紅蓮・勢 | 54

 

 

あの方を総管府の医務室へと連れ戻してトクマンに任せ、その足であの鼠を閉じ込めた牢車を置く東門へと戻る。
篝火に照らされていた昨夜とは違う。
明るい朝の陽の下で見る東門は周囲に青々とした大樹が茂り、重なる枝からの木漏れ陽が門前の広場に縞模様の影を落としている。

これ程清々しい朝日の中であの男の顔を拝むとはな。
見る前からうんざりしながら、据えられた牢車へと近寄る。
「おはようございます、大護軍」
牢車の見張りに付いた鷹揚隊の隊員らが一斉に敬礼姿勢を取る。

牢車の檻の中、毒々しい目で此方を睨む鼠に息を吐く。
「昨夜、変わったところはなかったか」
「ありません。見張りの交代の際にも特に報告を受けていないので、問題はないかと」
「そうか」

噛ませた猿轡を外すしかない。
このまま飲まず食わずで開京へ連れ帰るわけにはいかぬ。
「猿轡のみ外せ」
媽媽などとは呼びたくない。既に王様の手に落ちたこの男は唯の重罪人だ。
対外的な呼び名に意味はない。それでもその名を呼び捨てる事は許されん。
兵の一人が牢車の檻の間から腕を差し入れ、鼠の口に噛ませた猿轡を解いて行く。
「水を差しいれておけ」
「はい!」
それだけ伝え踵を返す。
その背後から、あの男の声が追いかけて来た。
「チェ・ヨン、王族にこんな仕打ちをしてただで済むと思うな。必ずその首を刎ねてやる」

轡が外れた途端にこれか。
離れた場所で足を止め振り返り、大股で牢車へと戻る。
「徳興君様」

牢車の此方から奴の目を見返し静かな声で呼ぶと、奴は檻の中から睨み返した。
「今はご無事なのですから、大人しくしていた方が賢明かと。
さもなくば某にも我慢の限度があります」
「あの女が無事ならずいぶん大きく出るな。しかし私の身柄は元の預かりだ。
お前の起こしたこれは君主国に対する謀反だ。私が起こしたものとは桁が違う」
「そうです」

牢車の中の奴の言葉に目を睨み返し、笑って頷いてやる。
そして牢車に近寄って声を潜める。

「言う通り。貴様が起こしたものとは桁が違う。
貴様は陰謀術算を巡らせた上でしくじった。
此方は元に国交断絶を勅書で報せたうえでの出向機関の封鎖だからな。
きちんと手順を踏んでいる。
貴様の薄汚い謀反と同列に扱われたのでは堪らぬ。
言ったろう。誰が来ようと、俺が相手になる」

そう伝えて身を起こす。
開京に戻ればこの男を待っている者がいる。
王様が、そしてキム侍医が。
「楽しみにしております。では」
「ふざけるな、今すぐここから出せ!」

叫ぶ声に二度と振り向く事も答える事もない。
そのまま軍議の会場、迎賓館に向け、俺は真直ぐ立ち去った。

 

*****

 

「遅れてすまん」
迎賓館の軍議室内。
踏み入りながら席を立ち迎え入れる列席の奴らにそれだけ伝え、そのまま席へ腰を下ろす。

「まず王様に早馬を送った。
ご返答を頂き次第残る鷹揚隊と、帰京組に分かれ動く。
それまで総員で各財産の整理を続けろ。
各建物、各部屋ごとの書物、書状は全て保管しろ。
特に出入納を預かった部署の部屋は念入りにな。
元へ流れた金、物品、正確に知る必要がある。
双城総管府の側でそれらの部屋を教示してほしい」

列席の兵を見渡して伝えると、其々の顔が頷いた。
「は!」
「護軍、鷹揚隊各隊長、迂達赤隊長と組頭。
捜索の各場所への人員を割り振れ」
「はい!」
「双城総管府にはこの後、捕らえられた各兵に対し再度、説得を試みてほしい。
翻意があれば今からでも受け入れる」
「はい!」
「整理終了後は、兵に対し部屋を割り振る。
王様よりのご返答は恐らく二日以内に届く。
帰京の日が決まるまでの間の居所だ」
「はい!」
「総管府側の捕らえた兵のうち翻意なき者は、牢に入れて置くより他ない。
牢の見張りには高麗軍が付く。
牢の場所の確認と歩哨順を、双城総管府側と護軍、迂達赤隊長で話し合え」
「は!」
「捕らえた徳興君に関しては牢車に入れたまま。
皇宮の牢へ移すまで絶対に目は離すな。二刻ごとの見張りも続けろ」
「はい!」

あれをやれ、これをやれ。全く疲れる。
しかし今は双城総管府との意思疎通が先決だ。
互いのどの人間の声を聞くか判らん以上、暫し俺が号令を飛ばすしかない。
また一からか、うんざりだ。
早いところ俺の肚を読める奴が、総管府側に見つかれば良いが。
「以上」

そう言って席を立つ。
列席の奴らも続き、その場に全員が立ち上がった。
最後にソンゲの件を伝えるべきか。
しかし総管府側の兵から問いがない事がより一層、奴に対する無言の意思表示にも思う
「イ・ソンゲは」
俺の声に、皆の目が向いた。
「無事だぞ」
何気なく聞こえるよう骨を折る。
双城総管府側の兵が静かに頭を下げた。

「高麗の軍医殿が治療して下さったと伺いました」
双城総管府側の最上席に座っていた兵が言った。
察するにこいつが、総管府側の兵の長か。
昨夜俺につきたいと頭を下げに来た兵がその横にいる。
奴は俺と目が合うと、静かに頭を下げた。

「そんな事は良い。しかし此方の帰京には恐らく間に合わん。
此処で暫し療養となるだろう。奴の守りの双城側の兵を決めておけ」
「・・・はい」
兵の長が僅かに逡巡するよう、そう言って頭を下げる。

それに頷き返すと、俺はそのまま部屋を出た。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    さらんさん、今宵も続けてお話を届けていただき、ありがとうございます❤
    ああ、牢車の檻に入れられた憎い徳興君が、何かしでかさないかと、心配でなりません。
    捕まったとはいえ、なにやかにやの卑怯な手を使って、逃げ出してしまうのではないか、思いもよらぬ酷いことをするのではないか、と。
    うう、不安です(@_@)
    どうか、ヨンやウンスたちが無事に開京にもどれますように。
    さらんさん、涼しい夜ですね。
    ゆっくりおやすみください。
    さらんさん、

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