信義【三乃巻】~弐~ 篝火花・10

 

 

王が扉を開け入って来た瞬間。
俺は獄の床に立ちあがり、真っ直ぐに王を見返す。

王が格子の扉を入られた瞬間。
薄暗い獄の床に片膝をつき、その姿を迎え入れる。

「余の与えた任務を、完遂しておらぬとな」

チュソク、伝えてくれたか。無事か。

「しておりません」
「つまり、まだ遂行中だというのか」
「おっしゃる通りです」
「余の与えた任務は二つ」

─── 真相を調べよ。宣恵亭の一件、何故あれほど多くの重臣が一度に死んだか。

「毒殺の証拠は、既にお見せしました」
俺はあの百足の集まった書状を思いだしそう言った。
「では二つ目」

─── 余の敵の正体を突き止めよ。元王である余が、与える任務である。

「毒殺の証拠により、敵の正体はもうご存じかと。
しかしあの敵と王様が戦うべき理由は、未だ探せておりませぬ」
「余は、戦う理由を、知っておる」
「・・・さようでございますか」

この王は何処かが変わった。
俺は頭を上げ、王を見た。
王は此方をまっすぐ見返し、確りと告げた。

「余はこの国を守る使命がある。故に、余に闘う方法を、教えてはくれまいか」

手足を捥がれたに等しい、この状況でか。
その言葉に苦笑する。
俺が約束を守るべきだった医仙を、王命で約束を反故にしておきながら。
奇轍の屋敷に行かせても、自身が国を守る方法は教えろと要求するのか。

「某は謀反人として獄におります」
王はそれに返す。
「謀反の犯人としての汚名を着て処刑され満足か。それが本望ならもう何も尋ねぬ。これまでだ」

俺には戦う理由を見いだせなかった。
ただ武士として、戦場で死ぬため生きてきた。
戦えば判るのか、目前の若き王が言ったように。
守る使命が、戦う理由が。
あの時凍った湖の畔で、何か思い出したように。

返答せず頭を下げ控えた俺の前に、この王が突然膝をつき、俺と目を合わせる。

「教えてくれ。余はどう戦えば、そなたを救える」

 

もう嫌なのだ。心の通わぬ者に囲まれ、声の届かぬ者に話すのは。
果たすべき使命も果たせぬ、そんな中に身を置くのはもう嫌なのだ。
一人で戦うことはできぬ、故に愚直なほど 正面突破を試みるそなたを、頼るしかない。

心を見せてくれまいか。
この声を聞いてくれまいか、チェ・ヨン。

「医仙を奇轍に渡す、それが医仙の安全を守る唯一の方法だと思うたのだ。
余の側にいれば、必ず命を狙われる。力なき余には、他に致し方なかった」

そなたが心を閉ざし目を逸らす理由も、最初から分かっていたのだ。
赤月隊の事だけではない。
余がそなたの武士の名を掛けた約束を反故にし、踏みつけたからだということも。

赤月隊の事は、謝罪ができた。
何故ならばたとえ兄とはいえ、余の招いた禍事ではないからだ。
前王が起こしたことと、他人事として詫びられた。

しかし医仙の件に関しては、伝えることも詫びることも出来なかった。

己の起こした事が恥ずかしかったからだ。
己のため、医仙も迂達赤も欲しいと浅ましくも欲した。
己の盤石の基盤の為に利用したいと思ったのは、事実だったからだ。

そして今詫びるのも恥ずかしい。我が身の力の無さが露呈するからだ。
それでも詫びねば、詫びて進まねば、余は嗤えるほどに一人のままだ。

目の前の王が認めた言葉。
自分に力がなかったと言った声に、俺はゆっくりと顔を上げた。

恥じる事を、知っているか。

しかしまず、知らねばならんことがある。
俺がすべきことを。

「医仙は無事ですか」
王は返した。
「それを、確かめてくれぬか」

そうか、この王にはそれすら出来ぬ。その命を聞く兵すら周囲に持たぬ。
この獄まで足を運び罪人の俺に頼むほど、それほど一人孤独だったのか。

 

