信義【三乃巻】~壱~ 迫られた選択・11

 

 

庭に植わったハーブを確認しながら、使えそうなものを少しずつ摘み取る。
やっぱりフレッシュだから、いい香りね。
摘んだ葉や花を確かめながらゆっくり息を吸う。

 

先程見失った医仙が庭の隅にしゃがみこみ薬草を摘む、その姿を見つけ、回廊より眺める。
色とりどりの草花の中、それを吟味する姿。
見知らぬ、信用できるかもわからぬ江華郡守の屋敷内を一人うろつくなど。

「どうしました」

 

かかったチェ・ヨンさんの声に、 私は顔を上げる。
「鎮痛剤になる薬草をね」
「慶昌君媽媽の処に戻らねば」

いつもチェ・ヨンさんはそう。あれをしないと。これをしないと。
緊張して、体を固くして、 もたれれて眠る時ですら。

安全や、安心感を感じる時なんてあるのかしら。常に緊張状態だと、肉体的にも悪影響が出る。
心拍数、血圧、筋肉の硬直、ホルモン分泌異常。人間の体は、案外気持ちに左右される。

笑わないと駄目。たまにはリラックスしないと。
好きなことをして、好きなものを食べて、好きな音楽を聞いて、好きなものを見て。
何でもいい。大きく寝転んで、手足を広げるだけでも。

笑わないと駄目。 笑っていれば、大丈夫。
作り笑いでもいいのよ。口角を上げて、 眼筋をリラックスさせて。
脳なんて、意外と騙しやすいんだから。
あ、笑ったな、って脳がそう思えば、ハッピーホルモンが分泌されちゃうの。

「ここは安全でしょ、心配なら先に戻って」
だから、安心してよ。

 

そうだ。安全か危険の判じ方すらこれ程の隔たりがある。

塀に囲まれ、外敵の侵入がなければ安全。その塀の中に毒蛇が潜むとは考えぬ医仙。
そしてその毒蛇を全て踏み潰したとしてもまだ安心できず、退路を考え続ける自分。

相容れる訳がない。

目の前の医仙は、薬づくりを延々と語る。
チャン侍医ならばいくらでも付き合おうが、武官である俺に付き合えるわけも、それが分かるはずもない。

現に俺は今、お一人で休む慶昌君媽媽が心にかかって仕方がない。
傍にいなければ。守らなければ。
一歩で守れる距離でなければ、何があっても不思議ではないとしか思えん。

しかしその心の半分で目の前で話し続けるこの方が気に掛かり、此処を離れるわけにもいかん。

「薬の作り方が、分からないのですか」
目の前の医仙にそう 問えば
「私たちの時代、医者は薬を作らない」

そんな馬鹿な。では医者は何を。
天界語であれこれ言われながら、医仙はようやく薬草の前から腰を上げ、 こちらに向かい歩いてくる。

これで慶昌君媽媽の御部屋に戻れる。
そう思い、目線を外して医仙を待てば

「どうぞ」

目の前に差し出された、一輪の黄色い花。

「・・・何です」
「あなたにあげる

 

ねえ、好きなものや、きれいなものを見れば心が安らぐって言うじゃない?
あなたは、花は嫌い?少しで良いから、香りをかいでみて。

その、眩しい程の黄色い花。
何故差し出されたかすら分からん。

「戻ります」
そう言い、医仙とその手の花を残し踵を返そうとすれば
「あ、ちょっと待って!」
医仙が俺の肩を掴み呼び留める。

分からない事ばかりだ。 何故呼び止められたかも。
刀を持つ者に急に触れるなと教えたろう、手首より先を失うからと。

「ちょっと待ってよ、じっとして」
「何だ」

分からない事への苛立ちか、相容れぬ事への腹立たしさか。
話を聞かぬこの方への呆れか、戻るのを足止めされたせいか。

おまけに髪に触れる何かを感じ、俺の口調は僅かきつくなる。

「じっとしててよ、何かついてるみたい」
そう言って俺の耳あたりに触れ、急に笑い出す医仙のその姿。

赤い髪を揺らし、腹を抱え、俺を見つめ。
何の肚も、裏も、思惑もないままに声を上げて笑う顔、その声。

「ウケる、似合い過ぎ」

 

ねえ、ほら。 笑ってよ、私みたいに。笑っていれば、大丈夫なんだから。
あなたに、笑って欲しいの。

 

笑い過ぎて、涙まで浮かべて、何が似合うのか全く分からん。
ただ一つ判るのは、俺を真直ぐその目で見ていることだけだ。

何かついているかと髪を指で梳けば、あの黄色い花が落ちてくる。

この花一輪でそんなに笑うか、あなたは。

「楽しいですか」

気付けば、そんな風に訊いていた。
花一輪で、それほどに楽しいのか。
それとも頭に花を挿した俺の姿が、ただ可笑しかったのだろうか。

笑い顔のまま此方を向いて
「花のいい香りが、血の匂いを和らげてくれるわ」
そう残し先を歩いていく医仙。

またその話か。
武士の俺から血の匂いがするのは、農夫から土の匂いがするのと同じほど、 当然のことではないか。
十六の頃から俺はこうだ。もうとうに慣れた。

なのに俺の目は髪から落ちた、黄色い花から離れない。

目を射るほどのその黄色、あなたを笑わせた花。

 

