2016再開祭 | 桑弧蓬矢・参

 

 

二人きりなら何も考えるな、ただ黙って寄り掛かっていれば良い。
願う心を知らぬ気にあなたは呟くと、背から廻す俺の両腕に手を掛けてご自身に巻き直し、胸に身を擦り寄せた。

まるで御自身の不安を鎮めるように隙間なく俺に貼りついて
「ただでさえ出産後にはホルモンバランスが崩れたり、育児疲れや産後鬱になりやすいけど。
媽媽は几帳面な方だし、悲しい思いもしていらっしゃるから、防衛本能かも」

声の意味は殆ど判らない。ただ確かに判ったのは一言。
「防衛・・・」
「そう。自分が側を離れて何か起きたらって、心配で怖いのかも」
「ならば尚更、一刻も早く信用のおける者を」
「そうなのよね。産後の肥立ちって言うけど、媽媽がどんなにお若くても、出産直後で無理するのは良くないわ」
「イムジャから説得を」
「あのね、してるのよ、実は」
意外な声に改めて瞳を覗き込めば、あなたは困り果てたよう柳眉を下げた。

「1人で頑張らなくて良い時がありますって。誰かに甘えられる時は甘えてお体を労わって下さいって、何回も」
「・・・お聞き届け頂けぬのですか」
王妃媽媽がこの方の助言を拒むなど。
思わぬ声に尋ねると、膝の中のあなたは落胆の色を浮かべて首を振る。
「うん。全く聞いてもらえないの。こんな媽媽は初めて」

姉代わりとも慕って下さり、その天界の医術に絶対の信を置かれているこの方ですら説得が無理なら、一体誰に成し得るのか。
暗澹たる思いで膝の中の温かく小さな体を慰めるように抱き締めて、柔らかな髪に頬を擽られながら太い息を吐いた秋の夜。

厭な予想は的中した。

それ以来王妃媽媽は、畏れ多くも王様御自らの御説得にすら、御首を横に振り続けた。
その後今日まで、ほぼ一年も。
この方が、叔母上が、俺達がそして事もあろうに王様までもが日参し、頭を下げてお願いしようとも。
王妃媽媽の御首が縦に振られる事は、今日まで唯一度としてなかった。

季節は巡り、無為のままに過ぎた秋、そして冬。

お強い韵様が冬の寒さに負けず、軽い風邪すらお召しにならなかったのが救いだとあなたは言った。
もしも風邪でも召されれば、御自身の御体の調子も優れぬ王妃媽媽がお倒れになったであろうと。

長く心配な冬が行き、春が過ぎて訪れたこの夏。

直に初度の日をお迎えになる今日まで、東宮殿の尚宮は選ばれても肝心の東宮内官と保母尚宮は空席のまま。
流石に重臣らからも不安と不満の声が上がっている。

国の根幹を担う嗣の韵様なれば、昭鑑録を始めとし帝王学を学ばれるのに遅きはあっても早いはない。
そして側に従く内官は今後、韵様にとってその御生涯の臣下となる。
宮中の人事に疎くとも、王様と内官長との御二人を見ていれば判る。
保母尚宮とて同様だ。叔母上と王様の今のご様子を見ていても判る。

その重席を二つともに空白のままにしておくなど、かつて無き大事。
普段は反目しがちな重臣だが、此度だけはその気持ちが理解出来る。
肚裡に計算があるにしろ無いにしろ、韵様の行く末を慮る心は同様。

だからこそ、この後に余計な禍根や口実を残さぬ為にも。
王様と韵様二代の御代を盤石とする為にも、王妃媽媽にはお志を曲げて頂く必要がある。
それは今、この東宮殿に集う全員が同じ心境だろう。
韵様の将来の為、王様の御為、何より王妃媽媽御自身の御快癒の為。

その韵様がお泣きになられ、髪の先まで濡れているのが気に掛かる。
叔母上に眸で伝えると、すぐにその手には清潔な絹布が用意された。
渡された絹布を流れるような汗を浮かべた、この片手で包み込める程小さな玉顔に当てた時。
「・・・医仙」

呼んだ声にあの方が王妃媽媽の横で顔を上げた。
「なに?」
それには答えず、燃える程火照る韵様に握られた手をそっと離そうとして気付き、紅葉のような赤く小さな手を見る。
御生まれになってより幾度となくこの指先を握って下さる小さな手に、真赤な発疹が二つ、いや三つ。
先刻までは無かった筈だ。これ程に紅い発疹、有れば必ず気付く。
「医仙!」

もう一度呼ぶとあの方は王妃媽媽の横を離れ、俺の許へと駆け寄った。
「これは何ですか」
紅葉の掌の水疱を、駆け寄ったこの方の見えるように示す。

火照るように熱い体ではあるが、特にご機嫌が悪いという訳ではない。
韵様は慌てふためく俺と、横のこの方をじっと見る。
この方は韵様の額に手を当てその目をじっと見て、にこりと笑って見せる。
韵様がつられたように笑い返すと
「ヨンア、ちょっとこっちに来て?」

あなたは俺よりも寧ろ王妃媽媽を安心させるようゆっくり言うと、韵様を抱く俺ごと、東宮殿の窓脇まで連れて行く。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    龍の咆哮二度読みして参りました。改めて泣けました(´_`。)
    お話し戻してくださって本当に嬉しいです(全部ではなくとも)
    確かにですねー頑なにも見える王妃媽媽の思い・・・龍の咆哮から続けて読むと、媽媽の愛や恐怖(失いたくない)が手に取るように伝わります。
    王様にウンスとヨン、チェ尚宮様、今は差し伸べる手を払う媽媽ですが、どうか温かく優しく救ってあげてください
    って・・サラン様によろしくお願い致します!ですね(笑)

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