向日葵 | 3

 

 

逢いたかった。
ここにいてくれてありがとう。
諦めないで、生きていてくれて、ありがとう。

俺にしがみついて繰り返し、愛しい方が、ただ泣いている。

その涙が驟雨のように、俺の鎧の胸を濡らす。

両眼よりこぼれそうになる滴が落ちぬよう、俺は天を仰いで深く息を吐き、吸う。

この方がいない間どのように息をしていたのか、逢った瞬間からもう思い出せぬ。

自分の体中に、気が満ちて行くのを感じる。
細い肩を抱いた両腕、柔らかい髪に触れる指先。
彼女を支える足指の神経までが研ぎ澄まされると同時に、心地良く緩んでいく。

「まっすぐ帰って来られるとおっ、思ってたのに、出来なかった・・・」
「何処におられた」
「100年、前。次に、ソウルに戻って、そこから、やっと今に、も、どって来られた」
「そんなに何度も天門をくぐられたか。
逢いたかった方々には、逢えましたか」
「もう平気・・・逢えた、から、もうだ、大丈夫・・・っ」

泣き過ぎで、おかしな所で息継ぎをするこの方。
俺はその背をそっと撫でた。

この方は。
何処まで無謀で、怖いもの知らずなのか。
俺の為にだけ、そんなにも先の見えぬ旅をしたのか。
女人の一人身で。

「全く」
鋭く小さな息を吐くと同時に、喰い縛った歯の隙間より漏れた呟きで、彼女が驚いたように俺を見上げた。

「怒ったの?なぜ」
「イムジャにではない。己に怒っておるのです」
「怒っちゃ駄目よ、熱が溜まるから。息を吸って、吐いて」

そう言うと俺の頬に触れて、手首の血脈に指を添え、自分も呼吸を合わせようとする。
その姿に、勘違いしているようだと俺は苦笑いした。

イムジャ。
そんな懸命な旅をしてきたあなたを今すぐ抱きしめたいと、一瞬の欲を持った浅ましい己に怒った。
それだけです。

しばらく俺の具合を見た後、大事ないと判断されたか、安心したように微笑んでこの方は尋ねた。

「あのね、今、恭愍王の御代5年って聞いたわ。本当?」
「いかにも」
「王様も王妃様も、チェ尚宮の叔母様も、お元気?迂達赤のみんなは?マンボ姐さんたちは?」
「王様王妃媽媽にはお変わりなく。睦まじくお過ごしのご様子。
叔母は相変わらずのようです。ここ一年ほど開京に戻っておらぬゆえ」
「戻ってないの?どうして」
「戦をしておりました」
「無茶はしなかった?体は?」
「御覧の通り」
「手は?もう大丈夫?」
「恙なく」
「無事でよかった・・・」

この方は答に一先ず安心したか、ふうと息を吐いた。
「信じられないでしょうけど、私、今34歳なの」
「・・・?」
眸で問う俺に笑いながら、この方は言葉を続ける。

「私の中では、あなたと離れてから1年しか経っていないの。
不思議ね。こっちはもう4年も経ってるなんて」
「・・・信じます。天門をくぐれば、何が起きても不思議ではない。
御存じか、俺は今、あなたと同じ齢です」
「え、本当?これで年上って感じなくて済むのね。
もう1回くらい離れたら、今度はオッパって呼べるようになるかもね」

その言葉を聞き、俺は思わず小さな両手を強すぎる程に握った。
「い、痛い!手、隊長、いえ大護軍?」
「冗談でもお止め下さい」
この方は俺の声音に目を見開く。
「離れるなど」

二度と。

そっと離すとその腕が、もう一度俺の背に回される。
鎧の上からそっと触れ、撫でさすって、優しく叩かれる。

穏やかに、草はらを風が渡ってゆく。
野菊が一斉に揺れる。

「大護軍、弁当です!」
遠くでテマンの声がする。
「大護・・・う、う、う医仙?! ばっ馬鹿、行くなテマン!!
も、申し訳ありません!!大護軍、ごゆっくり・・・っっ!!」
チュンソク、相変わらず最悪の間の悪さだな。

離れて騒ぎたてる奴らを睨みつけた後、顔を戻しもう一度胸の中のこの方を見る。
大きく見開かれた瞳の中に、俺と、空と、雲とが映っている。
俺の眸に映っているのはこの方と、緑の下草と、黄色い野菊。

そしてその視界にほんの一瞬だけ、紅い月を縫いとった帯の残像が過って消えた。

メヒ、喜んでくれるか。
隊長、この方に会って頂きたかった。
父上、ようやくまた巡り逢えました。
二度と、時を無駄にいたしません。
己を偽り、迷ったりいたしません。
二度と、俺が凍る事はありません。

この方の瞳に映る俺が、笑う。
俺の眸の中、この方も笑っている。

互いの目を覗き込めば、あの天界の青銅鏡よりもずっとずっと、己の姿がよく見える。
知らなかった。俺はこんな顔をして笑うのだな。

ああそうか。今、たとえようもなく、幸せだからだ。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    あ~良かった読めて…
    引っ越し前の時は何故か、この3話の所だけエラーになって読めなかったんですよ
    お話楽しく読ませて頂いてます(^_^)

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    >えみりんさん
    コメントありがとうございます。嬉しいです♪
    ええっ、そんなエラーがあったとは。不覚!
    知らずに、申し訳ありませんでした。
    いまさらですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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    ドラマでは、再会で終わってしまったので、この様に書いて頂き「そうだったんだろうな・・」と納得しながら読ませて頂いております。
    徹夜で一気読みする人なので、コメ残さず突っ走るかもしれません。
    落ち着いてきましたら、コメ残させて頂きますね。

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    >mayuさん
    またまたコメントありがとうございます。
    嬉しいです♪
    もう、呼んでください。
    そして、コメントは本当に大丈夫ですよ?
    ただ、あの時の、あの後のイムジャカップルの
    声が聞こえるお話になっていることのみ、祈ります。
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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    >mayuさん
    雪割草が辛くて此処へ来ています。
    此処で、何気なく読んだ文章の意味がやっと分かりました。
    何も疑わず、ヨンだけを想い戻ってきたウンス。
    大切な親にも会っていない。
    試練を受けても、何の迷いも無いもなくヨンの元を目指したウンス。
    そんなウンスを待ちながら、4年も経ちその間には身を切られるような辛い事もあったヨン。
    それは、天にお互いが試されたのだろうか?
    迷いは無いのか?本当にこの地で生きていけるのか?ただ、愛の為に。。
    方や、時の試練と、迷い無く愛し護っていけるのか?
    最後は、そんな風に感じました。

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    >mayuさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    これは内向きの話ですが、
    たとえヨンが出て来ないサブキャラのお話が
    ずっと続いても、
    UP順にこだわるのが、そこなのです。
    ひとつずつ重なることで、ああと思って頂ける事が増えると良いな。
    私の最終話につながるように。
    今、ウンスオンニとヨンを一緒には
    いさせてあげられない。
    mayuさまにも皆様にも、悲しい思いをおかけします。
    勝手な書き方で申しわけないとも思います。
    でも、もう少しお付き合い頂けたら
    最高に、嬉しいです(●´ω`●)ゞ

  • 『この方の瞳に映る俺が、笑う。
    俺の眸の中、この方も笑っている。
    知らなかった。俺はこんな顔をして笑うのだな。
    ああ そうか。
    今、たとえようもなく、幸せだからだ。』
    このヨンの言葉がずっと、心から離れません。
    大好きな台詞です(ToT)

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