2016 再開祭 | 眠りの森・肆

 

 

廊下の一番奥、突き当りの左側の部屋のドアをキム先生が静かに開ける。
部屋の隅にいた典医寺の薬員さんが眠るあなたの邪魔をしないように、無言で頭を下げた。

礼を返した後の目に飛び込んで来たのは、その部屋の大きな窓。
明るく真っ白い昼の太陽を避けるために、窓に半分降ろした格子。

それでも窓の下を流れる川が反射した光が、格子のすき間から窓越しにたっぷり入って来る。
入って来た光は天井にも壁にも映って、ユラユラ揺れていた。

その明るい窓の下には、幅広の台。
大人が優に3人は腰掛けられるベンチくらいの幅の台の上、今は仮置きした炭火の七輪が3つ4つ並んでいる。
そこに乗せた薬湯入りの土瓶から、ふわふわと湯気が上っていた。
その匂いだけではまだ配合までは分からない。薬湯の強い香りの中で、大きく深呼吸をする。

七輪横には薬草を入れた仕切り箱、それを刻むカッターやすり鉢。
きちんとたたんだ何枚もの清潔な布。
それに私が作ってる典医寺の手洗い用の、ハーブ配合のソープとうがい薬。
そのスペースの横の床には手洗い用の洗面器を乗せた足つきの台、しっかりフタをした大きな水がめ。

そんな設備を横目で確かめながら、この足がまっすぐ向かう先。
ゴールのベッドの上で、私のあなたが静かに目を閉じていた。
大きな体を覆う白い薄いブランケットの胸部が、深くゆっくり上下しているのがここからでも見える。

予想はしていた。それでも逢えると思って走って来たんだから。
今ドクターとしてするべきは、ベッドの上のあなたに縋りついて泣き崩れることじゃない。

懐から髪紐を出して唇に挟む。
両手できっちり髪の毛を上げて、その髪紐でぎゅっとまとめる。
次に台の上の綺麗な布を一枚取って、マスク代わりに鼻から下を覆って、後ろで縛って固定する。
そしてソープを取り上げて、両手によくなすりつける。
指を1本ずつよく洗って、次に手のひら、そして手の甲、手首から肘まで。
両手の指を組み合わせて、それぞれの指の間までこする。
最後に手のひらにツメを立てて、その中まで泡でしっかりと。
そこまでしてから洗面器の中で十分にすすぐ。準備OK。
洗面器から離れた途端、薬員さんが泡で汚れた水の入った器を抱えてすぐに部屋を出て行った。

「状況は?」
「傷はほぼありません」
キム先生に聞きながらあなたの顔に頬を寄せる。
抱きしめるためじゃなくて、呼吸を感じる為に。

頬をなでる温かいあなたの息。懐かしいリズム。
深い。呼気量も吸気量も、十分にしっかりある。
いつでも寝ている時に私が感じてる寝息のまま。

次に顔色を確かめる。私が覚えているあなたの顔色と変わらない。
その肌を確かめる。三日三晩寝ていたとテマンは言ってたけど、やつれた様子は全くない。
いつも通りの懐かしい、温かいあなたの肌の感触。

そのまま鼻腔を確かめ、次に左右の耳腔を確認する。耳鼻どちらからの髄液の漏れもない。
最後に手首に指を添えて、あなたの鼓動を確かめる。
脈拍も体温も、この指が覚えてるものと何一つ変わらない。

「キャ・・・ロウソク、1本つけて下さい」
真っ昼間の明るい部屋の中では、ロウソクは全部消されている。
瞳孔反射を確かめたくてお願いすると、キム先生がすぐに手近なロウソクに火をつけて持って来てくれた。

それを左手に握って、まずあなたの右目の瞼を右手で開く。
ロウソクの灯を近づけると、瞳孔は正常に収縮した。
近付けて、そして離して、角度を変えても収縮反応は異常なし。

ベッドの足許を回って逆サイドまで歩いて、左目の反応を見ても全く同じ。
しっかりと収縮する。収縮域も4㎜の正常範囲内。

呼吸正常。体温正常。心拍正常。瞳孔反射正常。
延髄、脳幹梗塞、脳内出血の可能性はこれでほぼ消えた。
「キム先生」
「はい」

ようやく初見の視診を終えて、出窓の横にじっと立っていたキム先生を振り返る。
「外傷は?どこ?」
キム先生は頷いてベッドサイドに歩いて来ると、あなたを包んでるブランケットをそっとはがした。
そしてあなたが着てる麻の上着の前袷を静かに開く。

一番最初に目に入るのは、あの時私が刺してしまった創部痕。
それより深い傷は一切見当たらない。
1つ目立つのは肩にある、大人の手のひらサイズの内出血。その上から清潔な布が当ててある。

外見上の内出血部は黄色化して、順調に吸収されてるのが分かる。
タイミング的にも符合する。もしこの内出血がこの人が眠り始めた4日前に出来たとすれば。
どれほど強力な打撲を負ってても4日目に黄色化しているのは正常。
「この内出血だけ?」

尋ねながら肩に当ててある布を指先で静かにめくる。
その下には本当にうっすらとした、線状のかすり傷。
創傷内を確認するほど深さもない。ほんの数ミリ、表皮を削った程度の切創。

この傷でもし病院に来たとしても縫合なんてしない。
圧迫止血だけで充分だし、後は自然治癒を待つだけ。
それとも受傷後4日で、ここまで肉が上がったんだろうか?
「受傷時の状況は?」
「相当な人数で揉みあったようです。何しろ敵が素人らしく」
「敵が、シロウト?」
「ええ。詳しくは後々迂達赤隊長からお話があるでしょうが」

意味がさっぱり分からない。
首を傾げた私と、何か説明しようとしたのか口を開きかけたキム先生の背後、ドアが小さくノックされる。

扉横の薬員さんが開けると息を切らしたテマンがそこに立って、黙ったまま私のピンクのポジャギを両手で上げた。

 

 

 

 

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