「どうして知ってるの」
夕餉の後の片づけを終え、タウンたちが離れへと下がった後。
居間の中で卓越しに向かい合い、小さな両手で包むよう茶碗を持つこの方が、不思議そうに呟いた。
「夢で逢ったこと」
「ええ」
「前にもあったわ。開京に帰って来る時」
「はい」
俺にも判らない。そして判らなくても構わない。
ただ全てが無になる、あの意識の底で逢う度に想う。
あなたを護りたいと願っているのはこの魂なのだと。
形あるものではなく、たとえ肉体は滅びても変わらない。
だからこそ信じられる。幾度生まれ変わろうとあなたに逢えると。
「同じ夢を見てるってこと?」
この方は首を傾げて問うた。
「・・・さあ」
立ち上がり、居間の隅に畳まれた厚い毛織物を取り上げて首を振る。
すっかりこの方の為、其処に用意してあるようになった。
それを指先で拡げると、この方ももう分かっているのだろう。
この指の邪魔もせず大人しく包まれてから俺の眸を見上げ、 嬉し気に息を吐いた。
「機嫌取ろうとしてるでしょ」
「はい」
言い当てられて苦く笑み、確りと包んだこの方を伴って縁側への戸を開く。
板張りの廊下へ座り込むと、この方は此方が招く前から組んだ胡坐の中へ身を納め、居心地の良い場所を探す。
真冬にしかできない事もある。夏には暑いと思って控えた。
秋は婚儀の用意に忙しすぎて、碌にこうする刻も無かった。
「月が」
ようやく場所を定めたこの方を後ろから抱き、その細い肩、柔らかい髪の向こうに真冬の夜空を見る。
「うん、きれいね」
耳許のこの声が揺らす髪がこそばゆいか、この方は笑いつつこの眸と同じ月を見る。
「逢いたかった」
「それなら出掛ける寸前に、あんなこと言わないでよ」
「言った故、逢いたかったのです」
「・・・ほんと口が減らないんだから」
後ろから回し細い腰の前で組んだ両掌を、小さな爪先が抓る。
「私、夢でなんて言った?」
「当てて下さい」
月を見上げて小さく顎を振ると、僅かに此方へ向けた横顔の瞳が流れて来る。
「ヨンア」
月からその瞳へ眸を戻す。
空に浮かぶ月より近く、いつでもこの唇でなぞれる三日月。
その三日月の瞳は、確かな答を知っている。
「信じてる。行って。そして帰って来て」
そうだ、あなたはそう言った。そして続けてくれた。
先を促すこの眸に、腕の中から優しい声が続く。
「私はここよ。ここで待ってる。そう言ったら、あなたは頷いた」
「・・・はい」
「その通り?」
「ええ」
「それならなおさら不思議だわ」
瞳が空の月へと戻り、先刻抓られた両掌は温かい手で護るように包まれる。
「夢だと思った」
「かも知れません」
「現実なの?」
「かも知れません」
「答えになってないわ、ヨンア」
「ええ」
そもそも答の出ようもない出逢い。
答の出ない時を互いに待ち、そして答の出ない旅をして戻って来た方だ。
「今更答が要りますか」
その問い掛けにあなたは可笑しそうに笑う。
「ううん、もういい。ただ心配だったの。それだけはわかって」
「はい」
「さっき紹介してもらったお坊さんが、二重スパイなの?」
「すぱい」
「ああ、えぇと・・・徳興君をだまして、監獄の見張りにつける人?」
「はい」
知る必要のないことは伝えたくない。
それでもこの方もあの場に居た。
共に出るのを許したのは己だ。 渋々頷くと、この方の声が続く。
「あなたみたいな力があるの?雷功みたいな?」
「判りません」
決してこの方と遍照を二人きりにはさせん。
俺が共に居る限り、この方に累が及ぶ事は無かろう。
内功遣いとはいえ、何を遣うかは俺にもまだ判らん。
正直に首を振るとこの方は言い淀む。
「・・・ねえ。ヨンア」
少し低くなった声に、月から眸を離し腕の中のこの方を確かめる。
「まさかとは思うけど」
「何ですか」
「あのお坊さん、還俗したり・・・してないわよね?」
「還俗」
僧籍に在る者が破戒をして籍を剥奪される。若しくは望んで現世へ戻る。
あの男が僧籍にあるのかは確かめてはいない。
しかし寺へと迎えに行った折、朝の勤行をしていたのは事実だ。
「僧籍にあるはずですが」
僧籍のない者が寺の本堂での勤行を許される事は無いだろう。
そう思いながらこの方の瞳を見つめ返す。
首を傾げる俺にまだ不安げに、この方は問い続ける。
「名前はシンドンじゃないわよね?」
「遍照としか聞いておりません」
「でもそれは、お坊さんとしての名前でしょ?本名は?」
いつの間にかこの両掌を固く掴み、この方は珍しく食い下がる。
「聞いておりません。何故」
この方のこの顔色。懸命な問い掛け。
突然出て来た、還俗などという言葉。
この方がそんな仏教語を知っているのにも驚かされたが。
「何を御存知なのですか」
「ヨンア、お願い」
問い掛けには答えずに、この方は言い募る。
握られた両掌が、この方の手の汗で濡れる。
「もしもよ。もしも王様が、ううん、媽媽かも知れないけど、あのお坊さんを還俗させないように見張ってて。
もしも還俗させそうになったら、お願いだから絶対止めて。
経緯は憶えてない。だけど名前はシンドン。それははっきりしてる」
