不倶戴天 | 陸

 

 

殿内の入口、鋼の太い格子を握って揺する。
其処に取り付けた鋼の閂を指で持ち上げ確かめる。
巻かれた太い鋼の鎖、その上に取り付けられた錠前。

触れる度に耳障りな低い音が響く。
この鋼の重さは奴の自由と引換だ。

閂の台座に据えられた錠前を取り付ける板まで見届けて頷くと、
「錠鍵を寄越せ」
その声に繕工府の男が、懐から恭しく鍵を差し出した。

「予備は無いな」
「作る事は出来ません」
「良し」

差し出された鍵を懐へと落とし、殿内の廊下を私室へ進む。
廊下に面した窓にも全て鋼格子が嵌っている事を、一枚毎に窓を開いて確かめる。

握るたび雪で凍った鋼が、この掌の皮に張り付く。

これ程大量の鋼を使う、たかが鼠一匹に大散財だ。
元との交渉が上手く行くか若しくは奇皇后の失脚で決裂する迄、この散財の元を取る為にも生きてもらわねば困る。

思ったよりもずっと質素で小さな殿だった。
然程長くない廊下の突き当りには奴の私室が見える。
入口の壁と扉は取り払われ、代わりに一面鋼格子が鈍く光る。
その格子の向こう、部屋壁は全て石造りへと変えられている。
壁の高い処に鋼格子を嵌めた窓一つ残し他は全て埋めてある。

その部屋内の様子は格子の向こう、全て透けて見える。
此処はまさに殿の皮を被った牢獄だ。

分厚い石を組んだ所為か、室内は外から見る殿の様子よりもかなり狭く感じる。
余程周到な準備がなくば、内からも外からも破る事は無理だろう。
部屋の出入口の鋼格子を開け、重い扉から私室内へ踏み込む。
壁に掌を添え、確かめつつ部屋内を伝い歩く。
逆側から同じよう侍医が壁を伝い、最後に窓下で向かい合う。

「どうだ」
高い窓からようやく射し込む淡い光の下で問う。
「宜しいかと」
「手摺は」
「石の継ぎ目に取り付けられます」
「善し」

侍医の声に頷くと私室の入口、格子脇に控えるテマンを振り向く。
奴は眸を受けて頷くと
「呼んできます」
それだけ残して踵を返し、廊下を真直ぐ戻り、出入りの鋼格子から雪景色の中へ駆け出した。
「・・・さて」

声と共に吐いた太い息に、侍医が頷く。
「直接見るのは久々でしょう」
「ああ」
「私は毎日診て参りましたから」
侍医はもう一度息を詰めると、此方の顔も見ず呟いた。
「もううんざりです」
「因果だな」
「ええ、本当に」
「これからは俺だ」
「チェ・ヨン殿自らですか」

侍医と横並びに牢獄の窓の下、光の下で石壁に凭れる。
「詮議には俺が出る」
「しかし訓練には医官が通うとしても、賄いは」
「考えている」

殿の中には厨は置かなかった。万一火を放たれては大事になる。
殿の敷地端に建てた別棟の厨で拵え、兵に運ばせる迄は考えた。
たかが鼠一匹に上げ膳据え膳だ。さぞ居心地も良かろう。

但し、と考え息を吐く。問題は炊事番だ。
王様や王妃媽媽の膳を受け持つ水刺房の尚宮はまず論外。
そしてあの男の飯を作る為に、兵を割くわけにはいかん。
かといって炊事番として市井の民を気軽に雇い入れ、自由に出入りさせる事も出来ん。
「手摺が付くまでどれ程掛かる」

凭れていた石壁から身を起こし、繕工府の奴へ問う。
弾かれるように下げていた顔を上げ、男は此方を見た。
「すぐに取り掛かれば三日四日で」
「三日で上げろ」
「はい大護軍!」

あと三日。お前の自由もあと三日だ。
三日の間に内外より包囲の網を敷く。
その先は、生きてこの殿より一歩も出さん。
「・・・チェ・ヨン殿」
「何だ」
「脈診をお許し頂けますか」

横に並び、突然尋ねる侍医の声に首を振る。
「無用」
「顔色が優れません。チェ・ヨン殿の場合顔色や舌の色を見るに気虚や気鬱については心配はありませんが、気逆が心配です」
「整える」
「・・・気を、ご自分でですか」

俺を何処まで知るのか。
整えるという声に驚くのを見れば全て知っているとも思えん。
「内功遣いは鍼や薬湯無しで自らの気の流れを整えると、聞いた事がありますが」

すぐ其処に立つ繕工府の男の耳に届くのを懸念したか。
低く問い詰める侍医には答えず、部屋一面に張った鋼格子越しの廊下の先の入口を見つめる。

表の雪の中を殿へと近付いてくる気配。
体中の神経が、ささくれたように尖る。

続く問いを発した気な侍医を眸で押さえ部屋を横切り、壁の鋼格子の片隅に切った扉を押し開く。

奴が来る。

同じ殿内で息を吸うのすら真平だ。
しかしそうして表を歩けるのもあと三日。
そう思えば堪えられる。

奴が此処へ入る前に、出来るだけ新鮮な空気を吸っておきたい。
深く息を繰り返し、肚の気を整える。
来るが良い。お前の終の棲家へ。

雪を踏む足音が乱れている。
入密法など持たんこの耳が聞き分ける程だ。
「来る」

この背の後について扉を出ると廊下を進み、殿の出入り口へと共に進む侍医へ低く声を掛ける。

「・・・本当に、うんざりだ」

侍医は独り言のように、低く吐き捨てた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ヨンもさすがに お疲れかしら?
    ピリピリ…
    ヨンも侍医も 会いたくないひと
    足音さえも聞きたくない
    嫌われっぷりが 半端ない
    それだけのことをしたのだからね 仕方がない。
    毒男~
    どう思うかしら…
    もう自由は奪われているし
    屈辱感を味わうのかな?

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    ヨンが紡ぐ短い言の葉から
    ヨンの冷酷な姿が、映像を見ているように、浮かんできます。
    侍医にも、気付かれてしまうほど
    気が乱れてるヨン・・・
    大丈夫ですよね?
    さらんさん❤

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