「戻りました」
あなたの声に部屋から駆け出て、玄関に向かう。
今日も無事に帰ってくれた、それが何より嬉しい。
なのにその顔を見た途端に、心の中に不安が過る。
あなたの頬を撫でて、黒い目を覗き込んで、頸に、手首に指を当てて。
ほら、すぐ分かる。どうしたの?何があったの?
「ウンスヤ」
うん。
「北への出立が決まった」
だからそんなに淋しそうな顔をしてたの。戦なの?何か、私に隠してる?
「いや、国境隊の人員の入替と視察のみ。すぐ戻れる」
あなたの温かい指が、私の指先を握る。
安心しろと言うように、優しく力が篭る。
そして片方の大きな掌が、私の頬にそっと当たる。
大丈夫だというように、優しく親指で撫であげる。
心地良さに目を閉じて、頬をその手に預けて、次に目を開けてあなたにお願いする。
離れたくない。連れてって。
「・・・ウンスヤ」
何も聞きたくない。離れ離れはもうイヤ。
戦なら無理は言えない、だけどそんなに短い間ならせめて、その時だけでも一緒にいさせて。
「侍医の同行が決まっている。イムジャと侍医が皇宮を抜けるのは」
私から媽媽にお願いする。王様にもお話する。お願い、あなたと一緒にいたいの。
とても、とても不安なの。だから一緒にいさせて。
そうは言えずに、私はあなたの黒い瞳を覗き込む。
「どうした」
分からないの、ただすごく寂しいの。今回だけはどうしても一緒にいたいの。
そんな我儘な私に、あなたは困ったように、でもどこか嬉しげに首を傾げる。
「王様にお願いはしてみるが・・・期待はせず」
背の高いあなたの胸に腕を伸ばしてぎゅっと抱き付く。
どうしてこんなに不安なの。分からない。
絶対一緒にいなくちゃいけない。そんな気がするだけ。
*****
媽媽、お願いがあるんです。
「改まって急にどうされました、医仙」
あの人が、北に行くって聞きました。
「妾も王様より伺っております。大護軍がこう始終皇宮より離れるようでは、御二人で過ごす時間もなかなか取れぬでしょう」
今回、一緒に行っては駄目ですか?
「・・・ご一緒にですか」
そうなんです。短い滞在と聞いたし、今回はあの人を一人で行かせたくなくて。
チャン先生も行くから難しいってあの人は言うけど、でも今回だけでいいんです。
どうしても一緒に行きたいんです。
そんな私の我儘に、媽媽は首を傾けながらひっそりとほほ笑み、頷いて下さった。
「・・・分かりました。医仙の駄々とは珍しい。妾も王様も今、体には何の憂慮もありませんぬ。
たまには皇宮を離れ、存分に甘えるのも宜しいかと。妾からも王様にお願い申し上げましょう」
*****
「聞いたぞ、大護軍。此度は医仙が是非、そなたと共に北へ行きたいとご希望だと」
王様はお部屋の中、この人をからかうように密やかに、楽しそうに言われた。
この人は私に目を走らせた後に、王様に向かって頭を下げる。
「此度は既に侍医の同行が決まっております。
玉体を拝する侍医と王妃媽媽の御体を拝する医仙が揃い、皇宮を抜けるのは如何なものかと」
王様はあなたの声に、愉快そうに首を振る。
「長くばまだしも、此度は十日程度であろう。それほど堅苦しく考えるな。
寡人も王妃も、医仙とチャン侍医の尽力で今のところ問題もなく健やかだ。
典医寺には、他にも優れた医官が残っておる。
たまには何も言わず考えず、医仙の希望を叶えて差し上げよ。
さもなくば、さすがの医仙とて、その石頭に嫌気が差すぞ」
「王様」
この人は困ったように黙り込んでしまう。
「医仙」
はい、王様。
「この石頭の大護軍に、ついて行かれると良い。
たまには大護軍に羽根を伸ばさせてやって下さい」
いいんですか?
「はい。道中くれぐれもご無事で」
うわあ、ありがとうございます!
そんな私の気楽な言葉遣いに、この人は眉を顰めて、黙りなさいと言うようにそっと首を振った。
ねえ、だから言ったでしょ?
「前を見て下さい」
大丈夫よ、ちょっと話すだけだもん。
「見ている此方が怖い」
もう、お小言ばっかり。
王様にも言われたでしょ、たまにはあなたに羽根を伸ばさせるようにって。
馬に乗ってる間に、一緒におしゃべりくらいしてよ。
「休息時に存分に」
あ、いたたた、痛い!頭を押さえる事ないでしょ。分かったわよ、ちゃんと前見て走るわよ。
頑固なんだから、もう。少しくらい好きにさせてくれたっていいのに。
ねえ、静かね。
「はい」
あなたが横にいてくれると、何も怖くない。
「・・・はい」
私を優しげに見下ろして、寝かしつけようとするみたいに。
この人が地面の毛布の上に寝そべる私の髪をそっと撫でる。
「眠って下さい。明日も早い」
うん。お休み。
「はい」
また明日ね。
「はい」
・・・・・・ねえ。
「イムジャ」
だって。だってね。
「どうしたのです」
分からない、ただとても不安で。
でもそれを言ってしまったら、きっとこの人を今の自分より、もっと不安にさせてしまうから。
なんだか、寝つけないの。
「何処か辛いか」
そうじゃなくて、一緒にいられてすごく嬉しくて。きっと興奮してるんだと思う。
そうか、と目許を緩ませたこの人が、私の横で空を見上げる。
そしてその目を追って私も。
星がきれいね。
「はい」
明日もきっと、いい天気よ。
「・・・はい」
もうすぐじゃない?
