮るような眼を避けて、卓の前の椅子へどかりと腰を下ろす。
それすらも判ったように奴は窓下に張り出した桟の隅に腰を下ろし、膝を抱えて体を丸め扉の方へと顔を向けた。

俺が共に行けばあの方の気分を悪くするかも知れん。
しかし俺が行かねば、あの方も出掛けづらいだろう。
あの方が出ねば敬姫様と交わした約束が反故になる。
たとえどれ程疎まれようと、あの方が嘘吐き呼ばわりされるのだけは絶対に耐えられん。

気分さえ収まれば話して下さる。約束をした、出来る限り話すと。
俺が誓ったあの時に。
「・・・テマナ」

呼ぶ声に窓桟から飛び降りたテマンが駆け寄る。
「はい」
「典医寺へ行け」
「は、はい」
「敬姫様との春草摘みには、トギとお前が付き添うとあの方に」
「え」
「頼んだ」
「大護軍!」

それ以上何を言う気にもなれずに、太く息を吐いて立ち上がる。
テマンはどうして良いのか惑うように、この背の後を追い部屋を出る。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    あらら ヨンもどうしたらいいのか
    わかんないのね~
    テマンにそんなこと 言わせちゃうの?
    ウンスまた ガッカリしちゃうんじゃないかな
    ヨンに言わせちゃったって…
    トクマン… 空気読め~!

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