威風堂々 | 40

 

 

夕餉の終わった居間、食器を厨へと下げ終えたコムは頭を下げ
「ご馳走さまでした」
そう残し門の護りへと戻る。
「ヨンア、お風呂どうぞ」
タウンと共に食器を漬けた洗桶を前に立ち、この方が俺に軽く手を振った。
「はい」

頷いて扉から居間へと戻りようやく息をつく。
この処の外出続き、久し振りの自宅での休息。
そして厨からは片付けの間にも、女人二人の声が響いている。

「ねえねえ、タウンさん」
扉越しにもあの明るく高い声はよく通る。
「すごーく、具体的な事を訊いてもいい?」
「もちろんです、ウンス様」
落ち着いたタウンの声が応える。
「あのね、あのね・・・」

高い声が珍しく言い淀む気配に、居間から厨扉へと眸を投げる。
「この時代では、男女の仲って・・・どうなのかな」
長過ぎる無言の間。タウンの仰天した顔が思い浮かぶ。

「・・・どう、とはウンス様・・・」
「えっとね、こう・・・やっぱり、全部結婚前はいろいろしないもの?タウンさんたちは、どうだった?」

がしゃん。

扉向うで何かが落ちたかひっくり返ったか。
音と同時に、己も思わず居間で立ち上がる。

「ああ!大丈夫?」
「も、申し訳ありません、粗相を」
慌てたような気配と、何かが触れ合う大きな音。
その騒々しさの中、扉の此方で首を振る。

当然だ。あんなことを面と向かって問われては。
女人同士であろうと、幾ら慎重なタウンであろうと、慌てる気持ちはよく分かる。

第一俺が未だ此処にいると、あの方はちらとでも思わんのか。
それとも居ろうと聞こえぬだろうと、気を抜いているのか。
厨へ続くその扉を蹴り破り、中へ飛び込み言ってやりたい。
此処に居ります。訊くなら俺にと。

「心配なの。期待が大きすぎて、がっかりさせたらどうしよう」
何かが触れ合う音に紛れて、あの方の小さな声がする。
「私ね、学生時代から勉強漬けだったのよ。自慢じゃないけど男性とのそういう・・・経験が、全然・・・」
「ウンス様」

タウンの穏やかな声が、あの方の声に重なった。
「それで良いのです。多いなら言う必要はありませんが。御心配なら大護軍に伺えば良いのです。
不安だと、そうおっしゃいませ」
「だけどあの人は」
「ウンス様」

諌めるようなタウンの声に、あの方が声を止める。
「ウンス様のいらした場所の習わしは私には分かりません。それでもこれだけは分かります。大護軍は」

そこで少し声が大きくなるのは、此方に届けようとしているか。
身についた兵の習性か、タウンは居間の己の気配を察したよう微かに声を張って続けた。
「どのようなウンス様でも、お嫌いになる事は決してありません。
これだけは、分かるのですよ」
「本当に?」
「ええ、本当に」
「・・・分かった」

だから俺に訊けば良い。不安だと。
己が生涯を懸け護る女人が男を知らぬと聞いて、嫌う馬鹿が何処にいる。
一体あの方は、何処まで。

呆れ果てて居間の中、もう一度卓前へ腰を下ろす。
ただ優しくしてやりたい。そして傷つけたくない。
誓いを守りたい、それだけだった。
今迄勢いに流されず、本当に良かった。
他の女人と同列に扱わぬと、誓って来て良かった。

卓に肘をつき両掌で額を抑える。
眠れぬ夜も正解だ。あのまじないも唱えてきた甲斐があった。
今宵寝台の上で吐くのは慾を抑える溜息でなく、心からの安堵の息だ。

知らぬとは恐ろしい。
ではあの方は自分がどれ程俺を煽っていたかも、碌々気付いてはおらぬのだろうか。
それともどうにか煽る為、あんな風に振舞われたのか。
まるで子供だ。あの頃俺よりも幾つか御年が上だと思っていたのに。

天界とはそうした処なのだろうか。
確かに出逢った最初の頃に、俺におっしゃっていた。
「この時代は、結婚も早いんでしょ?」

ユ・ウンス。その天界の名を、初めて教えて下さった森の中。
妻はいないとお伝えすると、あの方はおっしゃった。
「私も結婚してない」

結婚しておろうがおるまいが。あの時俺はそう思った。
心の中に決めた女がいる限り、婚儀の契りを結んだも同然だと。
そうだな、婚儀の契りを結んだも同然だった。
俺の唯一人のあの方がこの心の中にいる限り。

だから焦る事など何もない。今更であっても知って良かった。
婚儀の夜に危うくこの腕の中、あの方を壊すその前で。

女人たちの声はいつの間にか、衣装の話へ逸れている。
今のうちに湯を使うか。

思い立ち居間の中、卓前で腰を上げる。
廊下へ出るこの背を追うように、明るい声はついて来る。
庭を見ればとっぷり暮れた深い闇だけが続いているのに、心裡は今まるで夏の真昼ほどに明るく晴れやかだ。

 

 

 

 

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1 個のコメント

  • 何度目か…何十度目か…、こうして
    さらんさんのお話を繰り返して読ませていただくこと。
    この場のウンス、ほんと可愛い!
    勉強漬けだった理系女子。
    医者になるために勉強し、
    医者になったら、スキルを上げるために学び…
    ウンスの「今」は、そうなることが多いですよね。
    読ませていただくたびに考えることの一つ。
    ヨンの「まじない」!!
    どんな言葉を唱えていたのだろう…
    想像することが愉しいのだけれど…

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