2016再開祭 | Advent Calendar・12

 

 

一夜明けた窓の外は相変わらず、遠慮ない雪が降り続く。

子供の頃からそうだった。雪が降ると無性に気持ちが浮き立った。
ここにいるべきではないと思った。
ここではないどこかへ走って何かを、いや、誰かを探したかった。

ただ今日の雪では、そんな気分にはならない。
世界はうんと小さく狭くなり、俺と彼女をこの部屋に閉じ込める。
その閉塞感が妙に心地良い。いっそ止まなければ良いと思う程。

全ての音を吸い込んで、まるで世界には向かい合うこの部屋しか存在しないような気分になる。
「テウさん」
朝食のテーブルで向かい合うクォン・ユジが、コーヒーの湯気の向こうから呼んだ。
「私、昨日の夜、すごく・・・」
「何ですか」

途中で黙ったクォン・ユジに視線を当てると、彼女は不思議そうに部屋の中を見渡した。
そして気分を切り替えるように
「すごく、よく眠れました。とっても久し振りに」

それが本当かどうかは声音では判断できない。しかしそう言うと、彼女は笑って見せた。
部屋の暖かさに曇る窓の向こう、しんしんと降り積もっていく雪。

ヒョナの時。ウンスの時。俺達は一緒に雪を見た事はあったか?

ヒョナとの時には見た記憶がある。けれど最後の暗い裏道の赤い雨が、全ての記憶を塗り替えてしまった。
そしてウンス。4年一緒に過ごした。懸命に互いに時間を作ろうと努力はした。
だが一緒に雪を見た事はあっただろうか。どれ程思い出そうとしても、思い出せない。
最後の白い朝、あれは雪ではなかった。明け方の上る朝陽。
あの強烈な白い光が、2人の思い出を全て白く染めている。

そんな取り止めもない方向へ流れて行きそうな意識を押し留め、目の前のクォン・ユジに全神経を集中させる。
「それは良かった」
「テウさんはよく眠れましたか?」
「・・・ええ」

濃いコーヒーを飲みながら、小さな嘘を吐く。
妙な時間に仮眠を取ったせいか、それとも別の仮説を立てたせいか。眠りは浅く、そして短かかった。
ガードに付いておきながら、夜中に前後不覚に眠っているのでは話にならないから構わないが。
招かれざる客が来訪しない限り、昼に仮眠を取れば良い事だ。

もう一度、今日の予定を頭の中で整理する。クォン・ユジを匿う以上、手や目は多いに越した事はない。
心理的に最も頼れるのは先輩。しかし警察内での立場を悪くする訳にはいかない。
次善の策は国情院。敵か味方か、現時点では判らなくとも。
ましてもしも正体不明の来訪者が青瓦台からで、仮説通り彼女を守っているとすれば、話を通して損はない。
「クォン・ユジさん」
「はい、テウさん」
「今日何か、特別な予定はありますか」

唐突な問いにも、クォン・ユジは穏やかに首を振る。
「何もありません。テウさんは?」
「では、一箇所お付き合い頂きたい場所があります」
「もちろんです。テウさんが連れてって下さるなら。お邪魔じゃないですか?どこですか?」

この賭けに勝つか負けるか。身内だと侮れるような甘い相手ではない。
しかしいずれにしろ隠しておくより、こちらの手の内を明かした方が動向は見極めやすい。
「瑞草区に」
「ソチョですか?」
「国家情報院本部まで、ご一緒頂けますか」

思いもよらなかったろう場所の名に、クォン・ユジが目を瞠る。
怯えさせたのだろうかとその顔を確かめる俺に向かい、
「私みたいな一般人でも入れるんですか?見学できますか?」

・・・そこなのか。彼女のリアクションは常に俺の予想の範囲外だ。
「限られたエリアは。見学は無理です」
そう言うと彼女は素直に頷いて
「テウさんと一緒なら、楽しみです!」
とだけ、明るく言った。

 

*****

 

「第二次長にお会いしたいのですが」

国情院国内部門 第二次長。俺の所属する部門とは違う。簡単に会える人ではない事はよく理解している。
クォン・ユジを伴って本部を訪れ、厳重なセキュリティ・チェックをくぐる。
顔見知りの保安室長が出て来たところで、彼は
「キム事務官。こちらは?」
彼女が提出した身分証明書を眺め、俺の提出した来訪ファイルを確認しながら問いかけた。

「青瓦台の総務秘書官室所属の、元契約職社員の方です」
まずは上司の書記官に願い出る。
書記官から副理事官、理事官に辿り着くまでにどの程度の時間がかかるのか。
現在の状況、クォン・ユジの握る情報の重さ、青瓦台と国情院との連携、来訪者が誰なのかによって事態は変わる。
今はまだ全てが不透明。

「事務官は昨日から来年1月7日までの休暇届が受理されているが」
「はい。今日は彼女の件で伺いました。まず書記官にお会いしに」
「連絡を取ってみましょう」

それ以上余計な言葉もなく、保安室長は分厚い鉄扉の向こうへと入っていった。
最初の関門すら通過できず、クォン・ユジは閑散とした人気のない廊下で、詰めていた息を吐き出した。
「青瓦台もすごかったですけど・・・ここもすごいですね」
確かに青瓦台は過剰に排他的過ぎても、逆に批判の的になる。
開かれた政治を印象づける為にも、ある部分でウェルカムな印象操作は必要になるだろう。

国情院は全く異なる。取り扱う情報は全て国家機密情報や国内外保安情報。
内乱罪、外乱罪、外為罪、暗号不正使用や軍事機密、トップクラスの犯罪捜査情報。
部門も海外、国内、そして北に特化した三部門に分かれている。
どこからの搦め手で行くか。
まず自分の所属する部門の直属上司、書記官に相談するのが手っ取り早いだろうとの判断で、その名を上げたが。

保安室長が再び鉄扉を開けて答を返すのを待ちジリジリと過ごす俺の耳に、廊下を向かって来る足音が響く。
反射的に足音へ振り向くと、保安室長に伝えた書記官その人が急ぎ足で廊下を歩いて来るところだった。
「キム事務官」
「書記官」
「詳しい話は部屋で聞こう。来たまえ」

それだけ言うと書記官はそのまま、今来たばかりの廊下を戻って行く。
後戻りは出来ない。俺はクォン・ユジを促すと書記官の背を追って歩き出した。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です