比翼連理 | 39

 

 

「ヨンア」
「何だ」
「何だは此方だ。その眩しいものは何だ」
夕暮れの石段に腰掛けたヒドが目を眇め、横のチェ・ヨンの指を眺めた。
「・・・ああ」

ヨンは指に眸を落とし、頷いてヒドへ頷き返した。
「金剛石だ」
「金剛石」
「そうだ」
「何故、そんなものを嵌めておる」
「・・・気にするな」

成程、あの女人に押し切られたか。
ヨンの仏頂面に、ヒドは咽喉で く、と笑んだ。
「何だよ」
「気にするな」
「・・・気になどしない」

ああ、そうだ。気になどするものか。
ヨンは己の言葉を、胸裡で繰り返す。気になどしていたら、この身が持たぬ。
巴巽村より開京へ戻り、一体何人に訊かれたか。
迂達赤の面々そしてヒド、そして畏れ多くも王様に。

ヨンは昼に拝謁に出向いた折の王の言葉を思い出す。

 

*****

 

「王様、チェ・ヨン参りました」

夏の午後の陽の溢れる康安殿の回廊の扉外、ヨンが僅かに張った声。
内からすぐに返る
「入りなさい」
という王の声と共に、目の前の扉が引かれる。
「大護軍、久々だな」
「は」
入口に踏み込んだヨンが顎を下げると、王はゆったりと微笑みながら机前の階を下り、大卓前へと歩を進める。

「掛けなさい」
「は」
ヨンは大きな歩幅で卓へ寄り、王の着座を見届けてから、音も無く椅子へ腰を下ろす。

「して、首尾はどうであった」
「工房の増築の確認、併せ今後の武器防具の相談を」
「そうであったか」
「工房の設備は、今の処充分のようです」
「何よりだ」

王は満足げに小さく頷いた。
「紅巾族に向け矢を。倭寇襲撃に向け軽く丈夫な鎧をと。そう伝えて参りました」
「そちに一任する、善きに計らいなさい」
「は」

言うべきことは全て言ったとばかり口を噤んで眸を下げたヨンに向かい、王は声を重ねた。
「で、最も肝心なものは」
「は」
「最も肝心なそれは、一体なんだ」
「畏れながら」
「それだ、チェ・ヨン」

王は口端を上げ片頬で笑みながら、それ、とその視線でヨンの左指に光る、金の輪を指した。
「しらばくれるのが、上手くなったな」
「王様」
「いやいや、構わぬ。ただ何かと思うてな」
「これは」

ヨンは玉座に腰を据え、両の手指を卓上で組んだままの王の顔を見る。
「こ、れは」
「うむ」
「・・・指輪です」

そのヨンの声に、王は堪らず噴出した。
「大護軍、それは見れば寡人にも判る」
「は」
「巴巽村に行く前にはつけておらなかった指輪を、何故今は嵌めておるかと思うてな」
「それは」
「それは」
「・・・一身上の都合にて」

王はいよいよ堪え切れぬ様子で、声を上げて笑い出す。
背後から内官たちの忍び笑う声が漣のように寄せ、ヨンは肩越しに内官たちへ鋭い眼光を飛ばす。
お前らは良い。聞かずにおれば良い。興味を持たず右から左へ聞き流せ。
好奇心は猫をも殺すと云うぞ。

ヨンのひと睨みに漣は止み、内官たちは何事もなかったよう静かに視線を外し、部屋の影へと戻る。
王だけが興味深げに、ヨンの指の金の輪から目を外さない。
「で、何なのだ」
「王様」

このあたりで勘弁して頂きたいと、ヨンは太い息を吐く。
臣下の礼を失したくはない。
しかしここで一部始終をお伝えすれば、 この後どれ程の騒ぎになるか判ったものではない。

