信義【三乃巻】~弐~ 篝火花・6

 

 

テマンの助けを借りてどうにか追手を振り払う。
俺はその足で現在皇宮内の唯一の中立地域であろう、典医寺の中へ飛び込んだ。

こうなればこの方しか頼れまい。

俺の話を聞いたチャン御医はすぐさま薬湯を用意し、俺に医官の服を投げ渡した。
「来て下さい」

それだけ言うと医官の服を着た俺の他にもう一人、本物の薬員を連れて。
俺達三人は足早に、王様の軟禁されている康安殿へと向かう。

案の定回廊で奇轍の弟、キ・ウォンに行く手を阻まれた。

「康安殿に何用だ」
奴の声にチャン御医は穏やかに言葉を返す。
「王様のお薬の時間です」
俺は顔が見えぬよう、かといって不自然でないよう用心しながら顔を背ける。

「そんな話は聞いていない」
奴は疑いを深めたように、薬湯を持つ俺にじっと目を当てた。
その視線を遮るよう、自然に俺の前に出て奴の視線を塞いだチャン御医が
「王様を守る護衛の方が、玉体を守るべき診脈の時間もお薬の時間も知らぬとは。薬員」
「はい」
チャン御医は、キ・ウォンに目を当てたまま
「この新参者の方々は質問の仕方、口の利き方さえ、どうやらご存じないようだ。
王様に関する典医寺の日課をお教えしなさい」
「承知いたしました」

侍医ははっきりと言い放ち、キ・ウォンの視線を己にすべて集めてくれる。
最後にあの男の肩まで叩き、大股でゆっくりと王様のお部屋へと進んで行く。

王様のお部屋へ入ると、薬員は扉横に護衛の如く立ち塞がる。
予定外の御医の来訪に戸惑う王様に対し、チャン御医はわざと扉を細く開け中を盗み聞きしている奴に届くよう言った。

「王様、お薬の時間です」

 

私はそれだけ言って目で語る。
分かりますか、王様。通じましょうや。
そして薬員が防御に立つ扉に向け、 視線を流す。
あそこで聞き耳を立てる者がおります。

王様にも通じたか
「ああ、もうそんな時間か」
そう言って階上の執務机より声を上げる。
これで扉を閉めても不自然ではない。
その瞬間扉横の薬員がそれを引き、 確りと扉を閉ざす。

その瞬間薬湯を床へ置き、 俺はそのまま片膝をついて控えた。
「王様!」
小声でその御名を呼べば、 階を下りながら王様が訝しげに声を上げる。
「そなたは・・・」
そこにさりげなく寄りながら、 チャン御医が王様を取り成す。
「王様。お側に寄せ、静かにお尋ねください」
「近う」

その声に床に膝まづいたまま、俺は一歩王様へと寄り、被った医官帽を取り去る。

「迂達赤、チュソクと申します」
王様は階を下り、俺の顔を確かめるよう屈み込んでじっと覗き込みながら呟く。
「迂達赤は、監禁されたはず」
「小臣、王様の命に背き、 迂達赤隊長の元へと参りました」

その瞬間、王様の気配が変わる。
「ではそなたか。副隊長の密命で 隊長と内通した兵とは」
「死に値します」
俺は正直にそう頭を下げた。
しかしそれでも隊長の伝言だけは 必ず伝えねば、犬死にだ。

「チェ・ヨンには」
「会いました」
「何をしていた」
「医仙と慶昌君媽媽を御連れし、山中を 逃げていらっしゃいます」
「逃げる。山の中をか。何故」
「謀られたようでございます」
「謀られた」
「そう聞きました」

そうだ、あの隊長が嘘など吐くはずがない。
俺にすまんと、真っ直ぐこの目を見て
そう言った隊長が。

王様は俺の前から立ち上がり
「チェ・ヨンは、官軍に捕えられた」
そう言って階に戻り、俺を睥睨された。
「私と別れた直後に」
「そしてお前がここに現れた」
「もっと早く伺うつもりが」