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説明不要の名場面・・・ポチっと頂けるととっても嬉しいです。


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9 件のコメント

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    印象的な場面でございました~φ(´ε`●)
    あ、子供風邪から復活しまして、やっとまともにコメ残しができるようになりました♥
    この場面良かったです♪小菊がヨンに似合ってて(///ω///)♪
    キョトンとしているヨン、大ウケしているウンス。
    この明るさが回りをも照らすんでしょうね♪
    また覗きに参ります(●´ω`●)

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    説明不要どころか、これ以上ない描写に、何回も読み直してしまいましたよ。ヨンとウンスとさらんさんに、惚れ直しました。一服処も入れてくださるそうで…。そろそろ甘いの欲しかったんです。読者心理もよくわかってらっしゃる。実は、もうすぐ12月なので、クリスマスプレゼントを、ねだろうとしてた、厚かましいおばちゃんでした。

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    チェヨンくん、黄色の花を頭に飾って何を笑われているのかわからない戸惑ったお顔。胸キュンです。
    ウンスちゃん、大笑い。そうか、チェヨンくんにも笑って欲しかったのですね。
    分かります。チェヨンくん、口数も少ないし、表情も変えませんものね。
    でも、笑ってくれませんでした。
    ウンスちゃんには安全に見える館も、チェヨンくんにはタヌキが住む館、安心できるわけがありません。
    あー いよいよ、あの場面近し。
    読みたいような、読みたくないような。
    いえいえ、そんな弱い心ではいけません。
    しっかりここのチェヨンくんを知らなくては、この後のチェヨンくんを語れません。
    アジャ p(^_^)q

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    嵐の前の静けさの様な、ちょっぴりほっとさせられるほんのひと時ですね。
    この花を挿したヨンの姿。とても好きなシーンでした。ウンスを見つめる目がきらきらしていて。
    ウンスはヨンの気持ちをあげようと必死だったんですね。ふざけたことをすると呆れられてもヨンの心の回復の為に。
    そんなウンスの考えなんてもちろん理解する事もなく、あきれるヨン。それでも、ウンスから離れる事が出来ない自分の気持ちに彼はまだ気がついてないようですね。でも、これからお守りのようになる「小菊」は内緒で拾っていのでしょ?

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    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    お子様の風邪完治、良かったです❤
    そうですね、ここはもうヨン廃人、信義廃人を
    大量に増やした7話の中でも
    本当に説明不要の名シーン❤
    ヨンとウンスオンニの表情の違いが
    またグッとくる場面でした。
    週末は、恐るべき一服処、上げます!
    まずは私ものの様の連続画像を拝見しに伺わねば・・・!!

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    うふふふー、そう言って頂けると
    とっても光栄です❤❤
    もう、甘いというよりは、爆弾投下の一服処
    以前リク頂いていて、引っかかって
    私には珍しく、ずーっと考えたお話です。
    【三乃巻】途中に残すのもなーと思い、
    そしてウンス帰還後のお話なので
    一服処の予定ですが、もしかしたら全公開で
    参るやもしれませぬ。
    これはヨン、久々の甘々ムード、そしてなぜか
    ブチ切れモードでプラスで(w
    ただし相手はオンニではなく。
    ああ、楽しみでワックワクです❤

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    さらん様、こんばんは❤︎
    ケタケタと笑うウンスに目をまるくしていたヨン。
    腹を立てるかと思いきや、あの時の小菊をコッソリ持ち帰り、薬瓶に入れて持ち歩いていたなんて….。
    ヨンは結構なロマンチストね❤︎
    嵐の前の静けさです。
    さらん様も、おっしゃっていましたが、
    あれは辛い(ノ_<)
    「行くな! 頼むから…」
    媽媽を背中に、ひとり取り残されたヨン。
    私なら、側を離れないのに\(//∇//)\
    なんて……失礼しました。
    次話お待ちしています❤︎

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もう、胸が痛く涙止まらず、
    しかしこれでトルベの場面んも乗り切れず
    齟齬が出た私としては、覚悟して書き切りました・・・
    ヨンに、そして慶昌君媽媽に、手を合わせつつ。
    週末には、気分を変えて一服処、投下致します!

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ふふふ、どうやって拾ったか、それは
    弐の中、しっかり書いております。
    ただ拾ったらつまらん!と思いまして。
    弐のテーマは「色」
    もう上げるのが楽しみなのですが、
    その前に週末はより艶やかに華やかに、
    そして甘やかかつブチ切れるヨンを・・・(≧▽≦)

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