比翼連理 | 48

 

 

「なに」
「は?」
「え?」
陣を敷き直す。そのチェ・ヨンの兵らしい物言いにその場の他の三人の声が重なる。

「叔母上」
「・・・何だ」
「この後だが」
「ああ」
「まず碧瀾渡へ出る。この方に白絹の婚礼衣装を手配する」
「白絹だと」

チェ尚宮は突然のヨンの言葉に首を振る。
「それは」
「良いんだ。互いに納得しておる。しかし手に入れるまで、そして仕立て上げるためには少しばかり刻が要る」

ヨンのその声にチェ尚宮は頷く。頷く以外に手がないが如く。
全く天界の則とは、一から十まで己の想像を遥かに超えるばかりだと。
「次に婚儀だ。出来れば、天門前で」
「大護軍、それは」
チュンソクが余りに予想外なヨンの声に、思わず小さく叫んだ。

開京より北方の天門まで、馬を全速で駆り三日。
それも鍛錬を積んだ精鋭の騎馬兵が馬を駆っての事だ。
船での移動を挟んだとしても二日。
まして大護軍の婚儀では開京からどれ程の大人数が参列するか、丼勘定すらできん。

全員が開京最寄りの港より船で北上し、其処から馬に乗り替え天門まで。
それでも片道二日、最速にてだ。
全員を動かすために、一体何度船を出せば良い。
野営を張って、開京の高官を野原に寝泊まりさせる訳にもいかんだろう。
その移動の道程に軽い眩暈すら覚え、チュンソクは黙り込む。
「判ってる」
チュンソクの叫び声に、ヨンは眸を流してチュンソクを見る。
「故に開京近隣で何処か、大きな庭を借りる」
「・・・は?」

天門での挙式、開京で庭。大護軍は一体何を言っているのだ。
陣を敷き直すとはその事なのか。
その肚を読み、その求めるものを知り、その眸の見るものを見。
果たさねばならん。この命を懸けて。まして大護軍が留守の間は。

しかし此度は、それを成せる気が全くせん。
一体全体、どうなっておるのだ。大護軍は何を求めておいでだ。
俺に出来る事などこの婚儀に限り、本当に何かあるのだろうか。

「肚の探り合いは、此度は止める。頼む。
婚儀が一刻も早く無事終わるよう、手を貸してくれ」
二人を其々見つめるヨンの黒い眸に、その頼みに呆気に取られた顔が順に映り込んだ。

「明日よりこの方と碧瀾渡へ行く。理由は市の品揃えと治安の確認」
チェ尚宮とチュンソクが呆気に取られたまま、ヨンの言葉に頷く。
「チュンソク、留守を頼む」
「・・・は」
「叔母上。誰に何を問われようと、俺の碧瀾渡行きはそれが理由と伝えてくれ」
「・・・ああ、判った」
「俺はこの方の婚礼衣装を注文してくる。
仮縫いだの何だの、恐らく何度かあるだろう」
「まあ・・・女人の婚礼衣装となれば、そうだな」
チェ尚宮がようやく話を呑み込んで頷く。

「碧瀾渡まで馬で二刻足らず。充分日帰りできる。
しかしこの方を護る以上、そうした折には幾度か隊を抜ける。チュンソク」
「は」
「その時は頼む。王様の守りに気を配れ」
「は!」
ようやく己にも出来る事がありそうだ。
真顔に戻ったチュンソクが、ヨンの声に深く頭を下げた。

「碧瀾渡より戻れば次にこの方と共に、一旦天門まで行って来る」
「天門?なんで」
ウンスが驚いたように初めて声を上げた。

「ご両親に門前で御挨拶致します。高麗で声が届くとすれば、あの場所以外にはありませぬ」
「ヨンア」
「はい」
「そんなのいい。それよりあなたの役目が」
「生涯一度の事です。そんなの、ではない」
「だって」
「俺はあなたを攫ったまま、御挨拶すら無しに夫婦の契りは結べません」
「・・・でも、だって」
「先程もお伝えしました。本来ならば菩提寺の住職を呼び、天門前にて婚儀を挙げたかった。
二人なら可能だと思うた。しかし此度の一件で懲りました。恐らく無理と」
「それは、私も悪いのよ、思わず」
声を高くして言い募るウンスに顎で頷くと、ヨンは残る二人を見た。
「叔母上にもチュンソクにも、話す気は一切無かった」

