紅蓮・勢 | 55

 

 

総管府の医務室。
室内へ続く入口扉のすぐ脇で、守りの兵が頭を下げた。
「変わりないか」
「はい!」
問い掛けに一斉に頷く。

その声を聞きながら室内への扉を開ける。其処に据えた寝台横。
トクマンに守られたあの方は、横たわるイ・ソンゲの脈を取っていた。
「大護軍」
踏み入る足音に気付いたトクマンが 衝立越し振り返り頭を下げる。
「どうだ」
その声に奴が目線で室内の卓を示す。

そこにはウヨルと共に年嵩の男が腰を掛けていた。
「新しい医師だそうです」
トクマンの小さな声に頷き返す。早速見つけてきたわけか。
入った俺に目を向け、ウヨルとそして向かいの年嵩の男とが立ち上がり頭を下げる。
「医師殿か」
「はい」

穏やかに頷く男に、怪しい素振は見受けられない。
「イ・ソンゲが動けるようになれば共に此処を引き払うことになろう。
その話は聞いておられるか」
「いえ、そこまで詳細は。今朝方遣いの方に呼ばれたばかりで」

まるきり臨時の医者と言うわけか。それに関しては此方の口出しすることではない。
俺は頷き、ウヨルを見た。
「では軍医殿は連れて行くが、構わんな」
「はい。ありがとうございました」

声に頷き、そのまま寝台の脇のあの方へと寄る。
「新しい医師殿がいらっしゃる。医療は終わりです。参りましょう」
だが喜ぶと思っていたこの方は首を振る。
「だって引継ぎがあるわ」
「医師殿が傷を見れば判るでしょう」
「でも傷の状態とか、今の状況とか、話すことがあるの」

その言葉に首を傾げる。どういう事だ。
イ・ソンゲの治療などしたくもなかったのではないのか。気が変わったか。
もしくはいくら憎くとも途中で患者を放り出すのは気が引けるという事か。
さもなくば俺が全く想像できぬ事を考えているか。
相変わらずその肚内が全く読めん。

「では急いでお伝えください。俺は戻らねば」
「いいわよ、先に戻って」
この方は呑気に首を振る。それが出来れば苦労はせん。
身元の知れぬ新しい医者までいる部屋の中、トクマンが守っていようと何かあれば如何する。
「いえ。待ちます」

そう伝えるとこの方は頷き、卓に向かい合うウヨルと新しい医者に向け、明るく笑った。
「患者ももうすぐ起きると思います。今のうちに昨日の治療について、話しておいていいですか」
そう言ってこの方が卓へ向かう。
椅子を引き、腰かけながら話し出した三人を見つつ、医務室の窓の脇に腕を組んで立つ。

そのまま窓の外へ目を投げても怪しい人影はない。
朝の陽の中に各建物へ出入りする兵達の鎧姿が、庭の中を忙し気に行きかうだけだ。

各部屋を整理し荷物を纏める。
王様の返答と共に遣わされるであろう内幣庫の者に財産の処理を引継ぐ。
あとはあの鼠の牢車を曳いて開京へ戻る。
それで此度の戦は終結だ。

開京へ戻ればあの鼠を王様へと渡す。
翻意のなかった兵たちの処遇を決め、可能であれば元へ戻す。
あとは元の出方の様子見か。
攻め入って来るほどの国力が残っているなら迎え撃つ。
その為にも双城総管府の残兵、一人でも多く此方に欲しい。
「・・・ンア」

キム侍医にも徳興君捕縛の件は伝えねばならん。
いつまでも伏せてはおけん。
伏せたところで何れ何処かで露見する。
人伝に伝わるよりはこの口からなるべく正確に。
「・・・ヨンア?」

その呼び声に気付き、窓の外から目を戻す。
この方が医者と、そしてウヨルと共に、窓脇の俺を見つめていた。
「はい」
「もういいわ。話は終わった」

その声に軽く頭を振り、目の前の三人へと意識を戻す。
今回の戦は白兵戦ではない。俺には向かん。
考えるばかりで頭が痛い。
次回はチュンソクが頭に立てば良い。
考えるなら奴の方が余程向いている。

医務室を出る前、この方が新しい医師へと振り向き
「腕の傷だけなので、特に心配はないです。ただかなり斬られているので。
筋肉が固まらないように、動かせるようになったらリハ・・・ええと、動かす練習を、徐々にした方がいいと」
その声に新しい医師が頷き、深く頭を下げながら
「長く医者をやっておりますがあのような手術跡は初めて見ました。
元か天竺か、どこか よその国の手法でしょうか」

そう言って眩しそうにこの方を見る。この方は戸惑ったように
「え。ええと、ええ、よその術式というか…」
しどろもどろにそう言って、困ったようにこちらを見上げる。
「この方の医術は秘伝。それ以上は訊かぬ方が良い」

そう助け船を出すと、医師は感心したよう幾度も頷いた。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ウンス、やはり一度治療したからにはプロ意識がムクムクわいてきたのでしょうか?
    元はと言えばソンゲさんにおっきな貸しをつくるためにはじめた治療。ソンゲさん、起きてウンスに感謝して下さいませ~。

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