あなたは足音もたてずに廊下を戻って来るのに、どうしてこんなにすぐに分かるんだろう。
心配そうな顔で居間の影から覗き込む視線に、そこにいるみんなの誰より先に気付いてしまう。
そこから見える、開いた扉の外。あなたの肩越しの庭はもう大みそかの夜。
昼の陽射しと交代した冷たい空気が、夜の空まで凍らせる。
すっかり葉が散った薬木。次の春に向けて寝静まる薬草。
木守です、ってあなたが教えてくれたてっぺんの幾つかの実を残して収穫を終えた柿の木。
赤い寒椿だけが雪の中で咲いている。
並ぶ木の枝に乗っている白い雪。軒先から伸びるツララ。
ソウルも寒かったけど、こんな立派なツララは高麗に来て初めて見た。
凍った空に昇った月。ダイアモンドみたいに輝く星。
どんなに高価な宝石よりも、ずっときれいな景色を見られるうちの庭。
あなたが私のワガママを聞いて、ひとつずつ揃えてくれた。
コムさんと庭を掘って。欲しい薬木を手を尽くして探して。
心配症な私を知ってるあなただから。
何があってもすぐに対応したい弱虫な私が、準備しておきたいのを分かってくれてるから。
なのにこんな小さな切り傷1つでそんな泣きそうな顔しないで。
自分は好き勝手にあちこちケガしても、平気な顔してるくせに。
怒る私に呆れたみたいに溜息をつくくせに。
私の時だけそんな不安そうな目で見ないで。
「ヨンア」
私が声を掛けるとあなたは近くにいたコムさんに瓶を渡して、扉からするりと消えちゃう。
追い駆けようと腰を上げると、その私の手を叔母様が握る。
もうすっかり血も止まって、小さな創傷だけが残った左手を。
「奴が持って来た。形だけでもつけておけば安堵する」
コムさんが叔母様に手渡したのは猪蹄湯の瓶。
チャン先生の調合で、ずっと典医寺で使っている消毒薬。
何も知らない顔をして、こうして必要な薬を持って来てくれる。
そんなあなたがいるから、私は絶対大ケガなんてしない。
もしも命に関わるケガをしたって、あなたがいれば必ず治る。
怖がらないで。心配しないで。
あなたの泣きそうな顔を見ると、ケガの治りが遅くなりそう。
だって傷じゃなくて、心の方がずっと痛いから。
傷を押さえてた布をゆっくり外して、小さな創傷を確かめて。
「・・・あ?」
思わず上げた声に、部屋中のみんなが不思議そうな顔をした。
*****
「旦那、俺達帰るわ」
雪の庭に立つ俺に近付いてきた一行の先頭のチホが駆け寄り、月闇に白い息を吐いて言った。
「・・・ああ」
「明日、改めてみんなで来る。何が足りないかも確かめたからさ」
後から駆け寄ったシウルが、凍る夜気に耳を赤くして笑う。
「構うな」
「言うと思ったよ!こっちの好き勝手にさせてもらうさ」
その後からやって来たマンボが呆れたように吐き捨てて月を見上げ、
「まあ明日は晴れる。恐ろしく寒いだろうけどねえ。早めに来るよ。
どうせ天女の事だ、あんたの周りの奴らを山ほど呼んでるんだろ」
訳知り顔にそう言って、首を振って門を出て行く。
「いい加減中へ戻れ。風邪をひく」
最後に寄った叔母上が、険しい顔で俺を睨む。
「お前の嚏一つで、大騒ぎする女子が居ろうが」
「・・・ああ」
そうだ。どれ程己を責めようと、責め切る事すら出来ん。
寒さの中で突立っていれば、俺よりも心を痛める方が居る。
命を懸け心から護りたい者が出来るとはそういう事だった。
悲しくとも笑わねばならず、怒りに任せ怒鳴る事も出来ん。
「お主らは、本当に」
叔母上はそれ以上の言葉も無いか、ただ大きな息を吐き門へと歩く。
「明日の宴は幾らでも手がある。ウンスが心配なら錠前を掛けて寝屋の奥にでも仕舞いこめ」
冗談なのか、それとも本気か。
其方とも判らぬ声で残すと、その背が門から消えて行く。
並んで全員の背を見送ったタウンが最後に叔母上へと深く頭を下げ、その姿が完全に外の闇に溶けてから、門内へ戻って来る。
コムはタウンに頷くと大きな手で重い門扉をゆっくりと閉じ、最後に太い閂を掛ける。
そしてそれぞれ俺に一礼すると、離れへの雪道を並んで辿って行く。
見上げる黒い空。煌々と輝く冬の孤月。撒かれた銀の冬の星々。
雪は落ちて来ない。落ちて来ればそれを名分に、宅へ戻るのに。
「ヨンア?」
いつまでも愚図愚図している俺に、愛おしい声が呼び掛ける。
「寒いでしょ、もう戻ろう?」
「・・・はい」
それでも振り向く事が出来ずにいれば、小さな足音が雪を踏んで近寄って来る。
この方はいつでも温めてくれる。心も、体も、俺の全てを。
半ば凍った上衣すら厭わず背から抱き締めた細い両腕が、この腹の前できつく交叉する。
月闇の中であろうと絶対に見誤る事は無い。
その切れた左手には包帯どころか、何の布も巻かれていない。
「手当は」
「もちろんしたわよ?あなたが薬持って来てくれたんだもの」
あなたは背に頬を当てたまま、楽し気な笑い声で言う。
笑い事では無いと怒鳴りたいのを必死で宥める俺の前に、小さな体が廻り込む。
そして未だ赤く腫れるその傷ごと、小さな拳を握って示して見せる。
なんて残酷な方だと眸を逸らそうとする俺に
「あああ、違う!見て見て、ここ!」
「見たくない」
「見てってば!」
普段ならばあなたの傷にどれ程怯えるか知っている筈だ。
そんな風に強引に傷痕を見ろとなどは、決して言わない。
怪訝な眸を戻す俺に大きく笑いかけるとこの方はさも満足そうに、その傷跡を右指で指し大きく頷いた。
「いい事教えてあげる」
意気揚々とした得意げな声に眉を寄せる。良い事。
そんな痛々しい傷を得て良い事の意味が判らず、首を捻る俺にあなたは晴れやかに告げた。
「結婚線よ」

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昨年はお話の更新お疲れ様でしたm(__)m
お正月はさらんさんのお話を読み返しながらの寝正月♪
幸せ~(///ω///)♪
今年も更新頑張って下さい!!
毎日楽しみに待ってます❤
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さらん様
あけましおめでとうございます♪
大晦日の忙しいときにたくさんお話を更新してくださってありがとうごさいます❤️
紅白よりさらんさんのお話の更新の方がうれしくてうれしくて。今年もさらんさんのお話をたくさん読めるのを楽しみにしています。
今年もよろしくお願い申し上げます。
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あらら ヨンの 二人にしてくれ
オーラが 見えたかしら?
皆帰っちゃった。
結婚線ね (ㅅ´ ˘ `)♡
何本かしら
私は 一本!
明けましておめでとうございます
本年も よろしくおねがいします