「目と鼻の先です」
嬉しい、あのへんは見たことない薬草が多いし。
チャン先生も一緒だし、今回は収穫が多いかも。
あなたに役立ちそうな薬草、見つかるといいな。
「頼むから、前を」
分かってる、だから止まったじゃない。
その瞬間。あの人とテマンの馬が一気に私に寄る。
あの人の背中を掠める何かの影に気付いて、次に脇腹に感じた衝撃に、私はそこを見た。
この出血量なら、下膵十二指腸動脈を傷つけてはいないと思いたい。
妙に冷静に、そう思う。
この人を残して死ねない。ましてこの場で、この人の目の前でなんて。
ああ、そうか、
心配だったのは、あんなに不安だったのはこれだったの。
私に向かって目を見開くあなたを見る。
ねえ、無事よね?あなたは大丈夫よね?
きっと大丈夫なはず、私がここに来たのはこの為だった。
あなたが大丈夫なら、私は大丈夫。
あなたじゃなくて、本当に良かった。
良かった、本当に良かったの、だから
心配しないで、そんな風に叫ばないで、私は大丈夫。
あなたがだいじょうぶなら、わたしは

皆さまのぽちっとが励みです。ご協力頂けると嬉しいです❤
今日もクリックありがとうございます。
にほんブログ村
SECRET: 0
PASS:
エ~ン 。゚(T^T)゚。 号泣
イヤ~な予感が 当たってしまったの
ウンス~ それでも ヨンが無事だから…
ヨンを 置いていっちゃ だめよ~
しっかりね (T_T)
目が覚めたら ビックリだろうけど…
SECRET: 0
PASS:
だから、ウンスは一緒に行きたかったんだね(>_<)
いつもいつもヨンが一番だもんね~自分の身体よりも***
でも、ヨンもそうなのに***(><*)ノ~~~~~
VSソンジンかとどきどきしながらヨンでましたよ~~
明日かしらん?(笑) ありがとうございました♪
SECRET: 0
PASS:
一大大作な予感です。
ヨンとソンジン、劉先生とチャン侍医、ウンスからの視点、、、と。
本当にさらんさんのお話は軸がしっかりしているし、内容も読みごたえあるので、毎回毎回、UPが楽しみです(^-^)
さてさて、ヨンとソンジンはどうなることやら。
また、チャン侍医は劉先生の核心に至るのか。
ウンスはどのタイミングで生還するのか。
先が待ち遠しい限りです。
SECRET: 0
PASS:
うわ~!泣けます!ウンスどうなる?
ヨンは?はたまたソンジンは?
さらんさま、明日朝もUPされますか?
早起きします!!
SECRET: 0
PASS:
ああ、そんないきさつがあったのか~
誰よりも愛おしいヨンだから、ウンスは彼の命を脅かす〝見えない敵〟からの脅威に、気づいたのでしょうか?
でも、ヨンには大後悔ですよね…
あ~、切ない!
さらんさん、今夜もドキドキする素敵なお話をありがとうございます。
SECRET: 0
PASS:
ヨンは止めれば良かった、連れてくるのではなかったとたぶんずっとこれから思うでしょう。
でもウンスはヨンが無事で良かった、私がいない時にケガをしたら嫌だったと思うのでしょう。
どちらも自分よりも想う相手を大切に思う者同士ですね。でもきっとヨンのほうが自分を責めてしまうかな。彼のせいではないのですが…
SECRET: 0
PASS:
>くるくるしなもんさん
こんにちは❤コメありがとうございます
置いていくことはないです。
さすがにパラレルとはいえ、それは・・・σ(^_^;)
目覚めてびっくりなのは誰か。
もう暫しお付き合い頂ければ嬉しいです❤
SECRET: 0
PASS:
>mimiさん
こんにちは❤コメありがとうございます
VSソンジン、そろそろガチンコで当てないと
互いに限界のようです。
うーん、な感じですが・・・(;^_^A
もう暫しお付き合い頂けると嬉しいです❤
SECRET: 0
PASS:
>milkyさん
こんにちは❤コメありがとうございます
一大大作、と言うより普通に長編化です。
これはいくらなんでも、と思うのですが・・・
こう言う事があるので恐ろしいです(;^_^A
もう暫し、お付き合い頂ければ嬉しいです❤
SECRET: 0
PASS:
>811059さん
こんにちは❤コメありがとうございます
話が詰めまで来ているために、コメ返が遅くなり、
811059さま始め皆さま方には、本当に申し訳ありません・°・(ノД`)・°・
休日UPは出来高次第ですw
余りペースを崩さぬよう、ぼちぼちと❤
もう暫しお付き合い頂けると嬉しいです♪
SECRET: 0
PASS:
>muuさん
こんにちは❤コメありがとうございます
私は「女性の勘」というものが備わっていないようなのですが、
周囲の友人や知人を見ていると、凄いなーと思います。
女性は男性に比較し肉体的に弱いので、
危機回避のために、そう言った勘が退化せずに残ったという
面白い仮説を聞き、成程ーと思ったり。
ヨンは、大後悔・・・ですね、しかしこれもまた
もう少し後に、出て参ります。
今暫しお付き合い頂けると嬉しいです❤
SECRET: 0
PASS:
>あみいさん
こんにちは❤コメありがとうございます
こればかりはもう、互いに相手のことしか考えません。
その正誤は別として、仕方ないようです(;^_^A
この後もうひと山二山?
三山以上にならぬよう自戒しつつ。
もう暫しお付き合い頂けたら嬉しいです(*v.v)。
はじめまして、こんにちは。今、まだまだ読ませて頂いてる途中なのですが、どのお話しもグイグイ引き込まれてすごいです!泣くものもあり、ドキドキもあり、どう表現したらよいかわからないのですが、すごいです。毎日の楽しみ増えました。ありがとうございます!