比翼連理 | 58(終)

 

 

「待って、ヨンア」
「・・・はい」
「あのね、実はこんなに早く白絹が買えると思わなかったから」

礼成江の河岸から市の大路へと戻る途、ウンスはチェ・ヨンの手を引いた。
「考えたいの。細かいとこまで。せっかくのオーダーメイドだもの」
「は」

おーだーめいど。
一体何だとヨンが口を挟む隙もないまま、 ウンスは嬉し気に声を続ける。
「まだ今一つ、着たいって思うデザインが決まらないのよ」
「でざいん、とは」
「服の形。袖をこうする、とか、長さをこうする、とか、身幅は、 腰は、襟は、ああ、第一胡服にするのか韓服か、いっそドレスか」

以前確かに言っていた。買い物が好きだと。
しかしこれは買い物の話でなく 婚儀の衣装だろう。絹を買って終いではないのか。
この後ウンスは、一体何をする気なのだ。仕立て屋に任せて終いではないのか。
相変わらず肚の読めぬ方だと、ヨンは途切れる気配のないその声を、 どうにか追いかけ続ける。
「そこまで拘るのですか」
「待って!!!」

突然の悲鳴のような高いウンスの声、挙がった両手にヨンの眸が瞠られる。
「何です」
「第一、ヨンア。あなた何着るの?!」

ああそうか。全く考えていなかった。
さてどうするかとヨンは首を傾げる。
「迂達赤の正装といえば、麒麟鎧ですから」
「本気で?本気で鎧を着て結婚式?嘘よね?」
「正装ゆえ」
「待って。ちょっと待って」

ヨンを茫然と見上げたまま、ウンスがその場に立ち止る。
「確かに軍人が結婚式に正装で軍服着るって聞いたことはあるの。
あるけどだったら私も、正装は・・・白衣?典医寺の?それは嫌よ!!」
「イムジャはお好きな物を召せば良い。その為の白絹でしょう」

ウンスは頭を振って、ようやく声を絞り出す。
「待って。頭パンクしそう。とにかく今回はこのまま一回開京に帰らない?」
「・・・イムジャ」
「判ってる、また時間がかかるのは嫌よね?だけど開京の城下にも、 腕のいい仕立て屋さんはあると思うのよ?もし開京で見つかれば最高じゃない?
移動時間も短くて済むし、昼休みや仕事帰りにちょっと行けるし。あなたも何度も開京を留守にしないで済むし、いいことばっかりじゃない。ん?」

どうして己の都合の悪い時は、こうも弁が立つのだろう。
ヨンは滔々と捲し立てるウンスの小さな横顔に眸を流す。
「なければまた此処へ戻ってくることになります」
「探してからでもいいじゃない?」
「それは・・・」
「マンボ姐さんもタウンさんも叔母様もいる。きっと誰かが知ってるわ。女の情報網を侮っちゃ駄目よ」

確かに、女かどうかは別として、マンボならば何か知っておるだろう。
ヨンはウンスへの口答えを諦め、渋々首を縦に振った。
まあ良い、戻りたいという己の願いだけは叶いそうだ。

「判りました」
「じゃあ、今日はこのまま帰ろう?」
ウンスの声に、ヨンは顎を上げ天を仰ぐ。
まだ中天高くの陽、開京へは此処より二刻弱。十分戻れよう。

ヨンは顎を戻して頷くと、懐から手裏房の号牌を取り出し、さりげない手つきで帯を通して己の腰へと下げた。

市の大路へ入りウンスの手をそっと解くと、ヨンは小さな体の真横を護りながら歩く。

大路に入り程なくして、裏路地から小さな指笛が聞こえる。
ヨンは足を止めぬまま、何食わぬ顔で真直ぐに歩を続ける。

一つの影がウンスの逆側、斜め横から、ふとヨンへと近寄る。
そのままヨンの斜め半歩前へと進んだ影は、振り向く事なく
「用ですか」
それだけを呟く。
「火薬屋、判るか」
ヨンの唇の動きだけの、息のようなその声に
「ああ、変わり者の火薬屋ムソン」

その二つ名にヨンは片頬で笑む。確かに変わっておる。
懼れもせず己を尾けた挙句、この誰何に堂々と姿を現した。
肝は据わっている。思いは真剣だろう。
開京へ戻ればこの話、王様への報告と土産話になるかもしれぬ。
「奴に伝えろ」
「何を」
「すぐに戻ると。何かあれば開京を訪ねろと」
「承知」
影は頷くとヨンの斜め前から市の大路の賑やかな雑踏に紛れて消えた。

二人の会話にすら気付かぬまま、ウンスは考え込むように歩き続ける。
あの影など偶然近くに寄って来た、通行人とでも思っているのだろう。
若しくは気付く事も出来ぬ程衣装の事で頭がいっぱいか。
ヨンは笑み、腰の牌を帯から解くとそのまま懐に仕舞い込む。

その拍子に指先がムソンの渡した筒に掠めて触れる。
落せば、どかんか。精々気を付けるとしよう。

そのまま宿へ戻り部屋を引き払うと、ヨンはウンスを連れて市の入口、厩舎へ歩く。
厩守が二人の姿を捉え、遠くから大きく手を振った。
「大護軍さま!」
その声に片手を挙げて応え、ヨンは横を歩むウンスを見た。
「では戻りましょう。腹は」
「大丈夫よ、私だってお腹空いたって騒ぐばっかりじゃないのよ?」
「何より」