違うのだ、隊長が託した伝言は 言い訳でも、命乞いでもない。
早く伝えねば事態は悪くなる一方だ。
こうなれば、俺の命より隊長の命。
誤解されたまま、俺だけでなく 隊長まで道連れに犬死になど、絶対にできん。

「チェ・ヨンに何か託されたか」
俺は、弾かれたよう顔を上げた。
「・・・はい」
「失敗したら余に訴えるようにとでも頼んだか。策略ではなく、罠に嵌っただけだと言えとでも」
「違います。隊長は潔白です」
「では力も能力もない王ゆえ、味方欲しさに、 喜んでまた迎えるとでも思うたか」

違う、そんなことは言っておらん。
俺の隊長は、そんなことは一切。

「王様、この通りでございます」

隊長を誤解されず、どうか伝言を聞いて下さい。
そうでなければ俺は死んでも死に切れん。

王様はその声を無視し、階の上から俺に向かい、王様ご自身の大刀を投げた。

「王命を無視し、罪人と内通した者。自ら死に値する大罪と申したであろう。死ぬが良い」

それだけ言って、俺に背を向ける。
横のチャン御医が、微かに息を吐く。
それは良し。それを覚悟でここに来た。
あの隊長の言葉だけを信じ。

しかしこれだけは絶対に。
王様の返事を持ち帰る、その約束が果たせぬなら、隊長の伝言だけは絶対に聞いて頂く。

俺は大刀を抜き去り、己の首に当て王様を見た。

俺は迂達赤だ。王様を守るためにいる。
しかし俺の忠誠は、王様ではなく隊長へのもの。
王様の刀を俺の血で汚しても心は痛まぬが、隊長の伝言伝えず死ぬるは、俺自身が許せぬ。

「隊長よりの言伝だけはお伝えし、言葉通り、死を持って償いまする。
隊長はこうおっしゃいました。
“迂達赤中郎将チェ・ヨン、王様に賜った任務を完遂しておりませぬ”」

俺の額から汗が噴き出る。
これで伝えた。犬死にではない。
隣のチャン御医、階の上の王様は、俺の言葉の続きを待っている。
そんなものが在るならば、とうに言っている。
あの口数の少ない面倒くさがりの俺の隊長が、べらべらと話したりなどするものか。

「・・・それだけか」
王様がそう問う。
「全て、お伝えいたしました」
信じられぬと言った様子の王様に、 俺は最後に目を当てる。
「それでは王様、ご健勝をお祈り申し上げます。わが高麗の、聖君に、お成り下さい」

俺は大刀の位置を定め、首と肩で刃を固定して、思い切り力を込めそのまま引ききろうとした。

その瞬間。
チャン御医の手の扇子が一閃し、俺の握る大刀を床へと払い落とす。
俺が階上の王様へと目をやると、王様はこちらを見ておっしゃった。

「まだ、やる事がある」

 

 

 

 

チュソク、変らぬ忠誠。

今日もありがとうございます。
皆さまのぽちが励みです❤

にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

10 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    チュソクは大任を持った大きな山場ですね。
    疑心暗鬼になってる王様にヨンの伝言を正確に伝える事は命がけ。
    迂達赤であるが故王様は守るが忠誠は、王様ではなく隊長へのもの。
    王様の刀を自分の血で汚しても心は痛ま無くても、ヨンの伝言を伝えず死ぬのは、自分自身が許せない。
    そんなチュソクの忠誠に熱くなります。

  • SECRET: 0
    PASS:
    チュソクの忠誠は、テジャンのもの!
    かー。イイねー。
    7年間、チェヨンくんが鍛えたウダルチです。寝ぼすけで、ほとんどプジャンに丸投げなチェヨンくんも、ウダルチ達を鍛えることには、手を抜きませんでしたから。
    強い仲間意識で、結ばれてますね。
    王様、チェヨンくんが言い訳すると思っていたら、えっそれだけ?の言伝。
    チュソクではないが、あのチェヨンくんが、べらべら言い訳なんてするわけがありません。王様、直ぐには言伝の意味がわからない様子です。
    チェヨンくんの受難は、まだ続く!

