西瓜割り【後篇】 |2015 summer request・西瓜割り

 

 

「誰も成功せんとは」
トルベがそう言って、両手をばしんと打ち合わせて擦る。
「情けない。俺が一発で割ってやるから見てろ!」

空振りした兵から棒きれと目隠しを奪い取り、出発地点へ歩くと黒い目隠しを確りと結ぶ。
あの方がそんなトルベに向かい楽し気に
「準備いい?じゃあ、回って!」
そう言って、笑いながら数を数えだす。

「・・・ヨドルー、アホー、ヨル!いいわよー!!」
その声に頭の上、大きく棒切れを構えたまま、奴は真直ぐ歩き出す。
其処へ立つチュンソクへと迷いなく。

「トルベ、そっちは違う!」
「戻れ、そのまま行くな」
「馬鹿野郎、道が違う!来るなトルベ!」
周囲の兵と共に、慌てたチュンソクがトルベへと大声で叫ぶ。
「左を向け!そのまま左だ!」

その声に漸くチュンソクへの道を変えたトルベが左を向き、続いて再び真直ぐ歩き出す。
その先へ立つトクマンへと向かって。

「ふざけるなトルベ、俺がいるって見えてるんじゃないだろうな!」
トクマンの叫び声に被るよう、周囲の奴らが声を張る。
「行け、トルベ!」
「そのまま真っ直ぐだ!!」
「皆、馬鹿言うな!違うトルベ、止まれ、止まれ!!!」

トクマンの叫び声は、その大きな囃子声に掻き消される。
「あと三歩!!」
「違うって、止まれよ、止まって斜め右に二歩」
「行けトルベ、そこだ!!」
「思い切り打て!!」

ぶんと風切り音を立て力一杯振り下ろされた棒切れ。
鼻先で躱したトクマンが、地に転がりながら叫ぶ。
「お前ら、俺を殺す気か!!」

ガツンと棒先が地面に当たり、トルベはその手で目隠しを外す。
「ち、しくじったか」
「しくじったかじゃない!お前、俺を狙ったのかよ!!」
「馬鹿言うな、西瓜を狙っていたに決まってるだろう!!」
「本当だろうな!」
「まあお前の頭でも西瓜でも、どっちでも良かったが」

悔し気なその声に、兵たちが一斉に笑う。
「あとは副隊長と隊長だけですよ!!」

兵から掛かったその声に、チュンソクと互いの眸を見交わす。
「最後だからスイカ、2つ並べちゃおう!!」
この方がそう言うと兵たちが一斉に頷いて、二つに増えた的の西瓜が鍛錬所の先に並べられた。

「隊長、目隠しは・・・」
「これで良い」
チュンソクの声に懐から手拭いを出し、指先で振る。
「じゃあ、棒は? 」
この方の声に鍛錬場の隅へと歩くと、鍛錬用に立て掛けてある昆を一本抜き取り軽く振る。

出発地点で俺の横に並び、チュンソクが困り果てた様子で
「隊長、相打ちだけは」
本気で半ば怯えた声に軽く笑む。
「そんな間抜けをするか、互いに」
「まあ、隊長は心配ないかと思いますが・・・」
「見るから惑う。目隠しがあれば却って良い」

手拭いを二重に、ぐるりと目許を覆う。
その下で眸を閉じ、昆の重みを計るよう両の掌の間で遊ばせる。
しっかりした重みを感じ、深く肚の息を整える。
内功を開くのは公平ではない。ただの遊びだ。

「隊長」
その時掛かる、他とは違う高い声に手を止める。
目隠しのせいか、まるで耳許で囁かれている程に近く感じる。
温かい息遣いすらこの頬を掠めそうだ。

「スイカぬるくなっちゃうから、絶対割ってね」
「・・・はい」
必ず割る。あなたが割れというなら、西瓜だろうが岩だろうが。
掌で昆の重みを感じつつ、一度だけ思い切り振ってみる。

腹に力を籠め体の中心を感じ、昆を力一杯地へと突き立てると、俺は額をぴたりと昆の先へと付けた。
隣で微かな衣擦れの音と共に、チュンソクの動く気配がする。奴も棒先に額をつけたのだろう。
「いい?じゃあ、回って」
その声と共に、額をつけたまま、昆を芯棒に回り始める。
「ハナ―」

この方の楽し気な声が、回数を教える。
「トゥルー、セー、ネー」
横のチュンソクの足音が僅かに乱れる。
「乱れるな」
「は!」

俺の一声にチュンソクの返る答を聞く。
「タソー、ヨソー、イルゴー」
回るたび互いに掠めるよう触れていた奴の気配が遅くなる。
「遅れるな」
「は!」
チュンソクの足音が早くなり、掠めるような気配が戻る。

