春花摘 | 山桜・9

 

 

 

 

「チュンソク、大護軍はどうした。大丈夫か」
野に広げた宴席に戻ると、キョンヒ様が小声で尋ねる。
少し笑って頷けば、そのお顔に安堵の笑みが戻る。

心が変わるわけもない。こうして笑う顔を見るたびに思う。
早く生まれ過ぎた。この方を知らぬままで時が経ち過ぎた。そして気付かんままでお待たせし過ぎた。

だからこそ考えたいと言われた時に思ったのだ。
それがキョンヒ様にとって、どれ程重大な事なのか。
己惚れかもしれんとしても、そうでなくばこの方が婚儀を考えたいとなどおっしゃるわけが無いと。

俺に向けてだけこんな風に笑って下さる方。
俺の一言で召しあがれず眠れずに倒れる方。
そして何の約束も出来なかった俺を、ただ待って下さった方。
チェ尚宮殿の前で、此方が赤面するような事をおっしゃる方。
この方が俺に嘘を吐く訳が無い。
あれ程楽しみに待って下さった婚儀を考えるとおっしゃるならそれは、それだけ大きな理由があるのだと。

「チュンソクと、離れたくない。絶対に嫌だ」
ある日いつもの通り役目を終えて伺った私室の殿で、向かい合い座ったキョンヒ様は、俺に向けていきなり言った。
その想い詰めた丸い目を覗き込んで、嫌な予感がした。
この方よりも長く生きて来た俺が、幾度か見た眼差し。
一人で思い込んで答を出そうとしているこの方の目だ。

「突然どうしました」
教えて下さらねば判らん。その御心の中に何があるのか。
自慢ではないが、女人の心を読み取る機敏さは備わっておらん。
「怒らないで聞いてくれるか」
「はい」

キョンヒ様は卓越しにお体ごと俺の方に倒したまま唇を噛んで、急に黙りこくる。
それでもその目は真直ぐに、何か言っている気がするのだ。
あの隊長の肚裡を読んで来た俺に読めぬ筈が無い。その息、目の動き、告げられた幾つかの言葉。
「何があったのですか」

キョンヒ様は何度も躊躇いながら、ようやくその重い口を開く。
「チュンソクと離れたくない、でも」
「でも」
「ハナと離れる事も、考えられない」

やはりそうだったかと、むしろ己を褒めたい気分だ。
あの時大護軍の御婚儀で、ハナ殿がおっしゃった時に。
「チュンソク様に嫁がれたら、ハナは一緒にいられません」

眼を赤くしておっしゃったハナ殿の顔。
それを聞かれたキョンヒ様の驚いた顔。
この御二人の結びつきは、俺になど考えも及ばない。
だからそれをおっしゃった後ハナ殿が退けなくならんよう、そしてキョンヒ様が動揺されぬよう、一旦留めたのは良いものの。

「どうして良いのか分からない。ハナを一人には出来ない。チュンソクは私にとってこの世で誰より一番大切な殿方だ。
だけどハナも、この世で一番大切な人なんだ。
だから婚儀の時期を考えたい。もう少しで良いからハナに頼みたいのだ。でも、チュンソクはいやなのかと考えたら」
「ハナ殿の事を厭なわけがありません」
「本当か」
「嫌なのはキョンヒ様が俺にご相談なく、お一人で勝手に次々決めてしまわれる事です」
「うん」
「考えましょう、一緒に」

そう言った俺に本当に嬉しそうに笑って頷いた後に、その顔が悲しそうに歪む。
「キョンヒ様」
慌てて声を掛ける俺に、キョンヒ様が何度も頷く。
大きく揺れる髪に隠され、そのお顔がよく見えん。
ただその後に続く泣き声で、隠したいのだと判る。

「私」
「はい」
「だらしない。こんな風に倖せなのにチュンソクともハナとも離れたくないなんて、贅沢だと判ってる」
「ハナ殿にお願いしてみましょう」
「・・・うん」

揺れる髪の隙間から覗く、隠しきれなくなった涙。
諦めたように首を振るのを止めて、キョンヒ様が卓向うから涙を零しながら俺を見る。
「嫌いにならないで」
「成りません」

俺の一言で泣きながら笑うあなたを、嫌いになどなれる訳が無い。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    キョンヒさまの気持ちは
    薄々 感づいていたけれど
    これで はっきり 聞くことができてよかった。
    うんうん 二人で決めなくっちゃね。
    きっと いい方法が見つかりますよ。 (゚ーÅ)

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん❤
    お忙しい中でも、こうしてお話を
    更新してくださって
    本当に嬉しいです(^^)
    ありがとうございます❤
    でも、ご無理はなさらないでくださいね。と言いつつも寂しかった~~(^^;

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