「何があった」
余計な言葉を一切挟まないで訊くのは、男性の特権?
お弁当を広げたみんなから少し離れて向かい合う桜の下でいきなり聞いたあなたの声に、チュンソク隊長は迷う事なく言った。
「婚儀について、キョンヒ様が」
「何だ」
「考えたいと」
「え?!」
あなたが何か返すより早く、思わず小さい叫び声が出た。
「ま、待ってよチュンソク隊長」
「イムジャ」
前のめりになった私に、あなたが制止の声をかけるけど。
「だってさっきキョンヒ様、叔母様の前であんなに」
「はい」
「って事は、チュンソク隊長を嫌いになったわけじゃないのね。大きなケンカしたとか、別れちゃったとかじゃないのよね?!」
「それは」
「イムジャ」
「じゃあ何で?だからさっきご婚儀の事を聞いた時にちょっとご様子が変だったのは、それが理由なの?」
「・・・恐らく」
「イムジャ、もうその辺に」
「だってヨンア」
あなたが落ち着かせるように、私の背を大きな手のひらでなでる。それに安心はしたけど。
だけど待ってよ、急に何だってそんな話に。
あのキョンヒ様よ。チュンソク隊長の一言でご飯も召しあがれず眠れずに、3日も4日も過ごした方よ。
倒れて起き上がれなくなるまで思い詰める方なのに。
私の患者さんだもの。またあんな風にならないようにって怖さはいつだってある。
プライバシーにまで首を突っ込むのは行き過ぎだけど、だけどチュンソク隊長をあんなに愛してるのよ。
「理由は」
「ええ・・・」
あなたが聞くと、チュンソク隊長は困ったみたいに言い淀む。
「判らんのか」
「いえ、判っております」
「何だよ」
「実は・・・」
よっぽど言い辛いのか何度か口を開いて閉じて、そしてぼそりと
「ハナ殿です」
チュンソク隊長は短く言った。
普通は思うわよね。心から大好きな人がいて、いよいよ結婚間近で急に考えたいって言い出す。
理由は本当の姉妹以上に姉妹みたいに育って来た女性。
もう怪しいと言えば女性がチュンソク隊長に恋しちゃったか、チュンソク隊長がその女性に恋した、どっちかじゃない?
それがドラマの鉄板、お約束ってやつだと思う。
「ま、まさかチュンソク隊長」
私の声に、ヨンアとチュンソク隊長が顔を向ける。
「ハナさんが、チュンソク隊長を好きとか」
「有り得ません」
チュンソク隊長は即否定。
そうよね、あれ程キョンヒ様を大切に 守って来たハナさんだもの。割り込むなんてあり得ない。じゃあ、まさか。
「チュンソク隊長が、ハナさんを」
「医仙」
さすがに聞き捨てならないと思われたみたい。 チュンソク隊長は顔色を変えると、眉間にしわを寄せて首を振る。
「じゃあ何で?キョンヒ様が、あんな楽しみにしてたご婚儀を考えたいなんて」
「それは」
そこが肝心なポイントなのに、チュンソク隊長は言葉に詰まる。
自分をじっと見るあなたの目、そして私の目に、途方に暮れたみたいに息を吐いて、ようやく隊長はいやそうに口を開いた。
「・・・ハナ殿をお一人にするのだけは、どうしても嫌だと」
さてどうするか。息を吐き、眸を閉じ考える。
今日叔母上が現れたのは、敬姫様の婚儀の御意志の確認。
万一にもこの後に御心が揺れぬか、このままチュンソクとの御婚儀を進めるおつもりがあるのかの確認だった筈だ。
徳興君は排除された。遍照の正体は未だ掴めん。
これで敬姫様がチュンソクと御婚儀となれば、あとはもう王様と王妃媽媽の御嗣さえいらっしゃれば問題はない。
この方だけの知る先の世界の流れ。
遍照がシンドンになる事さえ止めれば、その先の流れすら変わるのかもしれんと。
そこまで考えて背筋が冷える。
忠恵に声がそっくりという遍照が、万一あの男の血を分けた、つまりは天の血を引く者だったとすれば。
そして王様と王妃媽媽が、もし御子に恵まれなかったとすれば。
この方のおっしゃる通り遍照がシンドンとなり、生まれた子が次の王位を継ぐのが天の血を残す唯一の方法とすれば。
総てはもしも、仮定の話だ。
未だに己の手にした駒は、何一つ表に返らない。
そして全ては推察の域を出ん。
考えて判らんなら、判るまでは考えん。
ゆっくりと、閉じていた眸を開ける。
少なくとも今判るのは、この狼狽するチュンソクの婚儀をどうにか事無く進める、それだけだ。
こいつの幸せのためなどと言う綺麗事だけではなく。
それが王様の御足許を盤石とする礎を担っている。
これが政というわけだ。好むと好まざるに関わらず、いつの間にかその中に足を突込んでいる。
「ハナ殿は、何と言ってる」
「未だお話しておらず」
「尋ねねば判らん」
「何と言うのですか」
チュンソクは自嘲の笑みを浮かべて言った。
「キョンヒ様が離れたくないから、嫁ぎ先までついて来て下さい。そう言うわけにはいきません」
「マリッジ・ブルーってやつかもね」
この方は難しい顔で言った後、チュンソクを励ますように大きく笑んで頷いて見せた。
「多かれ少なかれ、誰にでもあるわ。環境が変わるんだし無理ない。私も話を聞いてみるから」
しかしチュンソクはその声に苦く笑うと、首を振った。
「いえ、どなたかが話す事ではないので。
俺がお話します。これくらいの事乗り越えねば、真の夫婦になどなれないでしょう」
そこまでの覚悟は立派だが、この婚儀に政が絡むから厄介なのだ。
俺の無言をどう考え違えたか、チュンソクはしきりに恐縮しつつ俺に向けて頭を下げた。
「下らぬ私事です。忘れて下さい大護軍。任務に支障が出るような事は決して」
「チュンソカ」
「・・・は」
「敬姫様との婚儀、お前の気持ちは変わらんな」
「当然です」
「正直に言え」
「言っていますが」
「これからも戦に出る。その留守の間敬姫様をお守りするのに、ハナ殿より適任の者はいると思うか」
「それは」
「邪魔か」
「とんでもありません。しかし、ハナ殿は」
「共においでになる気はないのか」
「お話していないので、お気持ちは判りませんが」
「ならば伺え。敬姫様ではなく、お前がハナ殿に」
隠した処で事態は拗れる一方だ。
考えるのがこいつの得手とはいえ、考えて良い案だけが浮かぶとは限らんだろう。
「お前の状況。希望。それで駄目なら次の手だ。お前が言わぬなら俺が尋ねる」
正直に伝えて突破口が開けるならば、それに越した事は無い。
俺の声に、チュンソクは頷いた。

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