2014-15 リクエスト | 瑞雪・3

 

 

ああ、ゆらゆらしてるなあ。
このリズム、揺れ方、何かに似てる。何だっけ。
ああそうだ、呼吸するあなたの胸の動き。
大きくてゆったりしてて、包まれるみたいで安心する。

まだ暗い明け方、あなたの腕の中で揺れながら、半分夢の中で私は思う。
波が揺れてるのか、あなたの胸が揺れてるのか。同じリズムで揺れてる。
気持ちいい。あなたの腕の中だけはいつも変わらない。
あなたの胸に鼻先をすり寄せる。大好きなあなたの香りを感じて笑う。
笑って、また眠りに戻っていく。朝まで、もう少し。

 

半ば眠るこの方が俺の腕の中、俺へと鼻先を寄せる。
起きたか。
長い睫毛を確かめる。
半分うっとりと開いたそれは微笑んだ後に、また静かに閉じられた。
すぐに安らかな寝息が戻る。

静かな寝息を胸に感じ、曙の船室の窓外に眸を投げる。
波に呼吸を合わせろと、教えてくれたのは隊長だ。
見つからぬ為、闇に紛れる為。
船に乗り波に揺られれば自然と思い出す。
骨の髄まで染み付いた習慣だ。
今此処に誰が忍び込もうと波音の間にすぐに見つける。
そして波に息を合わせ背後から忍び寄り、迷いなくその首を掻き斬る。
習慣とはそんなものだ。
曙の窓の外、薄闇の中の記憶。

朝よ、早く来い。

 

「おはようございます大護軍!」
「おう」
「おはようございます!」
「おう」
「おはようございます!大護軍」
「おう」

もうその声を聞くたびに、笑いを堪えるので頭がいっぱい。
何でそんな面倒くさそうに同じ言葉を繰り返すのかって、最初はじっくり、横を歩くこの人の顔を見てたけど。
すれ違う迂達赤や武閣氏の皆があなたの姿を見つけて挨拶するたびに「おう」「おう」って。
多分それがあなたなりの精一杯なのね。
無視はしない、でも足も止めない。不愛想なあなたなりの朝の挨拶。

それにしても、バリエーション少ないわ。
無口だとは知ってるけど私と話す時の半分でいいから、せめてもうちょっと笑えばいいのにな。

今朝のヨンアの脈は変だった。体がびっしょり濡れて冷えてた。
この人があんなに汗をかくのは心因性。判ってる。
でもそれは言わない。ただ黙って、温胆湯を飲ませた。
そして横をちょこちょこついて歩く。何かあれば顔を見上げる。
ねえ私を見て、そして笑って。私にはそれしかできないから。

 

甲板へと出で様子を判じる。
帆柱に上がっていたテマンが俺を見つけ、素早く滑り降りてくる。
「大護軍、おはようございます!」
「一晩中あそこにいたか」
「はい」
「どうだった」
「静かでした」
「そうか」
「はい」
「もう上陸だ、準備しておけ」
「はい!」
テマンは頷き、笑って頭を下げた。

船内へと足を戻し、真直ぐに王様と王妃媽媽の船室へと向かう。
朝から離れることなく横について歩くこの方が、俺を見上げてにっこり笑う。
どうしたと眸で問えば
「うーん、私やテマナにはちゃんと笑ってくれるのに」
そう言って不思議そうな顔をする。
記憶のせいか、機嫌が悪い顔をしているかと、気まずい思いで目を逸らす。
もう直に夜が明ける。船を下り公州の港へ上陸すれば気も晴れる。

「イムジャ、此度は急用です。辰の刻前ですが、王様にお会いしても良いですか」
「分かった」
そう頷くこの方を見、お二人の船室前で守るチュンソクたちと合流する。
「どうだ」
「問題ありません、既に主席内官も入室しています」
「そうか」
「は」
「上陸準備だ。ここは替わる」
「は」
昨夜の歩哨に立ったそれぞれの兵が頭を下げて去った後、扉前で背を伸ばし室内へ声を掛ける。

「王様、迂達赤大護軍チェ・ヨン、医仙ユ・ウンス参りました」
「入りなさい」
昨夜よりも早くお声が戻り、扉は内官の手で開かれた。
俺はこの方と共に入室し、御前へと頭を下げる。
「そろそろ上陸です。宜しいでしょうか」

その時。前触れなく横のこの方が小さく あ、と声を上げる。
思わず振り向くと、この方は微笑んで此方に首を振る。
その視線の先を追えば、王妃媽媽が静かに椅子に腰掛けておられるだけだ。
思わず逸れた注意を戻し、王様の上陸を許す御声を待つ。

王様は些かお疲れのご様子で、それでもゆったり微笑みながら
「善きに計らいなさい」
そうおっしゃっり頷かれた。その御言葉に頭を下げる。

次にこの方が
「では王様、媽媽、朝の脈診をしてもいいですか?」
礼儀に則り尋ねながらも、王妃媽媽に向かい嬉しげに笑っている。
王妃媽媽がこの方の笑顔に、顔を赤らめて頷かれる。

やんごとなき方と畏れ多くも目で言葉を交わすこの方に、息を吐きながら肚裡で苦く笑む。
その御目を見つめ返すだけで不敬の罪に問われることもあるものを。
この明るさ、屈託のなさ、陽気さに染められ、明け方固まった心がゆるりと溶けだし、息を吐く。

