信義【三乃巻】~弐~ 篝火花・9

 

 

回廊を進む。
謎かけのようなチェ・ヨンの伝言を頭の中、幾度も幾度も繰り返しながら。

迂達赤中郎将チェ・ヨン、王様の任務を完遂しておりませぬ

任務。余の、チェ・ヨンに与えたその任務。

何が申したかった、チェ・ヨン。何だ。

─── 何だ。

チェ・ヨンが懐より取り出した宣旨を見つめ、余はチェ・ヨンに訊いた。

「先王、慶昌君媽媽より下賜された宣旨です。
王様を元より無事お連れするのが最後の任務。
開京までお連れした暁には迂達赤を退き、その後は平民として生きて良いとあります」

そうだ、そして余は何と返した。

─── 余が伝える任務を、 完遂したら考えてやろう。

先代の宣旨を我が手で握り潰し、余はチェ・ヨンに言った。

「ですが王様、先王慶昌君媽媽は」
その声に、かぶせるように問うたのだ。

「先王と元王、そなたはどちらに従うのだ」
今は一人でも信頼に足る臣が欲しいというのに。
王の最近衛であり、岩の結束を持つ迂達赤が。
そしてチェ・ヨン、そなたが誰より必要であるというのに・・・

 

そうだ、それが任務。
先王、余の甥である 慶昌君の宣旨と、現王である余が与えた任務 何方に従うか。
余はチェ・ヨンに問うたのだ、あの時に。

回廊を進む足は止まり、この手は従う内官ドチの袖を我知らず握りしめる。

「・・・先代ではなく、余の命に従うた」
その声に戸惑うドチが目を見開き
「王様・・・?」
と問い返す。

そうだ、そうだったのだ。
チェ・ヨンは、あの迂達赤隊長は、頭の固いあの男は言い訳も弁解も何一つせぬままに。
愚かしいほどにひたすら真直ぐに。
例え余が現王だからと、ただそれだけが理由だったとしても。

回廊を真直ぐ、重臣たちの集まる宣任殿へと駆けるように進む。
宣任殿に踏み込むこの足に遅れるように、内官ドチの声が殿内に響く。

「王様のお出ましです」

玉座に座る時間も厭わしく、目の前に頭を垂れて控える参理チョ・イルシンに目を当てる。
「申せ」
「王様、大臣集が議論致しました」

ああ、この回りくどさよ。
「前置きは良い、本論を述べよ」
「逆賊、チェ・ヨンの件。古より謀反は 厳重かつ早急に処罰せよとあります。
証拠隠滅や逃亡を防ぎ、悪を根本より絶たねば」
「良かろう」

そうだ、良かろう。
もう見えているこの気持ちの行く先、面倒を省き早急に対処するは、大いに賛成である。
その言葉に目の前の参理が目を上げた。

「厳重かつ」
人払いをし、厳重に。
「早急に」
そうだ、今すぐにこれから。

「余が、自ら尋問する」

参理、そなたの言う通りである。証拠隠滅や逃亡などされては困る。
お主らに任せては、どこからどう手を回すか分かったものではないのだからな。

「尋問、王様、それはお留まりを」
「何ゆえ。余は尋問も出来ぬほど無能に見えるか」
その言葉に、参理が大げさに床にひれ伏す。
また始まったか。

「滅相もございませぬ、 私はただ心配なのでございます。相手は乱暴悪辣な逆臣ゆえ」
「故に余では、対処しきれぬと申すか」
「王様、どうぞお許し下さい」

そこへ御史大夫チャ・ウンが走り出る。
「王様、迂達赤の尋問は讞部が控えておりまする。ご命令を頂ければ・・・」
「だから今この場で命じておる!!逆賊チェ・ヨンの尋問は、只今より余が行う」

それだけ言うと玉座の階より降り歩き始めたこの背の後ろに、参理が駆け寄る。
「王様、どちらへ」
「ああ、参理がチェ・ヨンの元へ案内せよ」

そう伝えると、明らかに参理の顔が色を失い引き攣れる。
「王様!」
その横を抜け、余の目の前に御史大夫が駆け出る。

「重臣のいるこの席で余の前に立ちはだかり、この足を止めると申すのか」

たとえ余を憎み疎む奇轍の雇うた私兵と、重臣の息のかかる禁軍に囲まれておろうと。
どれ程この立場弱く力弱かろうと、それでも余はこの国の王である。

そして獄に繋がれたあの男は、この王の最近衛、迂達赤隊長。
その男が、余の命を完遂せんと待っておる。
その道を塞ぐか、御史大夫。

「恐れ入ります」
そう脇へ退いて控えた御史大夫を一瞥し、
「参るぞ、尋問を行う」

この足は宣任殿を飛び出し、あの男、チェ・ヨンの繋がれた獄を真直ぐに目指す。

しかし獄へ踏み入ろうと、参理のやかましさは終始一貫変わりもせぬ。
「王様、国には国法があり、 刑罰には讞部があります。尋問するならば法度に従い日時を定め・・・」

 

耳障りな声にふと視線を上げた。
王がいらした。何故、何の用でだ。
閉じ込められた獄の前の二重扉で、その声がここまで届くほど大きく響く。

「開けよ」
最初の扉の前、王の声がする。
「おやめください、凶悪な者に近づくなどと」
あの男、参理の声が続く。

 

ああ、どのようにこの二重扉を開くかのう。
「鎖で繋いでおるだろう」
脇に控える奇轍の弟、キ・ウォンに向かう。
「参理が騒ぎ立てるほど、脆い鎖であるのか」

そう尋ねれば、彼奴は心外だという様子で
「とんでもない事です王様、徳成府院君の指示にて。
チェ・ヨンは内功の使い手ゆえ、特別仕様の鎖で繋いでおります」
「特別仕様などと。信じるぞ」

そう褒め殺せばキ・ウォンは喜色満面、脇より鎖の見本らしき部分を示す。

「さあ、どうぞお確かめください。燕京一の職人の手製で、通常の鎖の十二倍の強度でございます」
「なるほど、これは殊更、特別な感があるのう」

そうだ、もっと有頂天になり口を滑らせるが良い。
その見栄張りの気質、兄と変わらぬ。頭の回りは兄よりも数段、劣りそうであるがな。

「そうでしょうとも、こちらは…」
「これなら獄門を開けても問題はあるまい」
「は?はい、もちろんですとも」
その言葉で扉は開かれる。
その扉より中へ入り次の瞬間、その最初の扉の内閂の鍵を確りと掛ける。

後ろで騒ぎ立てる重臣を上げた手で制し、
「静まれ!これより尋問を執り行う。騒ぐでない」

それだけ告げチェ・ヨンを見つめ、その身の繋がれた獄内へ格子扉を潜る。

この声が届くだろうか、チェ・ヨン、そなたに。この後を決める頼みが。
そして成さねばならぬ、恥ずべき告白が。

 

 

 

 

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