不倶戴天 | 拾

 

 

「此処にいる面々とだけ繋ぎが取れる二重間者。
済まんが、他の手裏房の奴らも欺いてもらう」
声に頷きながら、師叔が苦い顔で太い腕を組んだ。
「ってぇことは、他の手裏房と面識がある奴は除くわけだな」
「ああ」
「飯炊きって事は、女がいいのか」
「いや、女人ではいざという時徳興君と渡り合えん。男だ。
出来れば武術の心得があればなお良いが、武技より先ず頭の切れる奴が良い」
「切れる男で飯炊きなんぞ、なおさら見つけにくいじゃねえか。時間が掛かるぞ、俺達だけで探さなきゃならん」

困り果てたように白髪の総髪を搔く師叔へ、追い打ちのように声を飛ばす。
「三日だ」
「何だってえ」
この声に、次はマンボが素頓狂に叫ぶ。
「ヨンア、あんた気でも違ったのかい。出来る訳ないだろう。
あたしらだけでその徳興君を騙くらかす二重間者を、それも三日で探せだって?」
「長く掛かるほど露見しやすい」
「だからって、旦那」

普段はこの声に従うチホも、戸惑ったように息を吐く。
「そんだけ厄介な相手を騙せるような男なんて、簡単には」
「・・・ヨンア」

ヒドの声に他の声が止まる。
「一人、居るには居る」
「誰だ」
「流れていた頃、知りあった僧だ」
「繋げるか」
「ああ。今は水州にいる。僧なら罪人の近くにも置ける。雑務をこなしても不自然ではない」
「名は」
「遍照。ヨンア」
「何だ」
「本気で、此処にいる者だけが知る間者にしたいんだな」
「言ったろ」
「ならば此処だけの話だ」
「だから何だ、ヒョン」
「確証は無いが」

その僧を知る筈のヒド自身が一番戸惑うように呟いた。
「奴も、恐らく内功遣いだ」
「・・・どういう事だ」
「俺にも判らん。手合せした事も無い。お前も会えば判る。奴の気を読んでみろ」
「おいおい、待てよ。ヒドもヨンアも」

俺達の話に割り込むように、師叔が慌てて口を挟み込む。
「ほんとにそいつがそれなりに腕のある内功遣いならよ。
師兄なり奇轍なり、奇轍の師匠なりがとうに見つけて声を掛けてるんじゃねえのか。
遍照なんて坊主の話、師兄から聞いた事ねえぞ」

その師叔にヒドは首を振り、肩を竦めた。
「奴は寺に隠れ住んでいた」
「だからっておめえ、それだけで」
「父親が名のある男らしい。母が桂城の寺の奴婢だった。
相当金を積んで母子共寺に預けられ、その代わり死者のように息を殺して暮らしていた」

息を殺して生きて来た、表沙汰にならぬ内功遣いの僧。
今迄誰一人知らぬ、本当にそんな奴がいるなら。
「僧尼錄にも載ってないのか」
「委細は知らん」
「会わせてくれ」
「時間がなかろう」
「このまま水州へ向かう」
「ヨンア」

立ち上がって言った眸に、横のこの方の見開いた瞳が当たる。
部屋内に揺れる蝋燭の明るい灯を映し、その瞳が揺れている。
「テマナ」
その瞳にも声にも応えられぬまま、逆脇のテマンへ声を掛ける。
「はい、大護軍!」
「チュンソクへ伝えろ。このまま留守にする」
「はい」

頷いて部屋を出るテマンを確かめ、再びこの方へ眸を戻す。
「宅へお送りします」
「だって、今からって」
「一刻も早く」
「一人でなんていや。行かないでよ」
「イムジャ」
「行くなら連れてって。水州って分かるわ、遠くないでしょ。ソウル・・・ああ、ううんもう、とにかく遠くないはずよね?」
「頼む、立って下さい」
「この寒さで?そんな体調の悪そうなあなたを1人で?冗談でしょヨンア、いい加減にしてよ。
あんな男の事なんかより考えること たくさんあるはずでしょ?自分の体は?こんな夜に出かけてって、ケガでもしたらどうするの!」
「旦那、いいよ。天女は俺達が送り届ける」

見兼ねたシウルが弓を背に負いつつ言う。
その横でチホが大槍を握り、席を立った。
「構うな」
顎を振ってそれを断ると、ヒドが呆れたように大きな息を吐いた。

「ウンスヤ」
「体調の悪い時も頼ってもらえないなら、何の為に一緒にいるの?
薬湯飲むって約束したでしょ?どうしてわかってくれないの!!」

最後には小さな叫びになったその声を終いまで聞く。
眸を閉じてもう一度開き、鳶色の瞳を捉え、其処に向けて問う。
「満足ですか」
「全然、全く、これっぽっちも満足じゃないわよ。あなたが私を連れてくって言ってくれるまではね」
「あなたの役目は」
「・・・え?」

突然己へと向けられた鉾先に、この方が声を詰まらせる。
「突然留守にして、明日の王妃媽媽の往診は」
「それは、キム先生が」
「急な患者が出れば」
「私以外にも、他に医官のみんなが」
「それ程軽いですか」
「軽いって」
「己が居らずとも誰かがやる、あなたの役目はそれ程軽いか」
「そうじゃないわよ!」
「戦ではない。あなたは確かに迂達赤の軍医だ。しかし此度は己の判断で出るのです。
あなたを共に連れて行くことは出来ん」
「そんなこと思ってないわ、だけど私は役目よりあなたの方が大切なの。だから一緒に」
「女人」

いよいよ息だけでは黙っていられなくなったか、ヒドが低い声で呼ぶ。
「俺が共に行く。案ずるな」
「だってヒドさん、この人は」
「気が立っているだけだ。病ではない」
「でも、それでも」
「いい加減に分かってやれ。女人が邪魔している。想うなら黙ってこ奴の背を押せ。その分早く行ける」
「いやです。ヒドさんの言葉でもいや。今回は絶対いやです」
「女人」
「足手纏いだ」

俺とヒドの声が重なる不協和音に部屋中が固まった。
その中の誰よりも一番悲しい声で、この方が呼ぶ。
「ヨンア」
「あなたがいては足手纏いだ、ウンスヤ」

相手がどう出るかも判らない。最悪の場合には俺とヒドとで相対する事になる。
そこにこの方が居合わせれば。万が一にでも傷つけば。

「気が散ります」
「・・・ヨンア」
「俺か、ヒドか。何方かがあなたを護る事になる」
「それは」
「何ですか。己で剣を握って戦いますか」

普通の兵なら、普通の僧なら構わんだろう。
しかし本当に内功遣いなら、そしてそ奴が敵に回れば。
「奇轍たちの事を覚えているでしょう。これから会いに行くのはああした力を持つ者かも知れん。戦えますか」

思い出させたくはない。
笛男と火女に連れ回され、斬り殺される者を目の前で見たこの方に。
その後悪夢に魘され続けたこの方に。
それでも言わねば判って下さらない。
この方を護って俺に何かがあれば、最後にこの方は今以上に悲しむ。
それを知っているから言うしかない。

「邪魔になる」

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です