それはよく判ると、三人は三様に頷いた。
誰より私事を語ることを鬱陶しがり体面を重んじるこの男がこれ程心情を、内幕を吐露するなど、未だかつてなかった事だ。
「しかし全て滞りなく進めるには、一刻も早く成すには、叔母上」
「ああ」
「チュンソク」
「は」
「二人の助力無しには無理だ。皇宮の煩い雀どもを黙らせてくれ。
奴らが裏事情を知る必要などない」
「承知した」
「役目を空ける事が増える。チュンソク」
「は」
「お前無しでは皇宮を空けること成らん。力を貸せ」
「は!」
「天門での御両親への御挨拶が済めば婚儀。
仏前式は鉄原の菩提寺で挙げる。叔母上」
「何だ」
「血縁の身内といえば叔母上以外に居らぬ。参列してくれるか」
「聞くか」
「いや」
チェ尚宮の返答に、ヨンは喉の奥を揺らす。
「他には」
「能うなら師叔とマンボ、ヒドとテマナを」
「声を掛けておけ」
「ああ」

ヨンはチェ尚宮の声に、少し目許を緩めて頷いた。
「その後そのまま開京へ戻り、何処か広い庭で宴を開く」
「庭で」
チェ尚宮の呟きにヨンの顎が頷く。
「宴」
チュンソクの眼にその眸が頷き返す。

「どうやって」
「ああ、それはあの」
ようやくウンスは話の輪へ入り込んだ。
「大きなテ・・・卓を用意して、料理も煮炊き出来る限り、外で」
「・・・成程」
「なので外でお料理してくれる人が、必要になっちゃうんですが」
「タウンとマンボに声を掛けさせましょう。いくらでも集まる」

ウンスの声にチェ尚宮は請け負った。
「わがまま言って、すみません」
「何をおっしゃる」
チェ尚宮はウンスに向かって微かに笑んだ。
「黙っておるからややこしい。予め報せてもらえれば、鬱陶しい外野の声など此方で止めます」
「ありがとうございます!」
ウンスが卓へぶつけるほど深く頭を下げる。

「で、宴への参列者だが」
女人二人の声で途切れた話を引き戻すように、ヨンは声を続ける。
「俺たちを知っている者は誰であれ参列してほしい。身分も立場も一切問わん。
その代わり、義理や顔繋ぎは一切断る。チュンソク」
「は」
「どれ程の人数になるか判らん。判らんが、そして考えたくはないが」
「警備ですね」
「ああ。俺も当日はこの方から離れん。眸は光らせるが」
「お任せください」
「頼む」
ヨンは息を吐いて頷いた。あと一息だ。

「最後に旅だ」
「旅」
「旅とは」
「はねむーん、というそうだが。夫婦で暫し遠出するらしい。
出来る限り長く、暇を取るつもりだ」
「はねむーん、ですか」
「ああ、もう良い。旅でもむーんでも行けば良いが」

さすがにチェ尚宮は眉を顰め、ヨンへその体ごと振り向ける。
「現在の戦況はどうなのだ。それ程たびたび開京を空ける事叶うのか」
「紅巾族については、密偵より異変なしと鳩が来ておる」
「ふむ」
「次に奴らが動くとしても、暫し時はかかろう」
チュンソクはヨンの声に深く頷く。
「双城総管府を陥落した後も、元に特段の動きなし」
「まあな」
「トゴン・テムルと奇皇后が動くならそろそろ北が騒がしくなっても良い頃だが、気配はない」
「そうか」
「その偵察もある。故に此度の碧瀾渡行きは必定。国を超え彼方此方渡ってくる廻船商人だ。その情報網は侮れん」
「判った」
「寧ろ厄介は、身内に巣食う白蟻」

ヨンの低い呟きにチェ尚宮とチュンソクの眼が当たる。
「あの総管府の、元千戸長」
暗に誰を指すか、チェ尚宮とチュンソクは黙って眼を見交わした。
李 成桂の父親、李 子春。
徳興君を最後の手駒として双城総管府に匿ったあの男だと。

名を呼ばぬには意味がある。ウンスには伏せるのかと、二人は頷いた。
「奴からだけは目を離すな」
「は」
ヨンの最後の一言に、チュンソクは深く頷いた。
良かった。何よりだ。これだけは己も大護軍の肚内を読み、どうにか対処が出来そうだ。

 

 

 

 

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