威風堂々 | 55

 

 

「大護軍」
部屋の扉を開けながら、チュンソクの声が掛かる。
「おう」
三和土の上り口に掛けていた腰を上げ、卓へと移りつつ頷く。
奴は扉を押し開いたまま叔母上を先に部屋内へと通し
「いらっしゃいました」

そう言って扉外を一瞥した後、静かにそれを閉める。
兵達に婚儀の日取りは知れている。立ち聞きされて困る事も無い。それでもその慎重さはいかにも奴らしい。
卓へと席を移し、叔母上を正面に俺とチュンソクとが並んで腰掛ける。
「日取りについては昨日医仙より伺った」

叔母上の前置き無しの切り口上に、俺とチュンソクは頷いた。
「俺も兵達には報せてあります。北と南には既に鳩を飛ばしました。ただ・・・」
「何だ」
続くチュンソクの声が僅かに痞え、俺は思わず奴を見据える。
「おかしいのです」
「何が」
「禁軍の動きが」
「どうおかしい」
「アン・ジェ護軍に繋ぎが取れず」
「別に構わん。奴にも役目がある」

それしきの事、お前まで肝を冷やさせるなと思わず息を漏らした俺に、チュンソクは静かに首を振る。
「アン・ジェ護軍だけならまだしも、禁軍から大護軍の婚儀への問い掛けが一切なく」
「構わんだろ」
俺の部下ではない。直接の上官でもない俺の婚儀に一々気を回すなどせぬだろう。
チュンソクを宥めても奴は全く納得できぬ様子で首を振り、此方へと訴えるような目を投げる。

「大護軍が碧瀾渡へお出掛けの頃には、迂達赤を見掛ける度に捕まえてあれこれ聞いて来た奴らです。
回廊をまっすぐ歩く事すら出来ぬ程だったのですから」
「・・・それ程か」
「は」
「何処かで向こうへ漏れた事はないか」
「あり得ません。テマナが和尚様の文を持ち帰った日、大護軍の命で直に飛んで行ったのですから」

確かにそれでは漏れようも無い。
俺は和尚様の文を受け取り、そのままこいつへと走った。
割り切れぬ思いで目前の卓を指先で弾く。何処かが妙だ。
「叔母上」
「・・・何だ」
「武閣氏の方ではどうだ」
「どうとは」
「何処かから漏れ聞いた気配はあったか」
「そもそも武閣氏に伝わったのが昨日だ。大方の兵は既に知っておった」
「成程な」
「それよりも護りを考えろ。兵には既に知られておるなら来る奴は来る」

尤もな叔母上の指摘に顎で頷き、卓を弾く指を止める。
「北側は問題ない」
「ああ、皇居の裏山に続いておるからな」
「あそこから攻めるなら、まず皇居へ踏み入らねばなりません」

即座に返る二人の声に頷くと、言葉を続ける。
「西側は大路からの脇道。門もある。一番可能性が高い」
「外の道にも兵を立たせますか」
「いや、大仰にはしたくない。塀の内側のみ三尺間隔で、二重に立たせろ」
「は」
「東側は隣家か」
「ああ」
「では心配ない。南側が大路だな」

その頭の中、我が家の見取り図が浮かんでいるらしい。
叔母上の声に顎で頷く。叔母上も勝手知ったる我が家だ。話は早い。

「しかしかなり奥だ。破られれば庭を来る時気付く。迂達赤を一列立たせておけば良かろう」
「いや、武閣氏を交代で立たせよう」
「待ってくれ、叔母上」

突然の有難迷惑な提案に、叔母上の言葉の先を止める。
「何故武閣氏までが来る」
「・・・来たいという者が多い」
「叔母上」

頼む。あの方の神経を逆撫でするなと、咽喉元まで上がる声を堪え俺は黙って首を振った。
「西と南を含めても迂達赤だけで十分だ。わざわざ武閣氏は要らん。
叔母上だけが来れば良いだろう」
「しかしお主が言ったのだろう。来たい者は誰でも良い、お主らを知っていればと」

