不倶戴天 | 玖

 

 

「部屋の中なんて珍しいね、ヨンア」
盆を抱えたマンボが言いながら爪先で器用に扉を開き、足音も高く部屋内へ踏み込む。
「年喰って寒さに弱くなったかい」

憎まれ口に声を返す前に部屋内の俺の横、嬉し気にこの方が素早く立ち上がった。
「マンボ姐さん、お久しぶりです!」
「ほんとだねえ。何だい、悋気持ちの旦那が大切に可愛がり過ぎて、表にも出してくれなくなったかい」
「え、そんなんじゃ」

この方が白い頬を染めながら、小さな手がマンボの抱えていた盆を受け取った。
「余計な事は良い」
俺の渋い声にマンボどころか、部屋中の皆が噴き出した。
「酒の方が良かったかね」
「いや」

マンボの声に首を振る。酔って話す事ではない。
この方は受けた盆を卓上に据え、其処に乗っていた茶碗を、部屋に揃った奴らの前に置いていく。
「はい、師叔」
「おお、ありがとよ」
「ヒドさんも」
「ああ」
「シウルさん、これチホさんにも渡してくれる?」
「はいよ」
「テマナ、あっついわよ」
「あ、ありがとうございます」
「ヨンア、ここに置くわね」
「・・・ええ」

茶碗が一通り行き渡ったところで息を吐き、蝋燭の灯の中、卓前に揃った顔を見廻す。
「で、なんだいヨンア」
マンボが尋ね、面々が俺に目を当てた。
「頼みがある」

師叔を正面から見て問う声に、酔いに濁る赤い眼が改まる。
「だから何なんだよ、さっきから。まずは言ってみろ」
「間者が欲しい」
「か」

師叔は呆れたような大声を上げ、慌てたように少しひそめる。
「間者なんてそんなもん、おめえがいくらでも見つけられるだろうがよ」
「いや、単なる間者ではない」
首を振ると、ヒドが唸る。
「二重間者か」
「そうだ」
「相手は誰だ」
「徳興君」

その声に低く笑うと、懐手のままヒドの眼が俺を見据えた。
「毒遣いか」
「知ってるか」
「知らんでか」

チホとシウルはまだ事の成り行きを呑み込めんか、黙ったまま俺達の話を聞いている。
「あんたも厄介な男を相手にするね、相変わらず」
マンボが呆れたように息を吐き、俺の横のこの方を見た。
「前に天女が離れで倒れたのはそいつの毒のせいだろ、ヨンア。あんたが手を落としたんじゃないのかい」

さすが手裏房の情報網は、そんな処まで筒抜けか。
半ば呆れ半ば感心しながら顎で頷く。
「ああ」
「なら心配ないだろうさ。手がなきゃ毒も使えやしないよ」
「いや」

今や毒は二の次だ。あの男の忌むべきは駆け引きの技。
相手の弱みに付け込み、それを利用し操る手管。
この方を手に入れる為に俺を使い、俺を陥れる為この方を使い、王様を破滅させ国を手に入れる為に王妃媽媽を使った汚い遣り口。
失った手の代わりに働く者を再び見つけんとも限らない。
「口は残っている」
「だったら縫い付けちまいな。鬱陶しいだけさ」

太い息と共に吐き捨てるマンボの声に、微かに笑う。
「出来れば楽だ」
本当にそう出来ればどんなに楽か。 出来んから考える。
殺さぬ為に、そして二度と生かさぬ為に。

「で、何故二重間者だ」
ヒドが声を挟む。
「あの男を信用させた上で、此方へ全て情報を流させる」
「・・・ふん」

外からの出入りを正確に把握できる者。
奴の獄内の動きを完全に監視できる者。
奴の側で、獄に居て当然と許される者。

「奴の飯番として、二重間者を据えたい」
簡単に他の者を信用する男ではない。
奴以上に喰えん奴を探すなら、手裏房しかない。
「そういう事かい」

マンボが呆れたように天井へと眼を投げ上げる。
「探せるか」
「飯番ね・・・二重間者の飯番・・・」
マンボは呟きながら、チホとシウルの顔を順に眺めた。
「俺に心当たりなんてないぞ」
シウルが困ったように眉を下げ、左右に首を振る。
「俺だって知らねぇよ。そんな面倒臭ぇ男の向こうを張れるような二重間者に当てなんて」
チホが呆れたように俺を見る。
「なあ、ヨンの旦那。いっそ俺達が交互にその、徳興君を見張るんじゃ駄目なのかよ」
「限度がある」

その声に首を振る。広い皇宮、抜け道はいくらでもある。
忍び込まれれば終いだ。
再びあの男が何か企めば、若しくは逃げれば、これ迄の我慢もそして尽力も全てが水泡と帰す。

王様の憎悪も、侍医の復讐も、俺の憤怒も。
各々成就を待ち望み、名分の為に堪えた日々が全て無駄になる。
内からは禁軍で。外からは手裏房で。そしてとどめはその内外を確実に繋ぐ二重間者で。

あの獅子身中の虫。棲まわせると決めた以上、奴の上を行かねばならん。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    さすがだー!
    ヨン…そこまで、考えていたのね。
    そりゃ 疲れてしまうわ。
    手がダメでも 口があるか…
    確かに。 油断できない相手よね。
    奴の上を行かなくちゃ…
    いい間者みつかると いいなー。
    ヨンとウンスの あまあま~も
    スリバンには 筒抜けなのね (//∇//)

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    明るく暖かい太陽のウンス。
    ただお茶を配るだけなのに
    緊張した場を和ませてますね(^^)
    戦略家ヨン!
    二重間者を置きますか!
    誰ですか~?
    続きが気になります~(^^;

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    ご飯も作るなら女性が良いですよね。
    それにある程度,腕もある人が良いだろうし。ムガクシみたいに。
    どんな人が選ばれるのか,徳興君が心を許すのか。
    心を許すには好意を持たれないとダメですしね。
    今後のお話の展開楽しみにしています♪

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