向日葵 | 21

 

 

部屋に戻って最後の荷を纏め、夕餉を終えて、油灯の灯芯に火を入れる刻。
ようやく今日の予定を全て終え鎧を脱いだ俺は、落ち着かぬ気持ちで部屋内を歩き回っていた。

本当に久々に、あの方と同じ部屋にいられる。
しかしだからこそ、どうすれば良いか判らん。
どこぞの餓鬼でもあるまいに。

あの方が戻って以来、胸の裡に痞える言葉の塊。
吐かねば気色が悪く、吐けば決まりが悪い。
しかも一度吐き出せば箍が外れるのは必至。
そうなれば抑えがきかぬと己が一番知っている。

だからこそ先走るのは禁物だ。
今は時ではない。
帰京するまでは胸に秘めろと、己を戒める。

 

******

 

私は荷を確認しながら、あの人が部屋をうろうろするのを横目で追いかけていた。
気になって仕方ない。
「明日、出立は早いのよね?」
声をかけるとあの人は弾かれたように足を止めて
「はい」
とだけ頷く。

「そう。じゃあ、今晩は早く寝ましょう」
私は寝台の横に移動し、彼に声をかけた。
ここの寝台はあの頃の迂達赤の部屋の寝台より大きく、2人でも楽に横になれそうだ。

「寝台をお使いください、俺は此処で」
ここ、と、入口の扉の脇の床を指さす彼を睨んで黙らせ、私はちょいちょいと手招きをする。

二の句が接げなくなった彼は溜息を吐くと寝台に大股で近づき、ごろりと大きな体をその上に横たえた。
そして私に向かい腕を伸ばす。

「此方へ」

自分が誘っておきながらそうされると恥ずかしくて、身の置き所がない。
差し出された手にニ、三歩寄ると、腕をぐいっと引かれて、勢いよく体ごと彼の上に落下する。
「だ、大丈夫?」
彼は私を抱きしめたまま、髪に顔を埋めている。返答はない。

「・・・テ、ジャン?」
すっかり戻ってしまったその名を呼んでみると
「イムジャの、香がする」
髪の中に、そんな籠った声が響く。

彼の呼吸につられて動く髪がくすぐったくて、私は笑う。
彼は私の髪から顔を上げて、笑う私を不思議そうに見る。
「何ですか」
「嬉しかっただけ」

私は彼の肩に頭を乗せて、目を閉じる。

長い旅をして、やっとここに戻ってこられて。
今はもう何もいらない。綺麗な服も、高価な宝石も。
胸に開いた真っ暗で深い穴に呑まれた、あのキ・チョルを見てから本当にそう思う。

ああ。でもこの人は体が大きいから、毎日おいしいご飯を食べさせたいな。

そうやって一緒にご飯を食べたり、いってらっしゃい、と送り出したり、ただ今、と帰って来て、一緒に眠りたい。
そんな普通の生活が続いた600年後に、私がいたあの世界があるのかしら。

そう考えながら、彼の上下する胸に呼吸に合わせて、吸って、吐いて、吸って。
そんな風にしていたら、優しい波に揺られるように、眠気がやってくる。

波に攫われそうになったその時。
部屋の薄闇を震わせて、あの人がそっと私を呼んだ。
「イムジャ」

闇の中で、彼の纏う気配が少し変わった。
さっきまで眠気の波に揺れていたとは思えないほど、私の脳は瞬時に覚醒して、活動を始めた。

「出立する前に、まずは言わねばならぬ事が」
「・・・うん?」
「開京までの道中、刺客に襲撃される可能性があります」
「そうなのね」
「不安にはさせたくありませんが。
なるべく目立たぬよう最低限の人数で移動する故、先にこれをお伝えせねばと。
お願いですから、俺から離れず。
迂達赤と国境兵に加え手裏房が控えておりますが、何が起きても俺の声を必ずお聞きください。良いですね」

私は彼の言葉に頷いた。そして
「約束するわ。必ず聞く」
と、声に出した。
闇の中で、彼が安堵の息を漏らすのを感じる。

「もうひとつ。言いたい事が」
私は体ごと彼の方を向いた。
「言いたい、事?」
「開京に戻れば、必ず言います。聞いてくれますか」

彼は腕枕をしたまま抱いた私の肩を、優しく指先で撫でる。
「そんな、気になるじゃない?聞きたい!今じゃ駄目なの?」
彼が笑う。薄闇が、震える気配がする。
「駄目です」
「・・・じゃあ、我慢する。戻ったら一番に聞かせてね」
「はい」

頷いた彼は、私をその胸に抱き直す。
そのまま枕元に置いた剣を、一度しっかりと確認して目を閉じる。
私もその腕の中でベストポジションを探し、目を閉じた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    待ち焦がれた人が腕の中にいても、明日からの緊張を思えば大人しく寝るしかないのね( ̄_ ̄ i)
    開京へ着いたら、その時こそはヨンからウンスへのプロポーズかな?
    そう期待をしつつ、開京までの無事を祈っています。
    そう言えば、奇皇后の私兵?まだ奇氏は拘ってくるのね。しつこい一族だわ(-"-;A

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    >mayuさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    ふふふ、どうでしょう。
    離れ離れの後の口下手不愛想なヨン、
    開京に戻って、果たして何を言うのか・・・
    楽しんで頂ければ、嬉しいです(o^-')b

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