春花摘 | 福寿草・4

 

 

「トギヤ」
駆け込んだ典医寺の薬園の入口で、トギが医仙と一緒に竹かご片手に草を摘んでいる。
春なんだな。こんな時なのに思う。
庭はこの間の大雨で伸びた青草に囲まれて、土も木も春の匂いがする。

俺の声に顔を上げて、トギが空いた片手を振る。
そしてその横で、医仙もどうにか笑って見せる。
おかしい。いつもならあんな風に笑う人じゃない。大護軍だってそうだ。朝、俺を見た時から。

二人に何かあった。きっと俺の勘は外れてないはずだ。
だけど俺が口を出していいのかどうかは分からない。だからまずは大護軍の言葉を、言われたとおりに。
「医仙」
「ん?」

無理するみたいに笑い顔のまま、医仙が首をかしげる。
「大護軍、が、キョンヒ様との草摘みは、俺とトギと一緒に行けって」
伝えると、医仙は困ったみたいに眉毛を下げた。
俺だって嫌だ。姉さんみたいな医仙にこんな事を言うのは。
だけど兄さんみたいな大護軍が言えっていうなら、言わなきゃいけない。

「あの人、怒ってた?」
「いえ!」
急いで首を振る。怒ってなんかいない。ただ悲しそうだった。
そう伝えたいけど、俺が言っていいのか分からない。
「そうなんだ・・・そうかぁ」

笑ってるのに悲しそうに、医仙が頭の上に広がる青空を見る。
トギと俺は顔を見合わせて、二人で首を下げる。
トギはおまけに竹かごまで下げて、すっかり若い草に覆われた地面にそのかごをそっと置いた。
そしてさり気なく医仙から何歩か離れて、俺に向かって
どうしたの。
その指が話しかける。
「けんかしたみたいだ」

医仙には聞こえないように唇で言った俺に、トギのため息が聞こえる。
ウンスは今、体調が良くないんだ。
その指が続いて言うのに仰天して、叫びそうな口をトギが慌ててふさぐ。
「病なのか。重いのか。大護軍は知ってるのか!」
駄目だ、口をふさいだらトギに話せない。
ふさがれた手をどかして言うと、トギは首を振った。

ううん、病気じゃない。重くもない。でもちょっと気の巡りが悪い。苛りがする。
でも大護軍には言えないんだって。
「じゃあ病じゃないか!何でそんな大切なこと黙ってるんだよ!
何かあったらどうするんだ、大護軍にどう言ったらいいんだよ!」

俺の唇を読んで、トギは困ったみたいに曖昧に首を傾げる。
ねえ、テマナ。
「何だよ」
ウンスにも大護軍にも、何も言わないって約束して。
「分かった。絶対言わない」

トギは困ったみたいにそして恥ずかし気に、渋々指で教えてくれた。

 

*****

 

「ウンス殿」

トギと2人で薬草かごを抱えて典医寺の診察室へ戻ると、キム先生が珍しく診察着じゃなく、長衣を羽織って立っていた。
「どうしたの、どこか往診?」
「・・・仁徳殿へ、行って参ります」

かごを薬員のオンニに渡しながら、聞き逃しそうになったキム先生の憂鬱そうな声に思わず振り返る。
「どこですって?」
「仁徳殿に」
「仁徳殿って、あの男のところ?!」
「・・・ええ」
「何で!」

キム先生は困ったように笑いながら私から目をそらす。
「医官ですので」
「だって、他にもたくさんいるでしょ?キム先生は侍医なんだから、王様だけを拝診してればいいじゃない!」

私の剣幕に驚いたみたいに、キム先生の目が丸くなる。
「どうして?どうしてみんな、そんなに。キム先生も、あの人も。ほんとにイヤ。
見ててイライラするのよ。イヤならイヤって言えばそれで済むでしょ?」
「ウンス殿」
「何よ」
「何かありましたか」
「先生が傷つくのを見たくないの!」
「はあ」
「あの人が傷つくところはもっと見たくないの!」
「・・・そうでしょうね」

キム先生は困った顔で頷いて、私に向かって手を差し出した。
「何よ、急にどうしたの?」
「脈診を」
「・・・え」
「唇も、舌の色も優れません。何か隠していらっしゃいますね」

”ますか”じゃなくて”ますね”と断定されて、私は思わずうつむいた。
「うーんとね、いいの。それは理由が分かってるから。トギに薬湯も出してもらったし」
急にトーンダウンした私に、キム先生の鋭い目が当たる。
「お待ちください、ウンス殿」
「え?」
「何故私でなく、トギが薬湯を出すのですか」
「だって、理由は分かってるし」
「トギを疑ってはおりません。それでも医官の正確な診立てなく薬湯を飲むのは、時に毒にもなります」
「だから分かってるんだってば、理由は」
「ウンス殿。医官であればもうお判りでしょう。ご自身の御体をご自身で判じるのは、往々にして目が曇ります」
「それ、は」
「人間です。病には罹りたくない。冷静に判じる前に、どうにか正常な脈を探そうとする。
大丈夫だと思い込もうとする。そして脈を読み落とす。脈診はそもそも読む者によって大きく差が出るのですよ」

厳しい顔で言うキム先生の前で顔を伏せる私に、ようやく先生は優しい、だけど困ったみたいな目で頷いた。
「お判りになったら、手を貸して下さい」

その声に気付いて、私は顔を上げる。そうよ。
「ええ。貸してあげる、手を」
私の突然の笑顔に、キム先生が首を傾げた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    ウンス イライラMAX
    テマンも板挟みで かわいそうに
    トギは うすうす気付いていますね(・∀・)
    侍医も… 脈診したら わかっちゃうだろうし
    ウンスさん その笑顔は??
    ドキドキドキ♥

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