春花摘 | 山桜・1

 

 

【 山桜  】

 

 

「朝起きるたびにね」

春闇の中、夢現の柔らかな声が耳を掠める。

「昨日と違うって思うの。楽しみで仕方ない」

腕の中鼻先をこの胸に擦りつけ、それでも眠気に勝てぬのか。
閑な波に呑まれるように、あなたの息が深く温かくなる。

柔らかな絹糸の髪を撫でながら、続く優しい声を待つ。
聳つこの耳を知るあなたは、瞳を閉じたままようやく続ける
「桜がきれいで」
「はい」
「一緒に見られて、うれしい」

口許に笑みを浮かべ言い終えると、安らかな寝息を立て始める。
一人残され、あなたの褒めた夜櫻へ窓越しに眸を投げる。

綺麗なのは。

腕の中へと眸を戻し、眠るあなたをじっと見る。
今あなたがもう一度瞳を開けてくれれば、続く言葉が言えるだろうに。

 

*****

 

「・・・・・・いや」
「イムジャ」

朝陽から逃れるように、小さな手が掛け布団を皺が寄るほど握り締める。
「いーやだってばー」
「遅れます」
「もういい、遅れてもいいから寝かせて」

本当に赤子のようだ。
頭からすっぽり布団をかぶり、その下でむずがるように細い足を振り回して暴れている。
蹴り飛ばされぬように体を避けながら、思わず呆れて息を吐く。

春眠 不覚暁とはよく言った。
そんなこの方の横で寝台から滑り降り、床に落ちた夜着を羽織る。
それでもまだ寝台の上、暴れ回る布団の塊を見下ろす。
遅れて良いと言いながら、遅れれば遅れたで騒ぐのだろう。
「起きて下さい」
「やだ」
「イムジャ」
「お願いだからほっといてよーぉ」

放っておいて。
その禁句に思わず眉根が寄る。
「・・・失敬」
一言断わりむずがる布団の塊ごと、無理矢理この腕に抱える。
「ちょ、ヨンアやめて!」
「動かず」

先刻までとは違う理由で暴れる布団の塊を抱き上げたまま、寝屋の扉を蹴り開ける。
春の香の庭、東空から透明な朝陽が射し始めている。
今日も良い天気になる。
「降ろしてってば!」
「遅れても良いのでしょう」
布団を抱えたままで廊下を歩く。
庭を掃くコムが俺の姿を見つけ、大きく笑って頭を下げる。
「お早うございます、ヨンさん」
「おう」

コムの声がした途端、暴れていた腕の中の布団が動きを止める。
「起きましたか」
「・・・うん」
「放っておきますか」
「絶対ダメ」
「駄々を捏ねませんか」
「・・・分かった、分かったから、部屋に戻って」

布団の下、この方は薄物だけの姿だ。
たとえコムであろうとも他の男の目に晒す気など無い。
「放っておけだけは」
「ごめんってば」

詫びているよりは、放り出されたくないだけのようにも思う。
それでもこの方の細い腕が布団越しに俺を強く抱き締めた。
「寝ぼけてた。ほんとは思ってない」

踵を返し廊下を寝屋へと戻るこの背の後。
櫻木の下で庭を掃くコムの箒の音が、笑っているかように愉し気に春空へ響く。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    さらんさん、おはようございます♪
    朝のじゃれあい❤️
    そして丸窓に昨夜の情事を思わせる様な素敵な構図のちまり( ´艸`)
    これだけでニヤニヤが止まりません(*´罒`*)ニヒヒ♡

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    暖かい春の朝は、お布団から出たくないウンスさんの気持ち
    良~~く分かりますよ(^^;
    ヨンの反撃に笑ってしまいます(笑)
    さらんさん❤
    此度は甘いお話ですかぁ?
    朝からご馳走さまでした❤
    そして、投票結果発表ありがとうございます。
    青赤ヨン&ウンスのお話を
    楽しみにお待ちしてます(^^)

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    ヨンアよ~、朝っぱらから
    見せつけてくれるじゃねえかよお!
    屋敷ン中じゃあ、身内しか居ねえから
    好き勝手じぇねえか|д゚)。
    まったく、こっちの面が赤くなっちまうよ。
    まあ仕方ねえか…。
    四年も待ち続けたうえに、
    会えたら会えたで、婚儀までの間ずっと
    お預け食わされてたんだもんな。
    こりゃあ、さらん嬢からのお詫びだな、
    きっと。
    さらんさん♥
    桜の開花とともに、素敵なお話を
    ありがとうございます(///∇//)。

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