どういう事だ。何故あの方の心配が当たるのだ。

あなた、人気あるのよ。

あの不機嫌そうな声が耳に蘇る。
武閣氏にもこの顔を知る者は確かにおるだろう。
年に一度は武芸大会を共に開く程度の交流はある。
だからと言ってそれは俺自身を知る事にはならん。
第一俺は向こうの顔など一々知らん。興味も無い。
俺とあの方の間に余計な波風が立たぬよう、抑えるのが叔母としての道理ではないか。
波を立てるような事を仕掛けた挙句、風で煽ってどうとする。

「勘弁してくれ、叔母上」
チュンソクも何かしら、思い当たる節があるのだろう。
眉を下げ此方を横目で伺うと気の毒そうに大きく頷く。
そんな俺達の視線をものともせず、目前の叔母上は涼しい顔でさらりと言い切った。
「医仙には私から話を通す。気にするな」

気にするなと言われ気にせずいられるなら、どれ程に楽か。
何故此処まで纏めた筈の話がまた彼方此方へ散らかるのだ。
それも散らかす張本人が、唯一の血縁の叔母上とは。
肚の底から信頼している弟分は何故か俺を避け姿さえ碌に現さん。
現したと思ったら、済まなそうな顔で遠くから此方を伺う程度だ。
アン・ジェは雲隠れ、禁軍はぴたりと黙りを決め込んだ。
おまけに俺を知りもせぬ武閣氏が式場に乗り込むという。

「・・・どいつもこいつも」
明らかに低くなった声音に、チュンソクが取り成し声を上げる。
「いや大護軍、目出度い席です。祝って下さるならもうこの際どなたでも」
「自分の時もそう言えるか」
「・・・済みません」
「黙ってろ」
「は・・・」

肩も目線もがくりと落とした奴を尻目に、叔母上は
「隊長の言う通り。誰が来ようと構わんだろう。要は護りだ。それだけは大船に乗ったつもりで此方に任せておけ」

そう言い放ち、話は終わったとばかりに席を立つ。
「安心しろ」
たとえ護りが万全でも、あの方と揉めては意味がない。
まして婚儀の当日に口論など目も当てられん。
あとは叔母上の巧い取り成しを期待するしかない。
その声にうんざりしながら頷くと、叔母上は素早く部屋を横切り、此方を振り向きもせず扉から滑り出て行った。

「大護軍」
叔母上の後を追うように席を立ち、チュンソクが低く呟く。
「おう」
「いろいろ・・・勉強になります・・・」
「だろうな」
「は・・・」
頷いたか、項垂れたか。
力なく部屋を歩き扉を抜ける奴を見送り、溜息を吐くと腰を上げ、そのまま寝台へと倒れ込む。

疲れた。このままどうにか何もかも忘れ、当日まで眠れんものか。
いや此処では駄目だと首を振る。宅に戻りあの方と共に泥のように。
互いの腕の中で深く眠れば、あの方の声も聞かずに済むかもしれん。

やっぱりね、言ったじゃない。知らない女の人が山ほど来るって。

あの方ならそれくらいの事はおっしゃるだろう。
身に覚えもないのに、言い訳などしたくはない。
何故だ。何故に武閣氏までが俺達の婚儀に来る。
叔母上ともあろう者が、武閣氏の長がそれを許す。

全てがおかしい。卓上を指先で弾くくらいで答は出ん。
叔母上、テマン、王様、今やアン・ジェに禁軍、武閣氏まで、少なくとも今までは味方だと思っていた者が悉く。

勝手にするが良い。俺はもう知らん。
あの方が知れば臍を曲げると分かった今、他に考える事も無い。
どんな理由であろうと、俺が付けた傷なら全て癒してやりたい。
俺が理由で腹を立てたなら、宥めてやりたい。

しかしその理由さえ判らぬままに、どう慰めてやれるのだ。

 

 

 

 

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