信義【三乃巻】~弐~ 篝火花・2

 

 

坤成殿の回廊を康安殿へ進む媽媽が、回廊向こうの兵の様子に御足を止められた。

訝しげに、見慣れぬ鎧の兵が闊歩するのに目を当てられていらっしゃる。

私は一歩控え、静かにお伝えした。

「禁軍が王様を護衛しております。
あの趣味の悪い鎧をつけるのは、徳成府院君 奇轍の私兵。
私兵如きが官軍を名乗り、皇宮内を闊歩するなど誠に嘆かわしく」

媽媽は静かに問われた。
「王様は今、監禁されておるのか」

監禁。信じられる兵すらそのお近くに居らず。
重臣に賄賂で飼い馴らされる禁軍と、王様の目下最大の敵である徳成府院君の私兵に囲まれた今の状況。
お伝えしたくはないが、そうとしか言えぬ。
「そう思われます」

私は悔しさと歯痒さで己の胸を拳で叩いた。これだけは、正直にお伝えせねば。
「認めたくはありませんが、実情かと」

 

妾の頭に、あの奇轍邸へ向かう折の襲撃の様子がまざまざ浮かぶ。
武閣氏たちを弾き飛ばし斬りつけた刺客たち。

「奇轍邸へ向かった折、襲撃に遭うたが。あれも奇轍の手下だったか」
チェ尚宮が静かに返す。
「迂達赤はそう申しておりました」
やはりそうなのか。
「奇轍にとっては、妾の命も虫けら同然か」

それだからこそ手下を使うて、昼日中より、あれほど堂々と。
正面よりこの妾に、襲撃の手を伸ばしたのだな。
妾が元の公主であると知りながら、平然と。

 

媽媽の激しいそのお言葉が皇宮内のどこにあるかもわからぬ、奇轍の耳に入るかも知れぬ。
私は声を顰め、お止めしようと御名を呼んだ。
「媽媽」
「虫けらにも劣る命ゆえ」
「おやめ下さい」
「妾がそれほど頼りない故に」

 

ああ、そうだ。そうなのだ。
元の公主である妾ですら、あの奇轍の足を止める捨石にすらなり得ぬ。
あの奇轍に一矢報いることすら叶わぬ。

「だから、王様はお一人なのだ」
「私からお伝えいたしましょうか。王様のところへ行かれると」

 

そう言いつつ、媽媽のご様子を伺う。媽媽は王様を御嫌いなのではない。
ただ互いの枷糸が縺れておられるだけだ。
そうでなければあの時ああまで断られながら、今またこうして康安殿へと足を運ぶ所以などない。

これほど激しい御気性、そして高貴の方。
今更頭の下げ方も、歩み寄り方もお分かりにならぬだけなのではないのか。

そしてそれは王様とて同じはずなのだ。
十の御歳まで常にお側でお仕えした、あの優しく賢く、思いやりある、少し線の細い、思慮に溢れた王様。
あそこまで王妃媽媽にお気持ちを表すのは、少なくとも何かをこの元の公主に感じていらっしゃるはずなのだ。
その高貴の御方は吐き捨てるように呟かれた。

「王様は、馬鹿じゃ」

 

妾の命を昼日中から平気で狙う悪党の手の者に、あの寂しい、傷ついた方は囲まれて、もっと寂しく、傷ついておるというのに。

ようやく信頼できるかと思えた、あのチェ・ヨンと迂達赤すらお近くより失うて。
それもわざわざご自身のその手で、あの者たちを遠ざけて。

「王様はまさに、まさに、大馬鹿じゃ」

あれほど寂しく傷ついておられるのに、それを打ち明ける者すら周囲に置かず。
そして妾とて同じ事。
これほどお聞きしたい、お伝えしたいと思いながら、それを王様に打ち明けることすらせず。

我ら大馬鹿者じゃ、二人共々。

 

康安殿の私室にて、絵を描きながら考える事など何があろうか。
乱れた心で筆を握ろうと、筆から描かれる線は乱れ迷うたものだけだ。
筆を投げうち、紙をまたも丸めて投げ捨てて、机の周囲の紙の山をまた少し高くする。

出なければならぬ。ここを出て、次の一手をどうにか打たねば。

しかし私室の扉を開けた瞬間、扉を守るという名分の監禁を行う奇轍の私兵が目前に立ち塞がる。
その向こうよりやって来る徳成府院君の弟キ・ウォンが進み出で
「王様、お出になる際はお申し付けください。護衛がお供致します」

つまり予定外に出るな、全て己らの思う通り、言う通りに動けと、そう言っておるのだ。
一国の王である、この余に対し。
そして言われても返答できぬ、名ばかりの王である余の不甲斐なさ、情けなさはどうだ。

目の前で閉まる扉に、己の心の扉がまた一つ閉じられる。

余の言葉を聞く者、この声が通じる者など、真にこの世にいるのだろうか。
閉ざされて、また取り残されたこの部屋の中。

余は一人だ。

嗤える程に、独りだ。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    みんな、生き方がとても不器用ですね。王妃様は大馬鹿者とおっしゃっていますけれど、まさにその通りですね。
    その中で正直に自分の心と素直に向き合っているのが王妃様の様な気がします。
    ただ、それを行動に、言葉に出せないでいる。
    もどかしいです。

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    皇宮に、キッチョルの私兵が、入り込んで国軍顔。
    王妃様、この時まで、あの王妃様を襲った者たちの正体を、知らなかったの?
    キッチョルにとって、若い二人など、いつでもにぎり潰せると考えているに、違いありません。

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    さらん様、こんばんは❤︎
    媽媽の王様への強い想いが感じられた場面。
    この頃は、穏やかな柔らかい表情をほとんど見せる事は無く、冷たく強い言葉と顔付きを続けていらっしゃいました。
    さらん様の筆が加わり、媽媽のチョナへの想いが、尚一層、深く感じられました。
    チョナのお気持も、また然り。
    この先の本編画像、頭の中でグルグルと回っております(@_@)

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、もう周囲のフォロー体制がなければ
    王様媽媽も(後のヨン&ウンスも)
    どうなっていたか、と思います。
    書くたび、魅力的な助演陣への思いは募るばかりです(*v.v)。

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    知らなかったというよりは、信じたくなかったのかも
    と、書いていても思いました。
    そうですね、奇轍にしてみれば元から高麗へ
    戻る時点で仕留められなかったのが悔しいでしょうし
    自分次第でどうにでもなる、チェ・ヨンさえいなければ、と
    そう思っている節があると思います・・・
    書いていると、細かいところを復習するせいか
    思い入れが強くなります。
    最近奇轍で書いてやりたくて仕方ないですが
    憎々しいお話になりそうなので、自粛自粛。

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ぽち画の為にいろいろ画像検索をしているのですが
    ヨンが圧倒的、次いでウンス、これは理解できるのですが
    迂達赤と王妃媽媽も少なさが、納得いきませぬ・・・!
    何故なのー!でございます( ̄∩ ̄#

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