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、こんばんわ。
    『偽嫁御』、お疲れ様でした。
    ヨンのウンスへの想い。『根に持つ性分』が出てるトコ。
    読み応えありました。
    そして、最後に御息女の思いも成就すればよいなあ~。
    と、思ってしまいました。
    そして合間を開けずの本編シリーズ突入。
    今回のお話は、本編の中でも好きなシーンの一つです。
    チュソクの『信義』・『忠義』を感じられるシーン。
    その後の彼の運命をこの時は思いもせず、見ていたのを思い出しました。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    チュソクは、康安殿に自身の剣を持ってこなかったのか、
    医官に変装している為、万一を考え持参していないのか
    ただ逆にこの状態なら、剣は隠し持っているべきでは・・・
    等、もうそんなところまで気になって。
    ただ、ひたすらにヨンに忠実、それだけは最初から伝わっているので
    ここはさらん妄想(解釈すら超えています)で❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、ドラマ内で7年間の過去が一切わからず、
    その上で迂達赤の油灯の結束の固さを描くとすれば
    もうこういう方法しかないとは思います。
    それが唐突過ぎる印象だったので、我が家で
    【或日、迂達赤】が生まれてしまいましたがw

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ruchirunyaさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなのですよね・・・
    この時この頃は、誰もチュソクのあの悲しい最期を
    想像すらしていなかったと思います。
    でも、本当に悲しいだけか、これほどヨンに忠誠を
    誓い抜いた男ですから・・・と【蒼天】ができたのですが。
    しかしこう見ると、いやあ自分、既にどれだけ
    謎部分を解明しようとしているのか、
    そしてこの後どこまで行くつもりか、
    自分でも、微妙に判らなくなって参りました(゚ー゚;

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん 今晩は。宣言通り突っ走っておられますね(笑)ヨンが伝言を頼む時に「許せ」って!あの言葉とあの2人の表情で私は逆に「死」はチュソクには縁のないものと思い込んでました。だから24名討ち死の中にチュソクがいた時はショックでした。ドラマの展開の中でチュソクとトルベの死は監督に文句言いたかったです。ハイペースついていきますよぉ~ところで、さらんさんは知っておられました?カンジファンで最初撮影してたんですね?それも神医ってタイトルで!私はすべてが遅くて最近知りました。ホンギルドンが好きだったのでカンジファン結構好きだったのですがチェヨンはイミンホしか考えられないです。まったく別物でしたね(笑)

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様、こんばんは❤︎
    命懸けのチュソク。
    剣の腕はたちますが、それ程ライオンハートでは無い様子。
    それでも、隊長の伝言だけは王様へ伝え、最悪命をおとす覚悟。
    本編は、私的には結構分かりずらかったので、今回助かりました(*^_^*)
    やっぱり、チャン侍医はクールで格好イイです❤︎

  • SECRET: 0
    PASS:
    >victoryさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    信義が、何度か企画されては倒れたというのは
    職場の韓流に詳しいソンベに聞いていました。
    あのDr.JINの韓国版との揉め事もあったとか・・・
    ただお恥ずかしいことに、私自身が
    カンジファン氏という、その方を知らず・・・
    ミノ氏以外の信義なら、まず見なかったし、
    見たとしても、二次は書かなかったかと。
    これだけはもう!(`・ω・´)断言ですw

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、チュソクは、あの蒼天でも
    ヨンが言っていましたが、
    人間味があると思っています。
    怖いですよ、普通きっと。武官とて人の子、
    死ね、で、はい。では!とはならないと。
    逆に、あの汗だらだらのチュソクに、私は惚れました(*v.v)。
    チャン先生、この方ももう。
    最高にクールですね。そして心は最高に熱い。
    それが【六花】に…って、いい加減しつこい私です。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です