「大護軍!」
「おう」
重ねた竹籠を足元に置いたトギの横、テマンが呼んで駆けて来る。
「医仙!」
「テマナ、元気?最近あんまり会えなくなっちゃったわね」
「あ、今は俺は、手裏房に」
「手裏房?どうしたの、なんかあったの?」
「え、いえ、えっと」
ヒドに教わる運気調息の事を伝えて良いのか、瞬時迷うようテマンの眼が俺を見る。
目許で頷くと安堵したように
「手裏房のヒドヒョンに、息の仕方を教わってるんです」
「い、き?」
「はい!」
「ヒドさんに?」
「はい!」
ここで隠し立てすれば却ってこの方を不安にさせる。
そう判じ伝えさせたが、この方は要領を得ぬよう首を傾げた。
「息のしかた」
三人で並んでトギの待つ櫻木へ向かうと、トギは足元の竹籠を指し、次にその指で語り始めた。
「花だけでいいの?」
この方は頷きながら、そんな風にトギと言葉を交わしている。
テマンも当然のように横でトギをじっと見る。
俺だけがその指の言の葉が通じずに、ただ三人を見守る格好だ。
柔らかい春草を踏み、背後から近寄る気配に振り向くことなく首を振る。
「背後から寄るな」
「私とお判りだと知っています」
「斬っても文句を言うなよ」
「柄に手が掛かっておりませんでした」
厭な処ばかりよく見ている。
侍医は低く笑いながら、俺の横についた。
「すぐに慣れます」
「何が」
「トギの手話に。チェ・ヨン殿ほど勘が鋭ければ」
「ああ」
覚えようにもなかなか契機がない。典医寺に行かねばトギに会う機会はない。
あの方の送り迎えだけでは、声を交わす事も少ない。
「テマンにでも教わるか」
「テマン殿は、手話を学ばれたのですか」
「・・・いや」
思い返して首を振る。
奴を山から連れて来て、腹痛で初めて典医寺に担ぎこんだ折。
一晩を典医寺で過ごし嬉し気に戻ると、それからも事あれば典医寺へ顔を出すようになった。
あの頃チャン侍医も笑みながら
「トギに良き朋が出来て嬉しい」
そんな風に言っていたものだ。
長く山の中で一人でいた。手話を教える奴がいたとも思えん。
初めて会った時は幼かったせいもあるだろうが、本能のみで生きているようなところがあった。
奴が降ると言えばどれ程晴れていても必ず雨雪が。
吹くと言えば どれ程穏やかでも必ず強風が。
咲くと言えばどれ程季節外れでも花が咲いたものだ。
俺どころではない、奴の勘の鋭さは生死に関わる山仕込みだ。
獣の声や考えを読むよりは、人が相手の方が判り易かろう。
連れてきた当初には俺以外に懐かんテマンに手を焼いていた迂達赤の奴らも、気付けば弟のように可愛がっていた。
あの真直ぐな男には、声の有る無しなど関係ないのかもしれん。
その頃の委細を知らぬキム侍医は、微笑みながら俺に告げる。
「相手と長く共にいて、憶えたいと思えば自然と覚えられます。要は関心があるかないかでは」
「成程な」
侍医の言い分も尤もだ。
あの方の天界の言の葉がそうだ。
覚えるつもりも使うつもりも毛頭なかったはずの俺が、いつの間にか口にしている。
使えば伝わるのではないかと思うからだ。より真直ぐに。
あの大切な、心の全てを届ける一言のように。
しかしこの後もしもあの方に何かあれば。
トギにしか頼れぬような何かが起きれば。
その時キム侍医もテマンも傍におらねば。
俺の言葉が通じても、トギの声が伝わらんでは話にならない。
「覚えてみる」
そう言った俺に櫻木の下、侍医は嬉し気に頷いた。
「ヨンア」
その時並んだ俺達に向け、春草の中を近付く影の呼び声に顎で頷く。
いよいよ今日の影の主役のお出ましか。

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テマンはヨンを守るために
息を学ぶ。
ヨンはウンスを守るために
手話を覚える。
大事な人の為なら、どんなことでも
できますよね❤
さぁ~主役の登場!
トクマン君頑張れ~(笑)
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関心がないとね…
そうでしょうね
ウンスの天界語はなんだかんだ
覚えてるもの(嫌でも覚えちゃう)
それは ウンスがどうしたいのか 一生懸命
知ろうとするからだものね~
ガンバって~ ヨン あっという間に習得しちゃうわ。
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さらんさんおはようございます♪
本当そうですね、関心がないと頭に入りませんよねぇ。
好意を持つ相手の事は何でも吸収したい
テマンにとっては助けて貰ったトギに信頼を置いてトギの言う事を理解したいと思って本来の鋭い勘の良さから手話も会得できたんでしょうね。
ヨンはヨンでウンスに想いを伝えたり気持ちを読んだり関心のある好意のある人に対しては興味も沸くし共有したいですもんね。
ヨンならすぐに手話も会得できるでしょう!
頑張って~!