目許を緩ませてウンスの声に頷いたヨンは、そのまま厩守へ声を掛ける。
「馬の具合は」
「すこぶるいいですよ。どっちもよく喰って元気です。蹄もきれいなもんだ」
「水は」
「さっきたっぷり」
「では行く」

懐から銭を掴み出し厩守へ渡すと、守はその中から一枚だけ取り残りをヨンの掌へ戻す。
「一晩預かっただけだし、馬が喰った分だけ」
「おい」
「ほんとなら大護軍様から御代なんて」
「仕事をしたならした分は取れ。取らねば次から頼みにくい」
「はい」

厩守は頷くと、すぐに奥から鞍を据えた二人の馬を曳いて来た。
ウンスを先に騎乗させ続いて己の愛馬の鞍横、白絹の包みをヨンは確りと結わえつける。
鐙に足を掛け軽々と鞍へ跨ると、下から厩守がヨンを見上げる。
「またすぐいらしてください」
「ああ。何か不穏な出入りがあれば報せろ」
「はい!」
「門衛士でも官軍でも良い。チェ・ヨンに伝えろと。お前なら早馬も出せよう」
「判りました!」
頭を下げる厩守に頷くと、ヨンは横のウンスを振り返る。
「参ります」
「うん」

頷くウンスに笑いかけ、ヨンは頭上の丸い天の色具合を計る。
此処より二刻。暮れの前、まだ陽のあるうちに開京へ入ろう。
空があの月のように紅くならぬうち。
影法師が滲むあの黒い夜が来ぬうちに。

俺の比翼鳥の機嫌の良いうち。
腹が減ったとこの片翼が、ぴいぴい啼き出さぬうちに。

ヨンはそれだけを案じつつ、愛馬の腹を踵で押す。
二つの馬の影は重なるように地を蹴りたてて疾りはじめた。

 

 

【 比翼連理 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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9 件のコメント

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    長編お疲れ様でした。
    でも、でもですね、次は?次は?と、心がはやります。
    ウンスはやっぱり、みんなを驚かすドレスでしょうか?ヨンは、参列したすべての人達が息を飲む程の凛々しさでしょうか?
    『比翼連理』、二人だけではなく、みんなの心をわしづかみにして、みんなが無償の心で繋がって行く作品でした。

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    さらんさん、気温が上がり始めた真夏の朝に、素敵な二人のシルエットと、いつもながらの素敵なお話をありがとうございます。
    そうそう、ヨンの婚礼衣装も気になりますよね。
    それに、この地から一度、ヨンを離してあげたかったのかもしれませんね、ウンスは…。
    実際ね場面が見えるような、さらんさんのお話に、しばし意識を奪われ、うっとりいたしました。
    さらんさん、熱中症に気をつけて、今日も頑張ってくださいねd(^_^o)

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    さらんさんの言葉使い・表現がわたしのつぼに
    ぴったり入り、時には笑い、時には大泣きし。
    毎日朝晩の大切な日課になっています。
    これから、婚儀。ウンスのことだから簡単にはすまないと思います。続きも楽しみにしています。
    ヨンの読む漢詩。私もどこかで使う機会がこないかな?

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    さらんさん、うっとりしてたら、此度のシリーズが今回で終わりということをスルーしてしまいました。
    うっとりから、うっかりです(T ^ T)。
    このたびのシリーズも、本当に素晴らしかった~❤︎
    良い映画を観せていただいたようです。
    読み手の私達にとっては、長編ではなくて、あっと言う間に読み終えてしまった~というくらい、メリハリと深みのある、本当に素敵な作品でした。
    これから何度も、読み返したいと思っていますが、ひとまずはシリーズ脱稿、お疲れ様でした。
    はらはらドキドキ、キュンキュンの毎日をありがとうございます(#^.^#)

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    今シリーズも楽しく拝読致しました。相変わらすヨンの声が絶え間なく届いてきましよ♪
    朝からまたDVDを見直しました(笑)
    リクエストのお題は皆様がたくさん提案されているので…
    でもさらんちゃんの描く「男前のヨン」で王道、行って下さいね!

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    さらんさん、読みごたえのある長編ありがとうございました。
    何だか、私も映像を見ているような感覚で読み進めていました。
    これから開京に戻って、どんな婚儀になるのか
    わくわくします。まだ、一波乱ありそうですね。
    さらんさん、毎日暑いですので、お体をご自愛くだい。

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    「比翼連理」連載終了ですね…
    お疲れ様でした<(_ _)>
    婚礼衣装完成まで続くのかと思いきや
    さらん様、引っ張りますね(≧∇≦)b
    今回は結婚指輪、金剛石の件がメインだったんですね♡
    二人ともどんな衣装になるのか、そしてどんな婚礼になるのか、今後が楽しみです。
    「愛してる」
    「はい」
    二人のこの会話が全てを物語っているような感じで好きです(*^^*)

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    とうとう終わってしまいました。このお話を読みながら、また最初から読み進んで来ました。残業続きの疲れがいっぱいのヘトヘトな私の癒し。男前のヨンに会えたらそれで満たされます(≧∇≦)
    お疲れ様でした。続きも楽しみにしていますよ~。
    最初から何度も読み返しながらまたまた読む気満々です。
    暑い日が続きますが、体に気を付けて書いてくださいませ。
    アメンバーまた逃してしまいました^^;
    消えてしまったのがほんとに惜しまれます。

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