【 石蕗 】
立寄った店。
入口から席までの細い通路を歩きながら、火鉢の中の黒い炭の欠片を何気ない顔で拾い上げる。
手の平の中に握り込む炭が、キシキシ乾いた音を上げる。
慌ただしい食事を終えて立ち上がり、男達が一足先に出て行く。
最後に席を立った私は祈りをこめて大切なイタズラ書きを残す。
「お客さん、壁に悪戯書きは困ります」
「徳成府院君が来たお墨付きよ。無事でいたいなら消さないことね」
慌てて飛んで来た店員さんに無表情に言い捨てる。
店員さんは途端に顔を引きつらせ、お愛想笑いで頷いた。
ごめんなさい、でも消さないで。
私のあの人にこの声が届くまで。
そのまま店を出て行く私に、店員さんは頭を下げたままだった。
*****
立寄った店。
入口から席までの細い通路を何気ない顔で歩きつつ、目塞ぎの格子越しの様子を一瞥する。
紅い髪は見当たらん。それでも周囲をひと巡り確かめる。
踵を返し出て行こうとした刹那、壁の文字が眸に入る。
この天界の文字を知る方がこの世に二人といる訳が無い。
あの方が見せた幾つもの文字の中、確かに似たものを見た。
残されたその文字を指先で辿る。黒い炭の粉が指先に付く。
遠くはない。まだ近くにいる筈だ。
残してからそれ程は経っていない。
そのまま店を駆け出る俺を、店員は不審な顔で眺めていた。
呼んでいる。
あなたに届くように祈って、心の底からあなたへ呼びかける。
走り抜ける馬車の外、流れて行く景色を見つめて。
追い駆ける。
心の命じる先、必ずあなたが居る。あの声に呼ばれている。
空を抜け風に乗り、耳に届く大切な懐かしい声。
早く来て。私はここであなたを待ってる。
大丈夫だ、此処に居る。救い出してやる。
*****
「何でも買ってくれるって言った!」
晴れ渡る皇庭を横切りながら駄々を捏ねる声に、不思議に思う。
これが本当に生死の瀬戸際に立った方なのか。
一歩踏み外せば暗闇に呑まれるような毒に蝕ばまれているのか。
小さな手を握っても、まだ其処に熱さはない。
ただ何もかもを包み込む温かさがあるだけだ。
俺の方が熱い。そして凍る程冷えている。
その熱さはあなたへの想い。
凍るのはその日を数える心。
熱が出る前に出来る事を何でもしたい。
どんな我儘も全て聞き届けてやりたい。
何が起きても最後まで護ってやりたい。
「言ったわよね、ね、隊長」
「・・・はい」
確かに言った。早々に役目を終え次第買い物へと。
その声通りに早々に終え、開京の町へ出るのは良い。
奇轍はまだいる。あの手下どもも。
何が変わったのかと問われれば、変わっていないと答えるしかない。
この心以外には。
隠す事も出来ずに溢れ、止めようとしても眸が追い駆ける。
手を握っていなければ、熱のない事を確かめなければ、心配過ぎて叫び出しそうになる。
買い物にでも、地の涯にでも。行きたいならば何処までも。
俺がついて行けるなら。そして護ってやれるなら。
手の震えは治まらない。けれど心配させたくはない。
あなたは解毒薬を見つけねばならん。失くした侍医の薬の分まで。
「御所望は」
尋ねる俺に、この方は空を見上げて暫し黙る。
「服」
衣の事かと頷けば
「・・・靴?」
沓か、歩くのが苦手な方だからそれも良い。
「それとも、アクセサリー・・・」
天界の言の葉だろう。敢えて深く訊かずにおく。
「うーん。決められない」
皇庭の端、正面の大門までもう少しの処で足を止め、あなたが首を捻る。
あなたになら何でも買うてやりたい。それで少しでも気鬱が晴れるなら。
「・・・市にてお決め下さい」
「はい、隊長!」
本当に嬉しいのだろう。久々に見る心からの笑みにこの眸も緩む。
それが見つからぬよう顔を背け、再び歩き出すこの方の横に付く。
刺客の身元は判らない。奇轍が差し向けたであろうとは判っても、それを明かす確たる証拠がない。
いつ再び襲撃に遭うかも判らない。その時震える手で鬼剣を握り、この方を何処まで護れるのかも。
それでもあなたを失うよりは、この手を失う方が我慢できる。
耳の中、アン・ジェの声が蘇る。
─── ムン・チフ殿が親父に言っていた。剣が重いと。両手でも、持てぬ事があると。
俺もその時か。剣が重いか。あの頃の師父、隊長のように。
それでもこの方と共に居る時襲撃に遭えば、迷わずに斬る。
どれ程背負う命が増えようと、この方に替えられる命などない。

ウンスがどれほどヨンに想われ、そして自分がヨンをどれだけ愛しているかを
再確認するお話が読みたいです。
できれば4年前の設定で・・・最後には2人が過ごす最後の夜に繋がればいいなぁ、と。
リクエスト内容まで今更のもので申し訳ありません。
どうぞよろしくお願いいたします。(りえるさま)
SECRET: 0
PASS:
この頃 口には出さないけど
もう気持ちは通じ合ってるものね
とにかく 解毒が先だから~
それでも ウンスと一緒に
ウンスを喜ばせたい 一生懸命よね~
ウンスも おねだりするようで
一緒に居たいのよね~ ヨンと♥