「それにしても、ウンスは本当に何でも知っている。ね、ハナ。私も負けないように頑張る」
キョンヒ様がおっしゃるのに、ハナ殿が誇らしそうに幾度も頷く姿。
俺が野原に来て以来しつこい程に付き纏っても、一度もこちらを見る事は無かったハナ殿の視線が、キョンヒ様にだけ当てられる。
確かに俺も隊長や、そして大護軍が戦場で手柄を上げるのは何より嬉しいし誇らしい。
けれどハナ殿のキョンヒ様への気持ちとは違う気がする。
先刻も俺の声にはほとんど何もおっしゃらず、ましてご自身の事は全く何もお話にならず。
ただキョンヒ様の事だけを嬉しそうにひたすら話すハナ殿を見れば分かる。
ハナ殿はキョンヒ様の事が大切なんだろうなとは分かる。
今日こうしてお会いして、いきなり独占したいなんて思いはない。
ハナ殿に好意は持っていても、それは恋慕とは違う。
隊長のキョンヒ様への想い、まして大護軍の医仙へのあの命懸けの想いなどとは、到底比べ物にもならない。
俺に比べればテマンとトギの方が、余程気持ちが通じ合っている。
今の俺の気持ちは、目の前の野原に咲いてる花の中で一番目につく黄色い福寿草を見つめるようなもので。
他にも蓮華や豌豆や、土筆や紫蘭草も咲いている。その中で偶然に福寿草に目が行ったようなもので。
ただ、ハナ殿を見ていると思う。あの大護軍の婚儀の日からずっと。
このひとは、いつもどこか無理してるんじゃないかと。
だからきっと、もう一度会いたかったんだ。
*****
「姫様」
驚くほど雑多な顔ぶれが集まった大護軍の御邸の庭の人波。
雑踏の中から聞こえた声に、庭を歩哨する俺は足を止めた。
行き交う人、人、人波のせいで歩哨の間も気が休まる暇もない。
その庭の様子。御二人らしいと言えば最高に御二人らしい婚儀だ。
普通の男ならどこかの由緒ある高名な和尚様のいる寺で、高官達を呼んで厳かに婚儀を挙げて、その後の人脈でも作るだろうに。
大護軍と来たら婚儀だって挙げるどうかすら間際まで判らずに、俺や隊長の方が気を揉む始末だった。
あれ程の男前で、見栄えも最高なら弓も手縛も馬も剣の腕も天下無双で、おまけに雷光を放つ俺の大護軍。
その御婚儀の日。お庭には王様もおいでなら、普段着姿の市井の民も、正体不明の手裏房の奴らまでいる。
そうだ。チホに槍を習って長いが、考えてみれば俺はチホの事をこれっぽっちも知らない。
シウルの事も、ヒドさんの事も、マンボさんや、大護軍が師叔と呼ぶ手裏房の頭主の事も。
大護軍と付き合いの長い、気心の知れた人たちだっていう事以外は何も知らない。
何をしてるのか。何処で生まれて、どんな家族がいて、どうやって今まで生きて来たのか。
なのに大護軍は誰に対してもそんな事、これっぽっちも考えない。
相手の地位や見栄えや、金や力なんてあの頭の隅にもないだろう。
ただ自分を慕ってくる奴らをその懐に抱えて、いつも大切に守る。
大護軍にとってはご自分の婚儀の日、ここに集まった全ての皆が等しく大切なんだとよく判る。
その中の最愛の方が医仙だと、俺達にはもう嫌ってほど身に沁みてよくよく判っている。
だいたい天界からお連れになったあの医仙は、確かに見た目は夢の中から出て来た天女みたいに美しい。
だけど普通の男なら、天から降りて来られた方に恋慕を抱いたり、ましてや娶ろうなんて考えもしないだろう。
おまけに医仙は確かに心根も良い方には違いないが、口は立つし気は強いし、すぐに笑ったり泣いたりされるし。
突拍子もなく急に出掛けたり無茶をしたり、やっぱりどこか浮世離れしている。
やはりこの世の女人とは違うと、思い知らされるところも多い。
あの医仙を恋慕のお相手にするなんて、高麗広しとはいえ大護軍以外には考えられない。
そんな大護軍の姿は俺にとって雲の上の人のような憧れで、でもそうして生きたくても、俺にはその覚悟も力もない。
おまけにそんな天の女人との御婚儀で、王様がお出ましになるのも特例中の特例。
ましてや王様のおいでになる場所に民がいるなど、逆立ちしたって想像もつかなかった事だ。
誰一人政の事も話さず、自分の得になるような人脈作りも考えず、相手を値踏みする事もない。
お邸の中で婚儀を挙げて庭に出て来られた大護軍。
黒正絹の正装の大護軍に寄り添う、白装束の医仙。
その御二人を、会場に集った全ての目が優しく見つめて頷いている。
幾ら豪華な唐絹とはいえ、白を御婚儀の日にお召しになった医仙。
中にはそんな常識外れをと陰口を叩く奴がいるのではと心配になったが、そんな俺の取り越し苦労を嘲笑うかのように。
ただ大護軍が倖せで嬉しい、医仙と一緒で嬉しい、誰もがそれしか考えていない。
大護軍が俺達を等しく守って下さるのと同じように、皆が大護軍を等しく大切に思ってる。
その倖せが自分の事のように嬉しい、もしかしたら自分の倖せより嬉しいと思ってるのが、どの顔からもよく判る。
良かった。俺の大護軍は倖せそうだし、誰も医仙の事を誹らない。
あとは何も起こらないように今日一日警護に専念すれば良いと、安心して大きく息をついた時。
「姫様」
雑踏からの呼び声に足を止め、周囲を見渡す。姫様なんて只事じゃない。
お嬢様なら判る。
大護軍の御実家は高麗でも指折りの名家だし、その繋がりで貴族のお知り合いがいても何の不思議もない。
でも姫様となれば話は別だ。
今の高麗で姫様と呼ばれるのはただお一人。
王様の姪姫様、隊長の許嫁、先だって贋金の一件で降格されたキョンヒ様。
名実はともかく、今は人前で姫様と呼ぶ事は許されない方だ。
俺は慌てて人波の中を遠ざかるその声の後を追い駆けた。
その声が、誰か他の奴の耳に届かないように祈りながら。

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お気楽トクマン君
大人になりましたね(^^)
ドラマでウンスを天門まで送って行く途中で、お饅頭を頬張ってるトクマンの姿が浮かんできました(笑)
気になって心配する気持ちが愛に変わって行くんですよね?
ヨンのようにね❤
さらんさん
トクマン君にも春を~~♪
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さらんさん♥
連休の中日に、可愛いお話を更新いただき
ありがとうございます。
いつもイジラレ役の、場の読めぬトクマンに
意中のお方が現れましたね!
そうそう(*´з`)、「雷に打たれたようだ」と
比喩されますが、恋愛の始まりは大なり小なり
“事件”が引き金になるもの♥
ドカンと衝撃がくるか、ピリピリと電撃に
痺れるか…('ω')ノ。
凜としたハナさんと、時に三枚目役の
トクマンは、お似合いの二人だと思いますが
さて、この恋心は成就できるのでしょうか。
楽しみですね~(#^^#)。