夏の熱 【前篇】| 2015 summer request・熱中症

 

 

【 夏の熱 】

 

 

「どうした」
吹抜けで大護軍に言われ、俺は首を傾げた。

「顔色が悪い」
さっきから体がだるい。流れ続けていた汗はぴたりと止まって、その代わりに頭が痛い。

吹抜けの天窓から、明るい太陽が射しこんでるせいか。
目の前がちかちかして、うまく目が開かない。

「テマナ」
大護軍の声が厳しくなって、どうにかその眸をちゃんと見なきゃいけない、そう思うのにうまく目が合わない。
「水は飲んだか」
「あ」

忘れてた。朝から忙しかった。
運び込まれた新しい剣や槍を、順に倉庫に入れて並べて置いた。
鍛錬じゃなかったから、日陰だったから、いいと思ったんだ。

「テマナ」
その声が、遠くから聞こえる。
すいません、大丈夫です、そう言おうとしたのにうまく口が動かない。

駄目だ、隊長が心配する。違う、隊長じゃない。大護軍だ。
「てじゃ」
大丈夫です、そう言って笑おうとして、俺は蹲った。

 

*****

 

「イムジャ!!」

テマンの体を両腕に抱え典医寺の診察棟の扉を蹴破る勢いで、チェ・ヨンが飛び込んでくる。
ヨンの大声にウンスが驚いたように、奥の私室から駆け出て来た。
「どうしたの?」
叫んだヨンが腕に抱えたテマンの様子を一瞥したキム侍医が、手早くその上衣を緩めながらウンスに向かって
「暑邪に中ったのでしょう。冷やします」

そう言いながらテマンを抱えたままのヨンに向かい
「チェ・ヨン殿、申し訳ないが、そのまま裏まで」
裏の水庭へと、テマンごとヨンを案内して連れて行く。

水庭の中央、水を湛える大きな石桶を指さしたキム侍医は、ヨンに向け振り返ると
「そのまま抱えていて下さい」
そしてテマンの着衣をどんどん解いていく。
上衣を、そして下袴を脱がせ終えると、下衣だけになったテマンを目で指しヨンへ告げた。
「そのまま此処へ」

ヨンは惑う事無くテマンの体を石桶へ漬ける。
キム侍医はテマンの頭を石桶の枠へ凭れさせ、首元を手拭いで巻き、そこへ石桶の中の冷たい水を掬って幾度もかけた。
「何なんだ」
「ウンス殿がおっしゃるには熱射病と。気陰両虚証です。一気に体の津液と気が抜け、心の臓が空打ちします。
眩暈や立ち眩み。酷い時には意識の混濁や痙攣を起こす。脈が弱まり、気を失う事もあります」
「痙攣」
「ひきつけです。震えは」
「それはなかった」

ヨンは倒れた折のテマンの様子を思い出し、注意深く言った。
「ただ、眸を見るのが辛そうだった。隊長と呼びかけたり」
「そうでしたか」

キム侍医はヨンの声に頷くと水へ沈めたテマンの脈を取る。
「砂糖と塩と柚子汁を混ぜた水を飲ませて、体を冷やす。それで様子を見ます」
声が終わるか終らぬかの内に、典医寺から続く扉がけたたましく開く。
音に振り向いたキム侍医とヨンの眸に器を手に一目散に走って来るトギと、その後ろを駆けるウンスの姿が映る。

あたしが見るから、皆は典医寺へ戻れ。
「気持ちは分かるけどトギ、一人で見るのは大変よ」
大丈夫。この夏はもう、十人以上もこんな患者が来た。
薬湯も出した。何の薬がいいかは、よく知っている。白虎加人参湯。
大丈夫、すぐに煎じる。熱が下がったら清暑益気湯もいい。
「トギ、早すぎてよく読めない。落ち着いて?」

全く何をやってるのこいつは。普段ならこんな事で倒れたりしない。
きっと忙しくて、碌に飯も食べなかったに違いない。
最近、宮の外に出入りしてるって言ってた。息の仕方を習ってるって。
どうせそれに
「トギ」

ウンスが懸命に語るトギの手を抑え、それを両手で握りしめる。
「トギ。まずテマンに、補水液を飲ませてあげて」
その声に慌てたように、震えるトギの手がテマンの口を開ける。
ウンスの手製の蝋紙製の小さな漏斗をそこへ差し入れると、少しずつゆっくりと、手にした器の水を流し込んでいく。

テマンの咽喉が動き、噎せずに飲むのを確かめながら、トギは注意深く全ての水を飲ませ終える。
最後まで静かに飲んだテマンに息を吐くと、トギはその口から漏斗を抜いた。
濡れて萎れて額に落ちたテマンの髪を静かにその指先で上げ、ウンスを振り向いたその目と手が、再び猛烈に動き始めた。

だから心配だった、こいつは絶対にこっちの大護軍に似た。
周りが心配してもお構いなしで、無茶苦茶な事ばかりする。
無理するなって言っても聞かない、影に隠れてそんな事ばかり。
大護軍の事が一番大事なんだ、あたしが心配したって聞かない。
だから言え、この大護軍に、こいつに無茶させるなって。
「トギヤぁ」

ウンスは困ったように、少し笑って首を傾げる。
「仕方ないのよ、男だもの。トギを無視してるわけじゃないわ。ん?」
その声にトギは烈しく首を振る。

ウンスには分からない、ウンスはいつだって大護軍と一緒だから。
あたしはここでこいつの顔を見ない限りは話せないし、それだって最近機会が少なくなってる。会いにも来ない。
別に来て欲しいわけじゃない。だけど待ってるって知ってるならたまには顔を見せに来るのが友達だと思わないか。
「友達、なの?」
え。
「友達が心配なだけ?友達が倒れたから、そんなに怒ってるの?」

にこにこと笑いながら、ウンスはトギの顔をじっと覗き込む。
「私なら、友達には体に気を付けろって言う。でも怒ったりしないわ。だって怒るのは友達じゃない、別の人の役目だから」

いきなり駈け込んで来た女人二人の目の前の会話、テマンに水を飲ませながらのその雰囲気に、キム侍医とヨンは呆気に取られた顔を見交わした。
「チェ・ヨン殿」
トギの指をどうにか読み取るキム侍医は、静かにヨンへと声を掛ける。
「ああ」

ようやくこの男の肚を読めるようになってきた。
ヨンは苦く笑うと頷いた。

そうだな。仔細は知らんが、邪魔者は退散するに限る。

 

 

 

 

熱中症 太陽 風 夕陽 (愛知のひとみさま)

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