慣れちゃいけない。慣れるべきじゃない。慣れた頃に大きなミスをするのが人間だから。
イ・ソンゲの刀傷を縫いながら、何度も思う。
いつの間にか、すっかり慣れちゃった。すり傷や切り傷じゃない、刀傷や矢傷に。
傷は深いところで約3センチ。
おまけに外側腕、橈側皮静脈さえ縫合が出来ればむしろ気を使うのは、神経束と筋肉の縫合。
きれいな裂傷。メスを握らないで済んだのはラッキーだった。
やっぱり怖い。自分の心が、まだ怖いから。
マイクロスコープ越し、傷を見ながら息を詰める。
「・・・切って」
ぱちん。
「・・・切って」
ぱちん。
鷹揚隊のドクターが渡したメッツェンの先で、慎重に縫合糸を切っていく。
最後のひと針を縫い終わって、大きく息を吐く。
「切って」
ぱちん。
「お疲れ様。これで終わり」
そう言いながら脈を診る。止血してからはだいぶ安定してる。
でも失血後の孔脈がある。感染症も怖い。体温もまだ少し低い。
体を温めて、免疫機能を高めて、造血も期待するなら。
「十全大補湯と参茸補血丸を出してください」
チャン先生、劉先生、当たり?戻ったら、キム先生に聞いておかなきゃ。
鷹揚隊の薬員に伝えると彼らが
「すぐに煎じます。火鉢はどこに」
頷いてから部屋の中を見回す。
反対の声が上がらないってことは正解?
それとも私が言ったからって理由で、条件反射で正しいと思われちゃってたらどうしよう。
「・・・薬湯、正しい?」
私の自信なさげな声に、鷹揚隊のドクターが驚いたようにこっちを見て、次に笑って頷いてくれた。
良かったと安心して胸を撫で下ろす。
そこに立ってたイ・ソンゲの従者らしき男の人が
「こちらです」
そう言って薬員の皆の先に立ち、静かに部屋を出て行った。
その後を鷹揚隊のドクターが頭を下げてついて行く。
部屋の中は寝台に横になったイ・ソンゲと、そして壁に寄りかかったままのあなたと、そして私と。
すごいわ。思いついて苦笑いする。
イ・ソンゲとチェ・ヨン。国史愛好家ならこれを見たら、きっと泣いて喜ぶツーショットよね。
その2人、といっても1人は手術を終えて寝てるし、もう1人は壁にぐったり寄りかかってるけど。
私もその壁の横、同じように寄りかかって床に座り込む。
あなたがようやくこっちを見て、困ったみたいに笑った。
「・・・酷い顔色だ」
それだけ言って、その大きな手が、私の頬に触れる。
気持ちよさに目を閉じて、あなたの肩に頭を乗せる。
この手を、必ず護るから。
だからどこにも行かないで。未練がないなんて言わないで。
私は未練だらけだから。諦めるなんて、絶対できないから。
「眠いなあ」
「無理ばかりさせました」
その穏やかな声に、あなたに寄りかかったまま目を閉じた。
「ヨンア」
眠たげな私の呼び掛けに、あなたが静かに返事した。
「はい」
「あの時、針作ってくれたでしょ」
あなたは思い出したのか、ふっと息を吐いて
「はい」
と頷いた。頭を乗せた肩が、少し揺れた。
「あの針、役に立ってくれた。ありがとう」
「鍛冶も喜びましょう」
「うん。また行きたいな。お礼も言いたい。できればもっと小さい、細いのも必要だし」
「判りました。開京に戻れば、王様にお許しを頂いて」
「2人で?」
「ええ」
「行こうね」
「ええ」
大きくあくびをして目を閉じる。今だけ、少しだけ、こうさせて。
その白い滑らかな額に落ちた亜麻色の解れ髪。
指先で静かに額へと撫で戻す。
この方は長い睫毛を閉じたまま紅い口許を緩ませる。
どれほど辛いかも知っていた。それでも信じていた。
そして護ると言って下さる、その言葉を信じる。
後ろを守ると言葉を残し最後に消えてしまったメヒと、今俺の肩に凭れて目を閉じるこの方との違いはそこだ。
この方はどれほど辛くとも目を逸らさない。
傷を傷として受け入れ、痛みを痛みとして抱き、過ちを過ちとして認めても、決して最後の一歩で彼方には傾かぬ。
チャン侍医の時がそうだった。ご自身の命でそれを帳消しにすることはない。
隠して笑い、そして陰で泣き、夢に魘されながら必死に乗り越える。
きっと生きる力が強いのだ。命の大切さを誰よりご存じの方ゆえに。
護るのは男だけの役目ではないのだな。
これでもう、俺はますます死ねぬ。
護れなかったとこの方が、ご自身を責めるなど。
寝台の上、イ・ソンゲが微かに声を上げる。
その瞬間、凭れたこの方が目を開ける。
俺は床から身を起こし、小さな手を引いて立たせる。
開京へ戻ればまた共にすぐ、あの巴巽村へ。
この方がこうして瀬戸際で繋いで下さった俺達の途の先へ。
扉向こう、回廊の先から戻るウヨルの気配を感じつつ、握った小さな手から指を離した。
刹那の触れ合いでも伝わっただろうか。
俺こそが胸の中、いつもあなたに頼っている。
何時でも細い肩に頭を乗せ、安息の息を吐く。
あなた無しではもう、息をする場所は見つからぬ。
口が裂けても、それだけは言えぬ。
そんな事を伝えたが最後、この方がどれほど無理をするか。
考えただけで眩暈がする。

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強いね 二人とも…
はやく開京に帰ろう。
ゆっくり 2人で ゆっくりデートだ。
ヨン…言えないって言いてるけど
言っちゃっても いいんじゃない
ウンスも 同じ気持ちだもん
と わたしは 思っちゃう
お互い 無理は禁物だけどね。
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ここまで人を愛せるかな?
ここまで人を信じきれるかな?
世界中探せばいるかも?
いやぁ~いないでしょ?(笑)
だからこそ目が離せないのよ!
私は人間小さいって胸はれるよ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
だからこそ惹かれるのよ!
実際(いや、誰も聞かないだろうけど)
私がウンスの立場なら・・・・
出来ない!はず?
あっ、でもでもヨンアにここまで頼まれたら?
やれるかも?(どっちやねん!!)
ねぇ~揺れに揺れる小さい人間なの(/ω\)
ここまで来ると本気で2人に会って
インタビューしたいよ、さらんちゃん!!
横から「だから小説やて」とテンション下げようと
自称?ムーミンパパが言うとりますが・・・・
毎日楽しみにしてますからねぇ( ´艸`)
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のはこちらです。
ヨンにそんな風に想ってもらえたらなんて幸せ!
ついつい妄想してさしまいました。
ソンゲさん、はじめにどんな事を言うのか気になります。
無邪気でいて欲しいけど、ウンスは傷つくでしょうね。
お待ちしています。