「ヨドルー、アホー・・・ヨルッ!いいわよー!」
十まで数え終えたこの方の声を聞き、昆先から額を上げる。

深く一つ息を吐き芯棒にしていた昆を下げ、俺は真直ぐ一歩ずつ、歩みを進める。

「そのまま真っ直ぐです、隊長!」
「あ、副隊長、一歩右に!!」
どうやら道の両脇、右側は俺を、左はチュンソクを導くらしい。
俺は右の兵の奴らの声に集中する。

「隊長、見えてるんじゃないですか」
「見えるわけがなかろう」
「そのまま、そのまま真っ直ぐです」
「副隊長、寄ってます!もう一歩半、右に」
「隊長を避けてるんですか」
「馬鹿言うな、そんなわけがあるか!」
左からそんなチュンソクの叫び声が聞こえる。

「そうそう、そこですよ!そのまま真っ直ぐ」
「ああ、二人ともあと二尺です!!」
「副隊長、あと一歩右に!!」
「隊長、副隊長、止まって!!そこで止まって下さい!!」

左斜め横、チュンソクの息遣いを感じる。
「副隊長、あと半歩前に!」
「こうか」
「良いです、そこで止まって!!」
「隊長、そのまま動かないで下さいね、そのまま!!」
「もう良いか」
「待って下さい、副隊長、良いですか」
「おう」
「じゃあ、二人とも構えて下さい」

俺は手にした昆を、正眼まで上げる。
左横、チュンソクの構える棒切れが風を切る小さな音がする。
「お二人とも良いですか?」
「行きますよー、シー、ジャッ!!」

その声で、構えていた昆を一気に振り下ろす。
同じく左横のチュンソクの棒が、振り下ろされた風を感じる。

その音と共に己の昆が硬いものに当たり、がしゃりと割れる音。
そして同時にチュンソクの棒が西瓜に跳ね返る鈍い音、続いて
「うわっ!」
上がる誰かの悲鳴のような声。

俺とチュンソクは同時に目隠しを毟り取り、足元を見る。

昆で砕かれぱっくりと赤い切り口を覗かせ、小さな欠片のように粉々に飛び散った西瓜。
表に小さな罅が入ったまま、割れずに其処にある、もう一つの西瓜。
そして頭を抱えたまま、蹲るトルベ。
「隊長・・・これ、喰えますかね・・・」
トクマンがそう言って、俺が粉砕した西瓜をじっと見つめる。
「喰えなくはない」
「小さいですけどね・・・」
「粉々ですね・・・」
俺の声に頷きながら、兵たちが首を振る。

「ぷ、副隊長・・・何で棒を放すんですか!」
「思ったより硬かった」
チュンソクは腕を振り、額を真っ赤にしたトルベに片手を挙げる。
「すまん、わざとではない」
「わざとだったら凄いですよ!」
「お前だって俺に同じ事、しようとしてたろ!!」

トルベに向かってトクマンが叫ぶ。
俺は割れぬままのチュンソクの西瓜を持ち上げ、あの方を眸で探す。
兵たちの後ろ、罅入りのままの西瓜を頭上に掲げた俺と目が合い、あの方が不思議そうに此方をじっと見返す。

「落として割るのですね」
そう確認した俺に
「ああ!!待って、隊長!!」
その声に、振り下ろす寸前の手を止め、もう一度あの方を見る。
「力入れたらこっちも粉々になっちゃうから、そおっと!!」

仕方がない。
西瓜を地面に置くと息を整え、そのまま罅目掛け側拳を振り下ろす。
腰を入れ軽く膝を折り、一気に側拳で突く。
罅の真上に入った突きで西瓜は表面に沿い、綺麗に三つの欠片に割れて崩れた。

「て、隊長」
「拳で・・・」
「お、これは!!」
その欠片の端を見て、トルベが大きな声を上げる。
「医仙、これは甘そうですよ!!」
「ほんと?」

トルベの声に、この方を中心に皆が大きな西瓜の周りを囲む。
「喰ってみてください」
トルベに差し出された小さめの欠片を手に、この方はその赤い実に幼子のように齧りつく。
黙って噛み、嬉しそうに笑うと
「やだほんと、今年の中で一番甘いんじゃない?」
嬉しげに上がる声に、周囲からも手が伸びる。
「あ、本当だ、甘いですよ!」
「いや、これは美味いな!!」
「無事だった奴が一番甘いなんて」

騒ぎながら各々が西瓜に喰らいつくなか、手を漱ごうと井戸へ寄る。
その俺に駆け寄りながら
「隊長、食べて。ほんとに甘いから」
この方がそう言って、持っていた西瓜を俺の手へと握らせる。
「・・・嬉しいですか」

例えトルベだとしても。
何故他の男から受け取った西瓜を、何故あれ程美味そうに齧るのか。
「え?」
「甘い西瓜で」
「もちろん!これがずっと食べたかったんだもの」
「俺の割った方は」

本当に心底下らない。己自身が嫌になる。
俺が割った方に目を向けず、チュンソクが割り損ねたものを先に口にしたから、何だと言うのだ。

「食べ比べよう、早く手を洗って来て!」
兵達のいる場所へと戻り座り込んだ声に、兵たちも一斉に頷く。
「あ、こっちも甘いですよ隊長!!」
「ちょっと小さいですけど」
俺の粉々にした西瓜にも手を伸ばし、奴らが叫ぶ。

