2016再開祭 | 夏茱萸・結篇【 ヨン 】

 

 

「気持ちいい!」
緑の木々、遠目にも夏の光を反射しく輝く水面。
山を抜ける高い声にも、振り向く者は誰一人居らん。
背を振り向いたあなたの笑顔に俺は気分良く頷いた。

「最初は、どうしてって思ったけどね」
典医寺の裏手、滝殿を配した山中に、あなたの声だけが大きく響く。
「まさかこんな近くで水遊びなんて思わなかった。もっとうんと遠出するのかって思ってたわ」
「申し訳なく」
「忙しいのね?」
「・・・はい」

川沿いの碧瀾渡、鉄打ちに必須の豊かな水を湛える巴巽、南に下りて松都でも南浦でも。
行ける事ならば連れて行ってやりたかった。
この方に不安を抱かせぬ為の無言、そしてこの方が知る必要のない、唯一つの隠し事。

今こうして平時なのが奇跡だ。北の元、南の倭寇、高麗は常に敵の気配に囲まれている。
南の守護の赤月隊を失くし元との国交を正式に断った今、何方も一触即発の気配が濃い。

今夏は共に笑いあえても、次の夏は無理かもしれん。
それどころか今日笑いあえても、明日には判らない。
一瞬一瞬全てが大切だ。明るく笑うあなたを瞼に焼き付けたい。

北の戦が止むのは深雪の厳冬の間。
南の戦が止むのは颱風に見舞われる晩夏。
それ以外は何時戦の火蓋が切って落とされようと不思議はない。

備えられるだけの備えを。鍛えられるだけの鍛えを。
練られるだけの戦法を。そして取れるだけの繋ぎを。
碧瀾渡へ出るなら、ムソンの火薬の進み具合を確かめる時。
巴巽へ出るなら、女鍛冶の新しい武器と防具を確かめる時。
生憎此度は、何方からも色好い返答は戻らなかった。それを口実に遠出を申し出るわけにもいかん。

そしてもう一つ。
此処であれば鬼剣を岩の上に手放し共に水を浴びようと、この方を襲う者は居らん。
この方が多少肌を晒そうと、好奇の視線を投げるような不届き者も。

近場で済ませたと機嫌を損ねるかと思ったが、この方は機嫌良く
「ここで十分よ。こんな近くに水遊びできる場所があるんだから、毎週でも来れるでしょ?」
そう言ってやおら纏うた夏衣の胸紐に手を伸ばした。
「・・・イムジャ!!」

幾ら人目がないからと、まさかこの場で素裸になるつもりか。
慌てて結び直そうとしたこの指が届く前に、この方の白い夏衣が細い両肩から落ちる。
そして続く衣擦れの音。恐らく下衣も脱いでいるに違いない。
周囲が無人だからとは言え、目の前には俺がいる。
女人として恥じらいはないのか。それならあの布切れを纏われた方がまだましだった。
少なくとも覆い隠すべき処は辛うじて隠れていた。

顔を背け硬く目を瞑った俺の耳に、可笑し気な忍び笑いが届く。
「じゃじゃーん!今年の新作よ、見て、可愛いでしょ!」

新、作。

その声に薄く眸を開き、隙間から衣を脱いだこの方を確かめる。
あの夜に探し出し、切り裂いて燃やした布切れとは違う。
あれはもっと布が少なかった。下手な裸体よりも煽情的だった。
此度この方が真白な素肌に纏う衣は、あの時のびきによりほんの僅か布が多い。

以前は細い紐で首から吊るし、膨らみを覆っていただけの胸当て。此度は丈が胸と腰の括れの中間まである。
下衣は相変わらず太腿の付け根も剥き出しの短さだが、此方の気分も上衣の丈の分だけほんの少し楽になる。
仕立ての所為か、それとも朝夕の散歩の効果か。
両掌で掴める程に細い括れに手を当て、この方は得意げに笑う。
「ヨンアは去年のビキニ、本当に嫌いそうだったし。それで私も反省したの」

珍しく殊勝な声に俺がすかさず頸が捥げるほど深く頷くと
「あのビキニはさすがに早すぎたわ。高麗時代には無理。これくらいなら商品化しても売れそうじゃない?
実際に繍房で縫ってくれたオンニたちからも、これなら着られそうって大好評だったのよ!」
「・・・故に仕立て直したのですか」
「うん、そうよ。去年のはビキニだけど、今年はタンキニにしてみたの。どうどう?気に入った?」

成程。昨夜の告白にこの方が動じなかった理由が痛い程判った。
仕立て直した衣、これがあったからだ。
黙って既に手に入れていたから、びきにを燃したと告げても平然としていた訳か。

おまけに俺の為だとはおっしゃても、今その口で言ったろう。売れなさそうだと。
つまり今後このたんきにとやらで、一儲けまで考えての策だった。
「・・・俺に黙って」
「え?」
「相談もせず新たな物を」
「気に入ってくれたんじゃないの?!だって見てよほら、去年より長いわ!
それに、ビキニ捨てちゃったって言ったじゃない!これがなかったら、あなただって困ったでしょ?!」

燃やした。それを戦勝旗の如く振り翳されれば、此方も黙らざるを得ん。
腹立ち紛れに俺は衣を脱ぎもせず、無断でこの方を掬い抱く。
膝下に入れた腕に邪魔され俺を蹴る事も出来ずに、この方は腕の中で大仰に身を捩らせた。
「やーだー!!離してってば!!」

毎夜膝に抱いていて気付いた。余りにも軽過ぎる。
柔らかく温かかく俺の物である筈のその体は、いつの間にか肘や手首に不如意に触れれば折れるのではと、怖くなる程に細かった。
この衣を新調すると決めたのと、俺の大切な体を痛めつけてでも飯を控えようと決めたのと、一体何方が先だったのか。

炎天の下典医寺の裏道を上がり切り、こうして抱いた軽い体は熱を帯び汗を浮かべている。
いきなり冷たい滝に放り込んでは、心の臓に悪かろう。
岩から水に投げ込むのだけは思い留まり、一先ずそのまま滝壺へ進む。

最初の一歩の水の温みを確かめ、そこからは少し歩を緩める。
抱えていた体の一番水面に近い腰が水に触れた処でこの方は動きを止め、大人しく俺の首に手を廻した。
大丈夫かと眸で確かめると、
「もっと深いとこまで!」

まるで凱旋の上将軍のように、腕の中から偉そうな号令が飛ぶ。
しかしすぐに思い直したか
「あ!ダメ!まずはヨンアも服を脱がないと!」

一々細かい上将軍に呆れた息を吐き、水に馴染んだ軽い体から前触れなく腕を離す。
両腕を首に廻していたこの方は支えを失くし、声にならぬ悲鳴と共に水中へ沈んだ。

いつまでも甘く見るのが悪い。いい加減憶えた方が良いのだ。
あなたの総てを許す。そして溶ける程に甘やかしてやりたい。
だが俺の物である体を勝手に苛める事と、その肌を許しなく晒す事だけは許さない。絶対に。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です