「媽媽!!」
高く甘い声が届く前。
桃の花影に見え隠れする白と紫の医官衣を、この眸でずっと追っていた。
届いた声に、ああやはりかと息を吐く。
いつになれば憶えて下さるのか。
どう譲っても俺達だけではない、背後に迂達赤も武閣氏も従えた中での大きな呼び声。
礼儀に悖る明るい声が、此度こそは響かんようにと祈ったものを。
大きく手を振る白と紫の医官服の袖が下がり、春の光よりも白い腕が剥き出しになる。
俺が肩越しに鋭い一瞥を投げると、背後の迂達赤は慌てて振られるあの方の腕から目を逸らす。
キム侍医。奴もあの方を止めるべきだろう。
普段は澄ました仮面を脱いで、俺に話し掛けるような朴訥な物言いで、あの方を諌めるべきだろう。
王様や王妃媽媽の御前では控えろ、大声を出し手を振るような礼儀や仕来りを無視した態度は改めろと。
さもなくば典医寺の面子が地に落ちる、周囲に示しがつかぬとくらい厳しく脅し諭しせば良いのだ。
俺が幾度お伝えしても馬耳東風のあの方も、侍医からの注意であれば多少は聞く耳を持って下さるかもしれん。
そうすれば俺はあの方を膝に、花降る春の宵を心穏やかに過ごせる。
白い腕を万一にも他の男が見たかと、春嵐に心を乱される事も無く。
婚儀の前には信じきっていた。まるでそれが当然かのように思った。
婚儀さえ挙げればその身も心も、花の香の柔らかな髪の一本、寝台の上の静かな吐息、睫毛の影まで手に入る。
そうすれば熱は収まるに違いない。
肚の中で朱黒く燻る悋気の熱は灼けた鋼を水に突込むように白い煙と音を立て、すぐに冷えるに違いない。
落ち着くに違いない。静かにこの方と齢を重ねつつ、父上と母上のような穏やかな夫婦になるに違いないと。
そうして婚儀を挙げ季節を二つ超え、春がやって来たというのに未だこの肚は灼ける。
白い煙と共に収まるどころか、熱は高くなる一方だ。
その亜麻色の髪を上げないでくれと怒鳴りたくなる。
その鳶色の瞳に俺以外を映すなと掌で隠したくなる。
小夜啼鳥の囁きを洩らすなと紅い唇を塞ぎたくなる。
完全におかしい。婚儀を挙げた後もこれ程高い熱が続くものなのか。
それともこれが普通なのか。父上もこんな想いをお隠しだったのか。
畏れ多くも横で御守りする王様も、そしてこの背の半歩後ろに控えるチュンソクも、胸裡にこんな想いを隠しているのか。
隠したまま穏やかに笑み、愛おしい女人をただ見る事が出来るのか。
それならば父上は無論の事、王様もチュンソクも、己よりも余程男としての器が大きい。
生涯かかっても、俺にそんな度量の持ち合わせは成らん気がする。
ならば己は、この熱と生涯向き合って行くのか。
手に入れたこの方に恋い焦がれ、腕に抱きながらも懇願し、戦場で横に護りながらも焦れるのか。
考えるだけでもうんざりするのに、そうなる気がして仕方がない。
「王様、ヨンア、叔母様!!」
その声が俺を呼ぶのが最初でないのは、確かに礼儀に適っている。
出来れば先ず王様を、そして王妃媽媽を呼んで下さればなお良い。
そう思ってはいても心の黒い焔が囁く。俺が一番ではないのかと。
下らん。馬鹿馬鹿し過ぎると判っているのに、どうしようもない。
「お散歩ですか?」
駆け寄って来たこの方が、俺達の前で小首を傾げる。
王妃媽媽が頷かれ、この方へと御声を下さる。
「はい、医仙。雪も解け、今日は暖かいので。王様に春の気配をお楽しみ頂きたく」
この方はその声ににこにこと笑みながら、春の陽に溢れた皇庭へと鳶色の瞳を投げる。
陽に照らされ、心地良さ気だった小さな横顔。
王妃媽媽と愉し気に言葉を交わしていたその瞳が、次の瞬間ふと翳る。
まるで気紛れに流れた春の雲に、天の太陽が隠れるように。
その色の変わりように小さく息を詰める。何だ。何を考えた。
声を掛けようと唇を開いた時、一瞬早くこの方が息を吐く。
そして顔を上げ、何かを振り払うよう小さく息を整え、この眸に向かい強張った頬で笑って見せる。
それが俺の杞憂ではない証に、王妃媽媽もご心配そうにおっしゃる。
「・・・医仙、御体の具合が悪いですか」
「いえっ!」
「医仙、確かに顔色が優れぬようだ」
王様も御言葉を重ねて下さるが、この方は頑として首を縦には振らん。
始まった、強がりが。この方がこんな顔で笑う時は胸の裡が痛む時。
そして何かを隠し、ご自分一人きりで何かしようと決めた時。
どうするか。庭の端へでも呼び立てて今のうちに尋ねるか。
王妃媽媽にこうして首を振るほどだ。今俺が問い詰めても素直に胸の裡を話して下さるとは思えん。
嘘をつく時のこの方は、いつにも増して饒舌になる。
今も媽媽と御言葉を交わしつつ、御二人で笑い合っている。
そんな顔をするのは俺か、王様か王妃媽媽の事を考えた時だ。
抱き締めて背を撫で落ち着かせてやりたくても、頬を包み大丈夫だと伝えてやりたくても、この場でそんな暴挙に出るわけにもいかん。
波立つ胸をどうにか抑え、ただ眸の前のこの方の気配を静かに探る。
春の美しい桃園、これ以上あなたを傷つけるものが近寄らぬように。

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ヨンは ウンスにず~っと
恋していくんでしょうね
その気持ちは冷めることを知らないのね
羨ましいわ。
顔色ひとつで ウンスの心を察してくれるなんて
ちゃぁ~んと 心まで守ってくれようとしてますね
ほんとに ヨンって いい旦那様だわ
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さらんさんこんばんは♪
ヨンはいつになってもウンスを追い続けるんでしょうね( ´艸`)
婚儀をあげても治まることのない欲望と悋気
ただの独占欲の強い男❤️
ウンスったら幸せ者だわ❤️
あー、こんないい男に愛されてみたーい❤️
ウンスの様子に敏感な旦那様
顔付きが曇ったウンスを早くも心配してますね。
ウンス何をお考えかしら…?
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キム侍医に八つ当たりしてるヨン(笑)
呼ばれる順番にまで悋気するヨン。
本当に恋の病ですね(^^)
こんなに想われてウンス幸せですね❤
さらんさん
今日もありがとうございました❤
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さらんさん❤︎
ああああ…もう、もう、ヨンったら❤︎
これがヨンでなかったら、たぶん「面倒くせ~」と思われるかも…ですが、何しろ男前で凛々しくてかっこいいヨンですからね~❤︎
ギャップにもヤラれてしまうのですよ、儂。
美しいウンスには失礼ですが、アバタもエクボというくらいの心の中の美辞麗句。
ヨンにとっては最高の女性なのですね。いつまで経っても。
くそっ、羨ましいっ!(T_T)