「おい、見ろよ」
獄を見回る二人組の兵が、異変に気付いて声を上げる。
「血じゃないか」
「手首を切ったんだ!」
床に点々と落ちる血痕を見て、騒ぎだす。

「おい、ど、どうする」
「まずいぞ、俺達が殺される」
獄の格子の扉が開かれる、擦れた音。
騒々しく獄内に、踏み込んでくる足音。

「死んでるか?」
「死なせるな、まずい」
「お前、確かめろよ」
その声に兵の一人が恐る恐る、項垂れたこの姿に向かい手を伸ばす。

悪いな。

俺は近寄ったその兵の首筋に手刀を振り下ろす。
もう一人が慌てて刀を抜こうとする、その胸に返した腕を当て、頸を捻って気絶させる。

そのままその兵の腰から鉄鎖の鍵を引き抜き、己の手足を拘束していた鎖を音高く解き放つ。

悪いな、鼠。助かった。
己の脱獄の手助けとして冷たくなってしまった獄の先住人に、心で詫びる。

解き放たれたこの足の向かう先。
約束を守るため、走る。

 

 

 

 

今日もありがとうございます。
皆さまのぽちが励みです❤

にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

16 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    名場面が蘇ります。言葉少ない場面。心の中の声を想像しながら何度も見たシーン。ヨンと王にとって、この日のこの心の行き交いは、本当に大きな意味を持ちます。
    二人の心をよぎる気持ちを見事に描き切ってくださいました。感動しております。。
    牢獄のシーンは、なぜどれも心を打つのでしょうか。。

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨンが裏切ってない事を知った王様が、自分の過ちを認め、助けを求めた。今迄の王との違いが、ヨンの心を動かしましたね。孤独な王様と言葉の少ないヨンが、心を通わせたシーン。信義への第一歩を踏み出したけど、それはまだ、ウンスを助ける為の危うい関係。それでも獄中のヨンが動きだすのに、十分なきっかけになった。鼠さん、成仏してね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    そうですか。
    後に出てくるチェヨンくんの言葉に、今の王様は、恥じる心を持っている。と言ってますよね。
    正直、どこでそう思ったんだろうと、不思議でした。
    この牢屋の中で、王様は、医仙を助けるにはキッチョルの下に行かせるしかなかったと、無力な自分を恥じていたのか。
    その言葉で、チェヨンくんには、一人も味方のいない王様の孤独が、分かったのですね。すごーい。納得!

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん嬢、怒濤の更新、有難う! 今、書いてらっしゃるエピは前半の核となるお話だよね♪
    もちろんあの胸きゅんシーンも出てくるのかな?(笑)
    どんな風に描いて下さるのか、とっても楽しみ(^-^)
    ヨンの声はもちろん届いていますよ!!
    貴方の作戦通り、復習と称して夜更かしの日々(笑)

  • SECRET: 0
    PASS:
    王はまだやらなければいけない事は山積しているけれど、まずは自分の恥部をさらけ出すところから始めなければ先には進めない。
    憎く姑息なキチョルですが、今回はそのおかげで、ウンスもヨンも王もそれぞれ大きな一歩を踏み出すきっかけになりましたね。
    いよいよ、ヨンが動き出しますね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >my starさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もうあのシーンは、ヨンの声があのようにしか聴こえず・・・
    さらん解釈として、お許し頂けたら嬉しいです❤
    牢獄シーンは、私の中ではヨンが絶望の涯を見て、
    そしてその先に小さな光を見つけた、
    父上と共に、色を取り戻したからこそ、心に響くのかなと。
    ・・・ファザコン?(ちがいますねすみませんごめんなさい(゚ー゚;

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様、こんばんは❤︎
    王様も頼もしくなったと感じた場面。
    この時から、以前よりもっと固い主従関係に変わったのかも知れませんね。
    出る気が無かったから留まっていただけで、その気になれば、なんと鮮やかに脱獄してしまう事か。
    王様から許可されていますもの、堂々としたものです。
    この後、ヨンのストーカー振りに注目です❤︎

