紅蓮・勢 | 64

 

 

「大護軍が双城総管府の開門を成した」
殿内に響く王様の御声に、宣任殿に並ぶ重臣らが頭を下げる。
「まことに恐れ入ります、王様」
「まことに恐れ入ります、王様」
その重臣らの声に頷きながら、王様が声を続ける。
「また元に逃亡していた謀反の重罪人、徳興君を捕らえた。
これから余が直々に牢に出向き、尋問を行う」

その宣言に、殿内が大きく騒めく。
「それは危険でございます!」
御史大夫が眉を顰めて玉座の前の階へと歩を進め、その場で床へ平伏する。

「なにとぞお考え直し下さい、王様」
御史大夫の声に付和雷同するよう、重臣たちが一斉にその場で頭を下げ
「なにとぞお考え直し下さい、王様」
そう平伏した。

「何を考え直せと言うのだ。大護軍が共に詮議に立ち会う」
玉座から腰を上げられ息を吐き、階の下、蹲ったままの御史大夫に向けて王様が問われた。
「大護軍は、此度徳興君を捕らえた状況をよく知っておる。
そして四年前の征東行省での謀反を納めたのも大護軍。
王妃が攫われた折、見つけて連れ戻したのも大護軍だ」

しかし御史大夫は頑強に譲らぬと言った風情で
「ならば大護軍にご一任ください。王様が詮議の場にお出ましになる必要はございません」
そうなおも言い募る。
王様はその御史大夫の声に、失笑を漏らされた。
「余への謀反を企んだ徳興君を、余が尋問して何が悪い。
牢に居る罪人だ。気は変わらぬ。もう控えるが良い」
「王様」
「変わらぬと申したであろう。これ以上聞きとうない!」

玉座から飛んだ叱責に、御史大夫が息を呑み黙り込む。
そして王様への説得は無理と踏んだか、次は王様の脇に控える此方へと目を向ける。
「大護軍、徳興君媽媽の尋問に危険はないのか」
俺はその声の先を眺める。 御史大夫の顔に向かい
「罪人を目前に、全く危険のない尋問など有り得ませぬ」

はっきりと正直に言ってやる。
考えろ、馬鹿め。
部下ならそう言ってその頭を張飛ばしてやるところだ。

「王様、大護軍もこう申しております。
どうぞお考えをお改めください」
「お改めください、王様」
御史大夫の声を継ぎ、重臣たちが再び一斉にそう言ってまた深々と頭を下げる。

まるで梅雨蛙か、冬の渡り鳥だ。
一匹一羽が啼くとそれに続いて、ぎゃあぎゃあ一斉に啼き始める。
俺は微かに肩を竦め、玉座の王様へ振り返る。
王様はこの眸を見て、此度は苦くも確かに笑まれた。

「もう良い。御史大夫も皆も止めよ。
そなたらが束になりどれほど止めようと気は変わらぬ。良いな」
「しかしそれでは、讞部の役目が」
「普通の罪人であれば讞部に任せておる。
己を省みよ、謀反人を媽媽と呼ぶなど。
重臣ですらそうなのに、それで如何して冷静な尋問など出来ると思うか!」

王様の一喝に御史大夫らが顔を見合わせる。
自分たちにも思うところがあるのだろう。
「そのように罪人を目上に見る状態で、公平な詮議など出来ぬであろう。
故に徳興君を裁くには、余が出ると決めた。判ったらもう黙れ!」

苛ついた御声に御史大夫たちはようやく
「畏まりました、王様」
そう言って、一様に床に這いつくばった。

啼き声を抑えるだけで、一苦労だ。
俺は息を吐き、宣任殿を見渡した。

 

康安殿の閉じた扉のこちら側。
薄暗い回廊の扉前に動かず佇んだままの私を、扉の両脇の守りの兵が不思議そうに見遣る。
「御医殿、王様がお呼びだったのではないのですか。
此方からなら玉座の裏へ回れますので、どうぞ」
その声に、満面の笑みを浮かべて首を振る。

「いえ。中の会議も急を要していらっしゃるご様子。
こうして御声を拝聴する限り、王様はお元気そうです。
回診は出直して参ります。内官殿にそうお伝えを」
「分かりました」

頭を下げる扉の両脇の兵に目礼を返し、私は足音を忍ばせ静かに立ち去った。
相手は皇宮の兵、不審な様子を見せる訳にはいかない。
冷静に。通常通りに見えるように。
嬉しさのあまり上がる息を整え、紅潮する顔を伏せる。
宣任殿から離れるほど高まる心臓の鼓動を聞き、回廊を走りだしたくなるこの足を抑えつける。

見つけた。見つけた。ようやく見つけた。
何と言う事だ。こんなに近くまで、すぐ目と鼻の先まで来ていた。
ようやくこの手の届くところまで戻っていたとは。
チェ・ヨン殿は王様の宿願だけでなく 私の宿願までもこうして果たして下さった。
そのお力にどれだけ感謝してもし尽くしきれない。

宣任殿から出た瞬間。
初夏の皇庭の中、典医寺へと続く石畳の路を私は一目散に駈け出した。
急がなければ。
王様よりも大護軍よりも、誰より先に、牢へ向かわなければ。
証拠を残さず痕跡を知られず、殺めたかった者がようやく目の前に戻った。

チェ・ヨン殿にはそれが誰なのかを、すでにお伝えしてしまった。
僅かでも後れを取れば、次に徳興君を見るのはいつになるか。
その為にも、急がなければ。

誰より先にそこへ行き、あの男の体の血の量を確かめなければ。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    あらら 侍医…
    やっぱり かたき討ちする気
    満々なのね
    あ~でもさ なかなか そうはすんなり
    できないって 気持ちはわかるけど…
    憎いよね~ 憎い
    このために 生きてきたのでしょう
    でもさ でもさ
    ウンス先生の出番かしら?

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    面白くなってきました。
    王様、チェヨン、侍医三人の復讐劇
    どんな展開に?ハラハラドキドキ!!
    更新を楽しみにしてます。

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    キム先生の行動に気がつくと心配している自分が、、、。
    でも、相手は徳興君なのにと思う自分。もう、ハラハラさせられております~!

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    王様の思う通りにして差し上げたい。
    だんだん目と目が中央に寄るのが
    わかるほど眉間に皺が(゚Ω゚;)
    さらんちゃん・・・・ものすごく重苦しいです。

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