「ちょうど熟れ頃だったんだなあ」
「今年はちょっとばかり、季節が遅かったのかも」
「そうかもしれんな、さもなきゃ今日の西瓜の畑が良いか」
「ああ、そうかもしれん」
「美味けりゃ何でも良いさ」
「お前ら、隊長の分を残せよ!」
「副隊長も喰って下さい」
「喰うが、トルベ、お前額は」
「ああ、あれくらい大丈夫ですよ」
「だけど、血が出てるぞ」
「嘘だろ!!」

甘い汁の垂れる西瓜を囲んで、奴らは大騒ぎだ。
「これだけ甘い西瓜なら、皮はいらないですよね」
トクマンの問いに
「え、もちろんいるわよ?」
振り返って言う声に、兵たちがぎょっとしたように顔を見合わせる。

「実を喰った後に、また皮もですか」
この方は、当然だとでも言うような顔で頷いた。
「薬になるものを、捨てちゃ駄目でしょ」
奴らと愉し気に声を交わすこの方を見詰め、その視線を捉えるまで待つ。
一頻り騒いだこの方の上がった視線を捕まえると、その視線をそのまま兵舎の方へ動かす。

その意味が分かったか、この方は渋々頷き腰を上げる。
他の奴らは気付かずに、まだ西瓜を囲んで皮談義を交わしている。

そんな奴らを残し、兵舎へと歩き出す俺の後ろ
「たくさんあるから、チャン先生たちにも持ってってあげよう!」
この方を小さな足音を背に息を吐く。
兵たちだけならまだしも、次は侍医までか。

西瓜どころではなく、此方の頭の方が割れそうだ。
余りの焦りでどうにかなりそうだ。

いっそ西瓜のようにこの方の前で割って、真赤な中身を見せられれば。
これ程焦っている、これ程どうにかなりそうだと、突きつけられれば。
この方がそれを齧って、その味を確かめてくれれば判るのだろうか。

西瓜を割るように思い切り振り上げ、この雑念も煩悩も、思い切り地面に叩きつけて、粉々に割れば良いのか。
そして薬が出来る事をただひたすら待てば良いのか。
待てば西瓜が熟れるよう、望む薬が出来ると信じて。
その薬を飲み、此処に残って下さるこの方を一生護れば。

「部屋で、解毒薬を」
「・・・うん、分かった」
肩越しに眸を流しこの方へ言った俺に、その頭が頷いた。
「楽しかった、ありがとう」
「何よりです」
「でも西瓜は粉々にしちゃ駄目よ。あんな力入れなくても」
「・・・はい」
「何か、怒ってた?」
「いえ」
「そう?よかった」

明るい目、明るい声、明るい笑顔。
肩越しの夏の陽のような明るさに、前へと眸を戻す。

この夏の陽を喪わぬ為なら、俺は何でもする。
一日でも、一年でもなく、一生護ると誓うから。

そう思い夏空を見上げても、溜息しか出て来ん。
この心は後ろで不思議そうに俺の背を眺めているこの方に、本当に伝わっているのだろうか。

食卓に西瓜がどれ程並んでも文句は言わぬから。
だから何事も無く薬を飲み、解毒を終え、このまま側に。

どうせ兵舎へ戻っても、二人きり過ごす時間などほんの僅かだ。
直ぐに奴らが戻って来る。楽しんだの何のと大騒ぎになるだろう。
歩哨の交代、康安殿の衛、夕の鍛錬、成すべき事は目前に山積みだ。
「・・・明日は、また西瓜ですか」
俺のその声に、
「うん、皮を使うから。何作ろうかなあ。みんな何食べたいのかな」

俺ではなく、皆か。

奴らが戻るまで、少しだけでも二人きりで。
そんな風に願っている事など、絶対に伝わっておらぬのだ。

腹立たしいほど呑気に、明るく返る声。
太く息を吐き、俺は 無言のまま、大股で兵舎へと戻った。

 

 

【 西瓜割り |2015 summer request ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ヨンは ウンス独り占めしたいのに…
    俺の割った西瓜…
    俺にじゃなく皆ですか…
    って もう 恋する男です~♥
    そっけないふりしてるけど
    ウンスの行動は ヨンがそばに居るから
    ヨンのこと大好きなのよ~ ( ´艸`)
    トクマン命拾いーオヤクソク! あはっ
    ありがとうございました。 むふふ
    可愛いい テジャント ウンスでした。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、13番目の夏ワード『西瓜』、夢中で拝読させて頂きました❤︎
    ありがとうございます。
    確かに、今までの西瓜よりも甘かったのでしょうけれど、皆んなで楽しくスイカ割りをしたことが、そしてさらにヨンが加わったことで、甘さが増したのかもしれませんね(#^.^#)。
    さらんさんのお話は、すぐにそれぞれの場面を目の前に見せて下さるので、私もスイカが食べたくなり、真夜中のコンビニに走ってしまいそうでしたσ(^_^;)。
    さらんさん、急に気温が下がってきた今日この頃です。お身体には気をつけてくださいね❤︎

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