「何がですか」
一体何処から、シンドンなどという名が出て来る。
「そのシンドンとは、何者なのです」
「・・・ううん、違うかもしれない。考え過ぎかも」
「イムジャ」
膝に抱き共に月を見上げたこの方の体から腕を解き、その細い肩を出来る限り緩やかに掴み、廊下に立ち上がらせる。
向かい合う俺の眸を見つめ、その瞳が不安げに曇る。
そして紅かった唇はその歯で固く食い縛られていた。
問い掛ける眸にこの方がようやく歯を緩めると、真白い唇にゆっくりと血の気が戻る。
「イムジャ」
もう一度問い質すように呼ぶ声に、その唇が動いた。
「次の王様の、父親になるかもしれない男」

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ザーって
血の気がひく音がしそう。
くらくらするわ。
あー(/≧◇≦\)
そ、そんな… だよね。
ウンスとのあまい時間が
吹き飛んじゃった。 (。´Д⊂)
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さらんさんのお話に引き込まれて毎日楽しみに読ませていただいてます。
やはりウンスは分かっていたのですね。
確信は無くとも僧侶という男に感じる物はあったのかも
そして心に渦巻く何かにも。
察するにウンスと約束した通り次の王様の父親になる事は阻止したのでしょうか…
BIGBANGのライブは楽しめましたでしょうか?
一体感が感じられるのはライブの醍醐味ですもんね。
また日々の活力にもなりますね♪
お疲れ様でした!
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ついに出てきましたねぇ。
私,シンドンが出てくるドラマは見た事無いのですが,歴史上は王妃様が亡くなって王様が政治を顧みなくなり,変わりにシンドンが・・・みたいな感じだったかな。
でもウンスがいるから王妃様は無事に妊娠出産して欲しいな(。-人-。)
そうすれば歴史が変わるかもしれない。
でもそうなると朝鮮王朝に影響を及ぼしそうですね。
イソンゲも又出てくるのかな。
なんだか不穏な空気になってきましたが,また続き楽しみにしています♪
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とうとうシンドンの名が出てきましたね。
ウンスも予感がしたのでしょう。
それを聞いたヨンの顔が想像できます。何というやつを
連れてきたのかと・・・
そのうち、もう一人の女性も登場するのでしょうか?
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二次小説ですが、やはり、史実で流れて行くのでしょうか。
シンドン・・、次の王様の父になる・・。歴史を調べると、ずっと恐怖でした。高麗王朝最後の王様は、シンドンの孫ということになります。朝鮮王朝の祖、李成桂の反乱もありますが、シンドンの子・孫である王様ということで、高麗の歴史が止まったような・・。
史実は曲げられないのですよね。王妃様がシンドンと・・と描くと、辛くて辛くて辛くて・・。
でも、本当の歴史なんて分からない!!
日本の歴史だって、それぞれの時代に、いろいろな説があるのですから・・。
二次小説と信じ、お守りください(合掌)
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二人の甘い時に、ほっとしたのも
束の間、とうとうシンドンの名が・・
ウンスやっぱり覚えていたのですね。
さらんさん~
ますます続きを読むのが恐いですよ~
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さらんさん
最後、全身に鳥肌立ちました!
怖いけど、これからの展開にドキドキします。
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サランさんのチェ・ヨンは私が想像しているチェ・ヨンです。心の中の言葉も、会話の言葉もぴったりです。とてもうれしいです。
これからも楽しみにしています。
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さらんさん♥
今宵もドキドキのお話を拝読させて頂き
ありがとうございます。
遍照の素性に対する不安を口にしたウンス…。
改めて考えてみると、ウンスにこそ
敵・味方を嗅ぎ分ける、特別な能力や
第六感のようなものが備わっていたのでは?と
思わずにはいられません。
そして、その力は、文明の利器の無い高麗で
護るべきヨンという相手を得て
磨きがかかったのではないでしょうか。
ああ…やはり、遍照はシンドンなのか…。
歴史に疎い私には、ヨンとどのように
絡んでいくのか、詳しくはわかりませんが
王や王妃の平穏な暮らしが
近い将来、大きく揺るがされるのですね…、
益々不安になってきました(-_-;)