向日葵 | 2

 

 

天穴から出てきた時、その景色には見覚えがあった。
あったけれども、それは、記憶の中とはやっぱりほんの少しずれている気がして。

怖かった。
また違っていたらどうしよう。

今度こそ、あの人はいるだろうか。

私は振り向かずに祠を出て歩き始めた。
最初は意識してゆっくり、周囲を確かめながら。
けれど、足は抑えが効かず、どんどん速くなる。

気がつけば、走って、走って。

町街道の飯屋で、食事中の兵は高麗語を話している。
身につけている装備も、あの頃皇宮で見たものに似ているようだ。

卓の横を歩く兵の1人に
「ここは元の地では?」
と尋ねると、不思議そうに
「大護軍が取り戻したんだ。平定したのを知らんのか?」
と、逆に聞き返されてしまった。
「前の王様は、どなたでしたか」
「忠定王だよ」

・・・じゃあ、今は、あの世界だ。
恭愍王と魯国大長公主、あの人が仕えた王様の時代。

「今の王様が即位して、どれほどでしょう」
その兵が仲間に
「今の王様が即位してどれくらいだ?」
と尋ね、仲間が
「五年だよ」
と答えを返した。
「だとさ」

じゃああれから4年も経っているの?私の中では、まだ1年しかたっていなかったのに。
どこかで、また捻じれたのだろうか?

兵が歩き去ったその時、混乱した頭で考えをまとめている時。
ふと店の奥から聞き覚えのある声が、耳を掠めた気がして顔を上げる。

私は柱の奥を覗き込み、危うく悲鳴を上げそうな口元をきつく噛んだ。

あれは、あのツンツン頭はテマン君。その横に座るトクマン君。
面影はそのまま、でも、少し大人びた彼ら。

「大護軍、あの木の所にもう三日目だ」
「行くとなかなか帰って来ない」
そこへ、さらに奥から出てきた男性が合流する。
「飯を差し入れるなら、お許しを頂いておけよ」
あれは、副隊長。

私は見つからないように、笠をかぶった頭を不自然に見えない程度に深く垂れ、踵を返した。
飯屋を出て、一目散に緩やかな野の道を駆け戻る。

この道を、確かに知っている。
あの人が待つ丘も、はっきり覚えている。

駆け降りた先の、その丘に立つ木。
あのときよりも枝を伸ばしている気がする。

そこに寄り掛かる後ろ姿を見た瞬間に、足が止まった。

あの肩のライン。
少し俯きがちな、背筋のまっすぐ伸びたシルエット。

私にとってはほんの1年前なのに、忘れているはずなんてないのに。
全てが一気に押し寄せてきて、そのメモリ量に少し眩暈がした。

大きな手。
ゆっくり指を絡めて繋ぐ時の、指先のあたたかさ。

こちらを射竦めるような、深くて鋭くて黒い目。
私がじっと見つめると、その目尻が少し綻びる感じ。
頭を預けた時にわずかに私を見つめる、その伏し目。

深い声。
めったに多くを話さないけれど、真実だけを紡ぐ。
私を呼ぶ時のあの響き。
抱きしめて、と駄々をこねた時の戸惑う口元。

後ろから抱きしめた時の、大きな背中の固さ。
もたれた肩の広さ。

そこにいる?と尋ね続けて、1年返事が聞こえなかったあの人。
せめて夢では毎日会いたかったのに、時々しか会えなかった。
夢の中ですら、つれない素振りをする男だと思った。

逢いたくてたまらないのに。あなたも同じ気持ちのはずなのに。
どこまでも嬉しくて、ぎゅっと抱きついて。少し硬い、癖のある髪にそっと触れて。
手を繋いで他愛ない事を話そうとすると、悲しい、優しい目で私を見る。

戻るから、必ずあなたの場所に戻るから。約束するから。

そうして白い淡い夢から覚めるといつも目尻が濡れていて、こめかみの髪も枕も湿っていた。
激しく打つ自分の心臓の音だけが聞こえる。

どっちが夢か現実か判断できず、最初の頃はパニック障害かもと自己診断して、少し怖かった。
不安が募れば腹筋に力を入れて、大きく腹式呼吸をした。チャン先生に聞いた通りのやり方で。

離れていた日々は、ずっと祈ってきた。
あの人が自分を責めてしまわないように。
二度とあんなふうに、心が壊れる寸前までいって欲しくない。

「引き留めるなんてできない。
あなたの命が削れていく間、惚れた女の薬も放って、俺は人を斬っていた。
そんな俺が、側にいろなどと言えない。どうしてそんな事が言えると思う」

哀しく、激しく、感情を露わにしたあの時のあの人を思い出すと、今も胸の奥に錐を刺されるようだ。

きっと大丈夫。毒と戦って勝つのを、あの人は傍で見守ってくれた。
分かっているはず。そして、戻ってくるのを信じてくれているはず。

あの人は、死んでなんて、絶対に、いない。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    でも、やはりヨンに一番に会いたかったんですね。
    必死で駆けていく様子が、目に浮びます。
    揺らぐ事のなかった、ヨンへの愛と信じる心。
    一年、必死で耐えたウンスの苦労が報われた時です。
    胸がキュンってなりました(*゚.゚)ゞ

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    >mayuさん
    こちらにもコメありがとうございます。
    もうここは、何故最初から丘へ行かないのか
    あれほど信じてるのに!と
    ドラマの中で不思議に思ったとこです。
    飯屋に行ってる場合じゃないですよね(爆
    逢えたので、すべて良しですが、
    普通なら、真っ先に丘じゃない?とw

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    >さらんさんへ
    そうも思いましたが、元の地から高麗へ帰る事しか考えてなかったのでは?・・・とも思いました。
    腹が減っては・・・のウンスさんですから(笑)飯屋は、外せなかったのでしょうf^_^;

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    >mayuさん
    こちらにもコメありがとうございます。
    そうでうね、今回は飯屋に立ち寄ったウンス、
    まずはナイス(o^-')b GJ!
    しかし、考えたらヨンより先にチュンソク隊長たちと
    逢っているわけで・・・ヨンが知れば、またヤキモチかなとw

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