王様から王妃媽媽へ。王妃媽媽から叔母上へ。
そして叔母上が走り込んで来てまた色惚けだの、あの方に甘いだの、散々揶揄の種になろう。
光景が目に見えるようだと、ヨンは首を振る。
冗談ではない。婚儀など己とウンスで質素に静かに挙げられれば、それで十分だった筈が。

ウンスの希望に添う。決意は変わらない。
白い婚礼衣装も必ず手に入れて見せよう。
がーでんの宴が如何に賑やかしくとも、我慢しよう。
はねむーんが何処であれ、好きな処へ連れて行こう。
しかし心臓に繋がる指の話は。割れず欠けず曇らぬ石の話は。
それだけは口外するつもりはない。
畏れ多くも王よりの下問であってもと、ヨンは唇を引き結ぶ。

「余程、大切なものらしいな」
「・・・は」
「銑釜一つ持たぬ男が、金の輪を身に着けるほどだ」
「分不相応ですが」
「そんな事があるものか」

王は僅かに目を開き、その首を振る。
「そなたがどれほど働いてきたか。
指輪どころか金の宅を構える程に尽力してきた事は、寡人が誰より知っておる」

何処かで聞いた物言いだと、ヨンは苦く笑む。
金の宅。そんな酔狂な物が作れるものなら作ってみろと。

「既に金の宅を、頂いております」
「あれはただの宅だろう」
「某には金以上です」
「何か、深い意のある指輪なのか」
「・・・王様」
「ふうむ、気になるのう」

王は手指を組んだまま、ヨンに向かい卓へ僅かに身を乗り出した。
「隠されれば、隠される程に」
「御勘弁を」
「まあ、良い」
乗りだしていた背を伸ばし、組んだ手指を解き、王は笑みを深くした。
「此度ばかりは宮中の、噂雀の報を待つとしよう」

大きすぎる王の独り言に、ヨンは黙って席を立った。
珍しくその足許、がたりと大きく、椅子の音がした。

「・・・失礼致します」

そう言い残し、ヨンはその場で踵を返す。
ウンスは今頃坤成殿で、王妃媽媽の診察中だろうかと考えながら。

嬉しさの余り口を滑らせ、指輪の事を、心の臓の話を、王妃媽媽に漏らさねば良いが。
口止めせねばなるまい。

ヨンは俄かに焦りつつ、坤成殿へと向かって回廊を足早に駆け抜ける。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    さらんさん、今宵も素敵なお話をありがとうございます。
    人の噂も何とやら…と言いますが、さまざまな人たちから指輪のことを噂され、王様からも尋ねられ、それでも隠さずに指に着けているヨンは、むしろかっこいいなあと思います(*^_^*)。
    でも、肝心のウンスの口に鍵をかけるのを忘れてしまいましたね。
    時すでに遅し…(^_^;)。
    王様の耳に届くのも、時間の問題…?
    しかも、嗎嗎にも指輪が贈られるようにとの画策をしている様子に、またまた、ヨンが巻き込まれる予感たっぷりです。
    さらんさん、明日からまた新しい一週間ですね。
    お忙しい日々をお過ごしと思いますが、ご自愛くださいね。

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    金剛石(ダイヤモンド)の指輪、本当にこの時代では珍しいものなんですね。
    心の臓のお話、すでにウンスは王妃様に報告済みですよね。
    ヨン、残念(^-^;
    時すでに遅しですね(^o^)

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    ヨンア~
    それどころかね「指輪ゲット作戦」だよ( ´艸`)
    あなたの奥さんウンスさん黙ってるわけないし。
    ま、ね、ここは忍の一字では・・
    なかろうかと・・・・思うわけでして( ´艸`)
    私としてはヒドヒョンが「く!」って( ´艸`)
    そっちのが嬉しい今日この頃です。

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    ヨン様、遅かりし。
    でも、心の蔵の話し、良いじゃない~(´Д`)ハァ…
    30近く経つと模様も無くなり、ツルツルのプラチナになってしまうのよね(笑)

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