  • SECRET: 0
    PASS:
    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    確かに今ここでは、まだヨンも信じ切っておらず
    そして王様も、まだこれからを悩み、揺れている。
    まだ揺れているその足元を固めるのは、最終的には
    互いがそれぞれ、心から愛する伴侶ですね…

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    実は私の中で【信義】全編を通して、いくつかのキーワードがあります。
    今回【三乃巻】を書いた理由が、そのキーワードが
    消化不良のまま、残っているからなのです。
    さらん解釈伝わるかなー、これもひとつの視点と、
    そう思って頂けるかなーと、ドキドキしつつ。
    キーワード、紐解き中です❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >まあもさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    はい!勿論あのシーンと言えばあのシーン、と
    まあもさまのお言葉を信じつつ、自分の勘を信じつつ(●´ω`●)ゞ
    やたー!夜更かしの日々、万歳です❤
    しかしこの後、まあもさまや皆様の多忙な師走の日々を
    恐怖の底に叩き込みそうな企画進行中です。
    でも乗って頂けなかったら、それも悲しく。゚(T^T)゚。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    動きだします。
    己の心はまだ知らぬ、でももう足は走り出している。
    この頃からもう既に、です。
    これから先、楽しみすぎます❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    確かに、抜ける気になれば抜けられる。
    殺す気になれば、殺せたでしょう、あんな弱い牢番。
    しかしそこまでする理由がなかったのだと、
    私は解釈しました。
    出てどうする、迂達赤に行き奴らを巻き込むか。
    ならば自分がいない方が、まだしも丸く収まるのではないか。
    守ってどうする、医仙と自分の約束を反故にし
    踏みつけにした王を。
    約束を果たしてどうする、あの方は汚い手をどけてと
    俺を一人置いていった。
    そして俺のせいで慶昌君媽媽は死んだ、俺が殺した。
    もう、この気持ちだったと。
    しかし、あの夢があったからこそ死なぬ、
    そして王様の孤独を、恥を知ったからこそ
    ここから動いていく、と。
    そんな転換期ですね・・・
    (長いコメ返で、申し訳ないです(゚ー゚;

  • SECRET: 0
    PASS:
    吃驚しました。
    更新の早さに、追い付けず、読む時間がたっぷり無いと読めなーいと思い、やっと読めました♥
    この男気溢れるシーンの連続を贅沢にも一気読みをさせて頂きました♪
    チュソクの出番のところは2度ほど繰り返し読みました(o´艸`o)♪
    この後の王様とヨンのあのシーンが出てくるのですね!
    楽しみにお待ちしています♥
    また覗きに参りますね(((o(*゚∀゚*)o)))

  • SECRET: 0
    PASS:
    一読者の私ごときに、何時も返事をいただき有難うございます。
    長いお返事、ホントに嬉しいです❤︎
    習慣って凄いですね‼︎
    本編とさらん様のブログ…毎日毎日繰り返し見る、私にとっては当たり前の事。
    ブログは既に活字では無く、映像と音声に変換されて届きます。
    自分がチョット怖いです!(◎_◎;)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ののさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ううう、やはり・・・!
    【偽嫁御】に続く【三乃巻】
    絶対大量すぎるよなーと、思っておりました・・・
    ごめんなさいですm(_ _ )m
    私が勝手な企画を立てているのが悪い!
    でも読んで頂けて、本当に嬉しいです。
    今回は久々、お腹いっぱいまで迂達赤を書き
    やっぱイイ・・・❤❤
    暫く或日から離れていますが、忘れてないわよ!とw
    (何がでしょう)
    今宵より、恐怖企画1週間、始めます。
    ののさまもお時間あれば、是非!

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    何と素敵な習慣!
    DVDを観ながら「ああ、この姿が声が、
    いつか皆さまの記憶に埋もれていくのは
    あまりにも悲しい・・・」と
    常々思い、信義ロスに陥って、余りの辛さに
    はじめたこのブログ。
    もう一度信義を観て頂ければ、最高に嬉しいです❤
    そこに私のこのブログまで混ぜて下さるなんて・・・
    うっきゃーです(*v.v)。
    本当に、ありがとうございます。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です