 

******

 

公州の温宮へと馬車を走らせる。予定外だったのは天候だ。
開京よりも南へ下った公州が、これほど寒いとは。

馬上でこの方を振り向けば、その唇も真青だ。
畜生。もう一枚外套を着せ掛けるべきだった。
「イムジャ」
馬を横へ寄せ声を掛けると、この方は振り返り首を振る。
「大丈夫、それより急ごう。この寒さじゃ馬車の中でも心配」

己の首巻を解き、芯まで冷えた亜麻色の髪の上からくぐらせる。
「巻いて下さい。急ぐ故」
馬を前へ出し王様の馬車へ寄り、格子窓へ声を掛ける。

「王様。この寒さ故少し急ぎます。宜しいですか」
格子窓が開き、王様が御顔を覗かせる。
「判った。兵に気をつけさせよ。まだ降っては来ぬか」
「寒さのみです。王様と王妃媽媽にはお変わりございませんか」
「寡人らは問題ない」
「は」

御声に返答し、御者台の迂達赤へ
「速度を上げろ」
そう告げて馬車横を護る。
馬に鞭が入り、馬車は速度を上げながら薄灰の空の下、温宮への一途を辿る。

温宮についた頃には、空から白いものが舞い始めている。
王様は馬車を下りられ空を見上げて、
「降ってきたな」
そうおっしゃると俺へと御目を戻される。
主席内官のアン・ドチ殿が後ろから王様へと絹傘を差し掛けながら
「瑞雪で御座いましょう、王様」
お伝えする声に、俺も微かに頷く。

「そのようなものは要らぬ。却って皆に厄介だ」
「民も王様の御威光と、喜ぶかと存じます」
その会話を耳に、俺は迂達赤へと目を向ける。
馬は既に全頭温宮の厩舎へと牽かれ、奴らは陣を組み終わっている。
「行くぞ」

その一言で王様へと陣が寄る。
逆向こうでは王妃媽媽の周囲を武閣氏が護る。
足早に温宮の主殿への途を歩きつつ、周囲を読み取る。
特に大きな宮ではない。歩哨が手薄になりそうな処もない。
それに僅かに安心しながら陣の先頭を切り、大股で主殿へと歩を進めた。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    夜の船はヨンの決して思い出すことが楽しいわけではない記憶を取り戻させるようですね。
    だから昔ヨンは船に乗りながら叶うことのない長閑な一軒家で好きな人たちと暮らす夢を見ていたのかな。
    叶わないとわかっていてもヨンの中の人間らしさが求めていたこと。
    今はウンスを見ていたら乗り越えられると思えるはず。
    ヨンの闇は深いのですね。

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    さらんさん、今夜も素敵なお話をありがとうございます。
    ヨン達の世界も、相当寒そうですね。
    でも、公務に勤しみながらも、愛するウンスを気遣うヨン…羨ましすぎます。
    早く温かい温泉で、しっぽりさせてあげたいですね~❤︎
    さらんさん、明日の朝も寒いようですヨン。お風邪に気をつけて下さいね❤︎

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    さらん 様
    こんばんは(*^ー^)ノ♪
    おはようございます。の列に並びたくなったのは、きっと私だけではないはず(^w^)
    おう。
    なんて言われた日には気絶しそう(〃∇〃)
    韓医学の知識、脈診の腕、目覚ましい成長を遂げるウンスもまた魅力的。
    明日も寒い一日になりそうです。
    どうぞ、お身体ご自愛くださいませ。

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    >あみいさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ヨンを書くたび、アメリカで社会問題になってる
    PTSDを思い出してしまう私です。
    そう簡単に忘れられるなら、苦労はないだろうなと。
    ただそういう精神でいる限り、そもそも武者には向かないわけで・・・
    ヨンは実は、この世で一番向かない天賦の才と天職を持つ男かもと。
    ただ、やはり強くならないとですね。
    守るものが増えたのですからo(^▽^)oヨン、あじゃ!

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    >muuさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    意外なほど温かい(と言うか、予想ほど寒くない)
    朝を迎えたさらん@横浜です❤
    muuさまもお風邪などお気をつけくださいませ(;^_^A
    取りあえず温泉はもうwばっちり入って頂く予定です❤
    のんびーり、ほっこーりです・・・(〃∇〃)

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    体、冷えっ冷えです。寧ろウンスに首巻まで貸した
    ヨンの方が、冷えてるとは思うのですが・・・w
    基礎代謝の良さゆえか?あまり寒そうではないですw
    温泉~入ります♪

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    >mamachanさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    あははは、おう。一言でクラっと(●´ω`●)ゞ
    無口なヨンですから、その一言も貴重ですかねw
    このお話のウンスは、さすがキム先生に一人随行を許されるくらい
    医術的に進歩しているようです。頼もしい!
    mamachanさまも、お風邪など召しませんように、
    防寒にはお気をつけくださいませ❤

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    >pivoine22さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    良い事があると良いなー❤
    幸せなニュースが聞けると良いなー、せめてこの話の中で・・・と。
    でも王様にとっては、それよりなによりお二人でいられる事が
    最高なのかもしれないなーとも思います(*v.v)。

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