向日葵 | 17

 

 

ヨンはそのまま馬を駆り、旅籠へと向かった。
ふと見ると旅籠の向かいの店の軒先に、何食わぬ顔でヒドが腰掛けている。

街道越しの馬上のヨンと目が合うとにやりと笑い、腰を上げて店の脇道へ姿を消した。

馬を門横の厩に繋ぎ、旅籠の正門をくぐる。
気付けばウンスの部屋の棟の飾り屋根の廂の影に、チホが身を潜めている。
チホもまたヨンを認めると軽く親指を立て、廂の向こう側へ身を躍らせた。

ヨンは部屋の戸の外から
「いらっしゃいますか」
と声をかける。
しかし、室内に気配はあれど返事はない。

昼から眠っておられるのか。ヨンは見えないほど薄く笑むと
「御免」
と静かに断り、扉を押し開いた。

ウンスは目を閉じて、寝台に横になっていた。
その横の卓上に、白い塊が二つ三つ並んでいる。

ヨンはその塊のひとつに触れてみる。
ぬるりとして、柔らかな触れ心地だ。
触れた指を嗅げば、甘やかな香りがする。

人の気配に気付いたのか、ウンスが寝台でころりと寝返りを打ち、うっすらと目を開ける。
ヨンがそこに立っている事に気付くとゆっくりと手を伸ばし、ヨンの腕貫に手をかけて、半分夢の中にいるように微笑んだ。

そして寝ぼけた掠れ声で
「手作り石鹸よ。灌水って、入手しにくいのねー。ここはアルカリ塩泉が近いから良いけど。
今回は、蜜柑の皮を使ってみたの。陳皮。古いほど貴重なんですってね?
蜜柑って、この時代は貴重品なのね。あなたにもあげる。お風呂で使ってね」
と呟く。

「昨夜は遅くまで、これを作っていたのですか」
ヨンがウンスの額にかかる髪を指であげて問うと、ウンスは頷いた。
「そう、王妃媽媽とチェ尚宮の叔母様にお土産。最後に化粧品を渡せたのは4年前、お別れする時なのよね。
また会えるって聞いたら、落ち着いていられなくて、だから」

ヨンはその掠れ声を聞きながら、寝台のウンスの脇に腰を下ろす。
ウンスは腰掛けたヨンの胴をきゅっと抱いて、また心地よさそうに眠りに落ちかける。
このまま寝かせて差し上げたいのは山々だが。

「イムジャ、起きてください」
むにゃむにゃと赤子のように何か呟く頬を、人差し指の背で撫でて声をかける。
「明日の早朝、出立です。じきしたら移動いたします。今晩は俺と共に兵舎に」

ウンスがその声を聞いて、ぱちっと目を開く。
「えっ」
今の話の何処でウンスがそんなに驚いたかを測りかね、ヨンは己の言葉を今一度胸裡で反芻する。

「一緒に、いられるの?」
「はい」
「これから今晩、ずっと一緒なの?」
「そうです」
「明日も?」
「帰京まで俺がお守りします。戻れば、その後はずっと共に」

ウンスはやおら寝台の上に跳ね起きた。きらきらした目で、ヨンを真直ぐ見つめる。
「嬉しそうですね」
「うん、とっても嬉しい!本当?」
「はい」

きゃーっと口に手を当ててウンスが叫び、ヨンはウンスを落ち着かせようと小さな背に手を回す。
静かに叩いてやりながら
「まずは荷を纏め、先日用意したチョゴリとパジをお付け下さい。
申し訳ないが、道中は男装して頂きます。
明日から道中を共にする兵にも、あなたが医仙だとは告げません。
なるべくお顔は見せぬように」
と、簡単に話し聞かせる。

「わかってる。ラブラブ旅行にはならないってことはね。でもいいの、一緒にいられるし、すぐみんなにも会える。
兵舎に行けば、迂達赤のみんなにも会えるのよね?」
「チュンソクとテマンには会っていただけます。他の者には、医仙の帰還は未だ伏せてあります。
今回も出立直前に、知人が同行すると伝えます」
「分かった。じゃあ私はあなたの知り合いの男性って設定?みんなにも内緒ってことは、兵舎に入る時も内緒よね?
ふふっ、成均館スキャンダルみたい。ドキドキするわ」

また不可解な天界語を並べながらウンスはにこにこして寝台から軽やかに降りると、荷を纏め始める。

身に着けていた服まで手をかけてからハッとヨンを見ると
「ちょっとだけ、外に出て」
とその背中を押す。
ヨンは笑いながらそのまま押し出され、扉の外でしばし待つ。
やがて中から
「オッケー、準備完了。どうぞ」
と声がかかる。

ヨンが扉を開くとウンスは男物の衣を身につけ、髪を結って笠まで被っている。
その格好でヨンの前で手を広げて、くるっと回って見せた。
「立派な男性に見える?あ、話したら声でバレそうね。つけひげでも付ける?コスプレみたいになっちゃうけど」

まさか。こんなに可愛らしくて生意気な男がおるものか。
ヨンは苦笑いして
「大層立派な男ぶりで、妬けます」
と告げると、ウンスの荷を己の肩より掛けた。

「参ります。離れずに」

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    待ちに待ったヨンとご一緒の日々(笑)
    それがどんな所だろうと、嬉しさ隠しませんよ。まぁ、それがウンスなんですけど。
    それを、冷静に嬉しいですか?なんて聞くヨン、何でこんなに冷静なんでしょう(?_?)
    まだ、安心できる状態ではないからかしら?
    でも、ヨンの胸の内は、ウンスへの想いが十分過ぎるほど溢れているのが分かり(*゚.゚)ゞ

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    >mayuさん
    この温度差!
    これが現代人のウンスと、高麗の武士であるヨンの
    一番の違いなのだと思います。
    気を抜いてもよほどのトラブルに巻き込まれぬ限り
    殺されるなんて考えないウンス。
    気を抜いたら最後、ウンスを失うかもしれないと
    常に緊張状態を解けないヨン。
    とりあえず早く開京に帰らないと、ヨンの
    体も心も保ちませぬ・・・(ノ_-。)

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