2016 再開祭 | 春夜喜雨・廿柒

 

 

「ああ、迂達赤隊長も。お久しぶりですだ」
「ご無沙汰しています」
丁寧に頭を下げたチュンソクに笑いかけると鍛冶が尋ねた。
「武器の確認にいらしたですか」
「ええ。王様からも王命が。大層お喜びで、一刻も早く確かめて戻れとの事でした」

チュンソクの声に鍛冶は工房の入口をくぐりつつ、誇らし気に頷いた。
「そいではまず先にそっちの確認を。いいですだか、医仙」
「もちろんですよ!私は大人しく待ってます」

通された工房の作業場で、がんがんと鉄を打つ音に交じって響く声。
俺もチュンソクも、それどころか鍛冶も門番も、セイルも村長までもが皆一様に小さく首を捻る。
この方が大人しく待っている処など、未だかつて見た事が無い。
肚を読むまでも無く、どの顔にもそう書いてある。

盛んに首を捻りつつ作業場を通り抜け階を昇る俺達に、作業を続ける鍛冶職人が不思議そうな目で頭を下げた。

 

*****

 

「これですだ」

通された工房の二階。
階下の鉄打ちの熱の籠る部屋の中央、置かれた木型に掛けられた鎧。
そしてその脇に立て掛けられた矢。

窓からの晴れ間の広がる明るい部屋内。
鍛冶はまず矢を一本抜くと、その鏃を俺とチュンソクへ示す。
「これが新しい鎧と、矢ですか」
チュンソクが進み出て、その二品をじっくり眺める。

「まずご希望だった飛距離を考えたですよ。狙いの上手下手は鍛錬で。
雨や波飛沫に強くするなら、矢羽は水鳥のものがいいんですだよ。
矢柄は麦粒。これが一番飛びますだ。そして肝心の鏃ですだが」

俺とチュンソクを見比べた後、鍛冶はその鏃を再び指した。
「倭寇に鎖帷子は少ないはずですだ。そもそも海で鎖帷子なんぞ、水へ落ちちまえば泳げません。そうですな、大護軍」
「ああ」
「遠方の敵に矢を当てるなら遠矢。確実に倒すなら重矢。
この二つに悩みに悩んだんですだ。あっちが立てばこっちが立たん」

そう言うと鍛冶は嬉し気に部屋の隅へ行き、もう一本の矢を取り上げ大切そうに持って来た。
「だから、二本使えばいいんですだよ。遠矢と重矢と」

持って来た矢を最初の矢に並べ、その鏃を示す鍛冶の声。
俺とチュンソクは並んでそれを確かめる。
先の一つは先細りの、鋭く小さな鏃。
後のものは幅広で刃のある、大きめの鏃。
「わざわざ二種、作り直したのか」
眸を瞠る俺に、鍛冶は頷いた。

「射手を分けるなり、一人で矢筒を変えて二矢背負うなり。最初から鏃を分けちまえばよかったんですだよ。
そうすりゃ海でも陸でも使えますだ」
「一種では足りなかったという事か」
「そのかわり射手はどっちも慣れなきゃいかんですだよ。重さも重心も違う」

そう言って鍛冶は指を一本出すと、最初の矢を指の腹に乗せて均衡を取る。
矢は鏃まで六分ほど進んだところでふらつきを止め、指の上に静かに留まった。
「こっちはここですだが」

鍛冶は次に指の上の矢を、後のものに変える。
その矢は先程のところでは全く留まらず、鏃まで三分まで進んでようやく留まった。
「これくらい、鏃の重さが違うって事ですだ。射手の腕の良し悪しで矢の生き死にも決まるんですだよ」
「だから最初に言ったのか」

鍛冶の言葉を思い出しつつ、指上の矢を眺める。
狙いの上手下手は鍛錬で。
「そりゃそうですだ。命懸けで鉄を打っとりますですよ。兵の皆さんも真剣に射って欲しいもんですだよ」
「そうだな」
その声に俺も、チュンソクもセイルも頷く。

「戻れば開京で試し射ってみます」
チュンソクが鍛冶に伝え、頭を下げる。
「鍛冶殿。鏃もですが、矢羽が」
「ああ、全て三枚羽にしたんですだよ」

鍛冶は事もなげに言うと、握ったままの矢を示す。
「今まで三枚羽をまともに飛ばせるもんは多くなかった。全当出来るもんはもっと少ない。
大護軍以外は滅多におらんでしょう。それでもこれしかないですだよ」
「そうか」
「四枚羽は飛びます。飛びますが、当たった時が弱いんですだ。
三枚羽は飛ばすのが難しくなりますが、当たった時が強烈ですだよ。
だから三枚羽に合う鏃を作りましたですだ。いいですかよ、鏃は重くなっとります。矢羽は減っとります。
矢の種類は増えとります。それでもこれが、今作れる高麗の最高の矢ですだよ」
「確かにな」

俺が鍛冶に頷くと、チュンソクがその口を引き結ぶ。
「チンドンに試させましょう。弓上手と言えば奴です」
「・・・いや。チンドンは止めろ」
首を振ると、チュンソクは予想外だと言うように戸惑った目を返す。
「では誰に」
「新入りだな。キュファンにやらせろ」
「最も射矢が苦手な奴ですが」
「だからだ。変な癖がついていない。奴が当てられるようになれば」
「・・・誰でも射れますか」
「おう」

チュンソクは頷くと、二本の矢を目の高さへ上げて見比べた。
「まともに飛ぶまで、どれ程掛かるか」
「それでもやらせろ」
「迂達赤への入隊を、悔いる事になるかもしれません」
「それで悔いるなら遅かれ早かれ悔いる」
「そうですね」

そして諦めたように、半ば気の毒そうに此方を見遣る。
「また全員がまともに射れるようになるまでの間、大護軍が鍛錬をつけるのですか」
黙って頷く俺に、奴が遠慮がちに唸る。
「しかし禁軍も官軍も、国境隊も居ります」
「迂達赤で射れる奴が増えれば、鍛錬の手分けが出来る」
「死ぬ気でやらせます!」

真面目な顔で即答するチュンソクを睨むと、奴は慌てて改めた。
「・・・死なぬ程度に、やらせます」
頷く俺を可笑しそうに見ながら、鍛冶が横から口を挟んだ。
「まだまだ。次は鎧が待っとりますよ、大護軍」

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です