信義【三乃巻】~弐~ 篝火花・5

 

 

開京に戻されて、また閉じ込められたキチョルさんの豪邸の、同じ部屋の中。

あの時あの人は、手術後のベッドレスト状態で剣を下げ、盾を構えて、この部屋に入って来たっけ。

頑丈に施錠されて、びくともしなかったあの引き戸をがらりと開けて。
大股で、背を伸ばして、真っ直ぐな目をして。

私が駆け寄り頬に手を当てた時、敗血症の後の熱が下がっていたことにどれくらいほっとしたか。
その脈がほぼ正常になっていたことが、どれくらい嬉しかったか。

ねえ、あの時みたいにここに来てよ。
あの大股で、伸ばした背中で、 真っ直ぐな目を見せてよ。

がらりと開いたその扉、 そこにあの人の姿が見える。
駆け寄ってその頬に手を当てて脈を見ようとした私の目に映ったのは、あの黒い少し癖のある髪じゃなくて、銀白の、長い、真っ直ぐな髪。

「お待ちかねです」

その男の人が私に短くそう言った。

─── 従ってくれ、傍にいろ、離れては守れぬ

「そう言ったはずです」

あの声が、私が置いてきてしまったあの人の声が聞こえる。

私に近寄ろうとするあのキチョルさんの仲間の、X-womanの足を止めたあの人の、盾を床に叩きつける音がまだ聞こえる。

出されたお酒をグイッと煽ろうとする私の手を止めて、盃を奪って、毒入りかもしれないそれを、 平気で飲み干したあの人。
「まずは某が」
あの人の、そう言ったあの声が、今も聞こえる。

ねえ、どうしてるの?どこにいるの?

白髪のお兄さんの先導で通された部屋に入ると、すぐにあのX-womanのお姉さんが目に入る。
小さくウインクされ、手を振られて思い出す。

そうだ、言われたわ。絶対に強気で行かなきゃ駄目。
弱いものを虫けらみたいに扱う、それがこのキチョルさんだって。

部屋の真ん中の大きなテーブルの上には、豪華な御馳走とお酒が用意してある。

私はそこまで進んで椅子を蹴り飛ばす。
・・・はずだった、けど、意外に重い。
私の脚力じゃ、ずりっと少し動いただけだわ。
まあ、いい。要は気合を見せればいいのよ。

私は蹴飛ばして、少しだけ斜めになった その椅子を手で引いて、片足を載せる。
その膝に腕を突いて頭を支えようとしたら椅子は思ったより低くて、顎がガクンとなったけど。
まあ、いい。要は強気なとこを見せればね。

ポーズがようやく決まったところで、私はキチョルさんを睨み付ける。

「空腹でしょう、軽食をご用意いたしました」
キチョルさんは全く堪える事もない様子で、私に告げた。

ふん、ずいぶん魅力的な提案じゃない。
お腹が鳴らないように気をつけなきゃね。気合が大事な場面なんだから。

「態度が違うわね?こないだは偽者だのお前だの、 生首にするだの、言いたい放題だった癖に。
今日は何なの?ご飯に毒でも入れた?」
キチョルさんは、余裕の笑みを浮かべ
「医仙を殺すなら、毒など入れません。天の医員を殺すのに、毒など」
そう言い返した。

「じゃあ、どう殺すのよ」
「まずはお座りください。ああ、 先日監禁したことをもしや、今でも怒っていらっしゃいますか」
「私は話があるって、100回は言ったわ。
江華郡守の処に行かされる前、ここに閉じ込められてる時にね。覚えてる?
それを無視しておいて、今更何なの?」

そこでキチョルさんの横の手下の妙な髪形のおじさんが割って入って来る。
「恐れ知らずの女子め、偉そうにすると」

偉そうにすると何だっていうの、 言ってみなさいよ!
そう怒鳴ろうとした私が声を上げる前に、キチョルさんがその男を止める。

「おい」
その一言に黙ったおじさんの後、 キチョルさんが言う。
「医仙に、お願いが」
「ああ。お願いがあるから、駆け引きの為に急に畏まったわけね?
良いわ、ビジネスディールは得意よ」

いいじゃない、願ったりだわ。
チェ・ヨンさんを、あの人を助ける為に。取りあえずまずは相手の出方を見なきゃ。

「私にも、お願いがあるの。まずはそっちがカードを出して」

その声に目の前に運ばれてきたのは、私の手術道具一式。
「私のだわ、 典医寺にあったはずなのに。盗んだの?」
誰もその声には答えず、その横にあった、いかにも古びた細長い木箱の蓋が外される。

中に入っていた、ボロボロに赤く錆びついたその道具を、何気なく手に取って眺めて。
自分の目が信じられなくて、もう一度じっくりと確かめる。

これは何。ううん、何かは分かってる。でも、何故。

毎日見慣れてきたその道具。
「これ、どうしたの」
鉗子、メス、クーパー。でも。
「私のじゃない・・・」

知らない、この道具は。
この世界に持ってきた、あの人が背負った包みには絶対に入れていない。
裏を返せば MADE IN KOREAの文字が、赤錆の中でもうっすら読める。

「これは何なの?」
じっとこちらを見遣るだけで、 何も答えないキチョルさん。

「なんなの!」
私は我慢できず、叫び声を上げた。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    キチョルの屋敷で目にする物全てがヨンに繋がるウンスですね。
    あの瞳も姿も声も甦る。ヨンの身を案じ、そして求めてる。そんなウンスに心が痛くなります。
    ヨンに再び会えるまでと心細さを隠して気丈に振舞うウンスが健気ですね。

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    チェヨンくんの、あの時の言葉。思い出しても、涙がでてしまいます。
    ウンスちゃんとしても、何とかチェヨンくんを助けたいと考えました。強気でね。強気で攻めます。アジャ、ウンスちゃん!

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ここは、本当にそんな感じでしたね。
    しかしヨンならともかく、ウンスであれば
    もう自分の感情が何か、分かっていてもいいのになあと
    この辺りはちょっとばかり??だったので、
    さらん解釈では、そのあたりも加味されていくかと・・・
    しかしウンス、何故奇轍との体面であのコメディ風味に・・・!

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    強気=椅子に足上げ?と、
    あのコメディ風味が、何とも可愛らしかったですがw
    ウンスの天然キャラは、さらん内ではこの辺りで確定しましたw

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    さらん様、こんばんは❤︎
    キチョルの屋敷に、ウンスを助けに来て、部屋の扉を破った時、駆け寄ったウンスに首の脈をとられました。
    その時のヨンの顔ときたら…。
    爽やかな笑顔、ウンスに触れられて、少し驚いた様な、はにかんだ様な(*^_^*)
    胸がキュ~ンとしちゃいます❤︎

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうでしたね、あの最初の頃。
    でも、こうして見返すと、何でここまで来ておきながら
    こんな引っ張ったかな、と思う描写もたくさんあり。
    困ってしまいます。もう分かってんじゃん!!とw

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