不倶戴天 | 伍

 

 

仁徳殿までの途、互いに一言も発さずただ歩く。
雪の中二つの足音だけが小さく響く。
大したものだ。その息遣いも気配も。
これ程早く習得すればヒドもさぞ誇らしかろうが
「テマナ」
「はい、大護軍」
「根を詰めすぎるな」
「俺は、これくらいしか」
「今晩酒楼に行く」

突然の声にテマンは確りと頷いた。
「一緒に行きます。いいですか」
「おう」

凍りつく蒼天から、冬の透明な陽は全てに等しく降り注ぐ。
この肚の裡を誰より読む弟分はただ黙ったまま従いてくる。
内外からの包囲網。内からは禁軍で、外からは手裏房で。
蟻一匹通れぬ網を張ってやる。典医寺を出ても逃げられん。

張り巡らせた網の中でせいぜい足掻け。
あの時全てを手中に収めたと錯覚したお前に相応しい。
王妃媽媽を攫い御子を死なせ、王様を跪かせあの方の命を弄んだ。
それだけでも充分死罪に値する。

そしてお前の最大の誤算は俺を殺さなかった事だ。
殺し損ねた俺が、必ずお前の息の根を止める。

そして今日俺は生きて深雪を踏みしめる。
お前に殺されれば踏めなかった雪。
吐く息は白く凍えた空気に雲を浮かべる。
お前に殺されれば吐けなかった息。

今日お前を嘲笑いに俺はこうして向かう。
生きる俺を、その眼で見るが良い。後悔に歯噛みしながら。

 

*****

 

「大護軍」
仁徳殿前。真白な雪景色に佇む二つの影が、足音に振り返り此方へ向かって頭を下げた。
「・・・どうした」

まさか此処で遭うとはな。
侍医と、それに従う医官の顔を認め足を止める。
「殿が完成したそうなので」
「ああ」
「これから必要な道具があると、ウンス殿がおっしゃって」

奴は懐から薄紙を取り出すと、此方に向かって差し出した。
指先で開けば、中に書いてあるのは何やら棒を組み合わせた一組の短い手摺のような絵。
そして小さな段を組み合わせた絵の二つだった。

その絵から奴の顔へと眸を戻すと、奴は小首を傾げ苦く笑む。
「私にもよく判りません。ばーという物らしいのですが、その手摺に掴まって往復するとか。
殿内の壁にも手摺を付けるよう、ご希望がありました」
「この段は」
「歩けるようになれば、それをばーの途中に置くそうですが」
「ならば作らせろ。お前がわざわざ来るな」
「それを期待したのですが・・・」

侍医は困ったように笑うと眉を顰める。
「手摺の高さを計る必要があると。背の高さの丁度半分程でないと、却って逆効果との事で」
「成程」
「最初はウンス殿が行くと言い張られたのですが、流石に」
「・・・ああ」
「医官だけではまだ」

侍医はさり気なく此方によると、囁くように告げる。
「あの男が何をするか」
「動かんだろう」
「ええ。ですが何しろ相手が悪い」
「まあな」
「どれ程用心しても」

傍から見れば迂達赤大護軍と典医寺の侍医が雪中に並び、白い息を吐きつつ目前の殿を観ている、そんな絵だろう。
唯一人吐息だけで交わす会話を耳にしている筈のテマンは表情を変えず、無言で目の前の仁徳殿を睨みつけている。

俺達の到着にようやく気付いたか。
テマンの視線の先、慌てたように繕工府の奴らしき姿が殿の入口から此方へと、雪の中を走り寄る。

「大護軍、お待たせして申し訳ありません!」
「良い」
そう言って駆け寄る姿に向かい、雪の中を殿の入口へと進む。
走り寄って来た繕工府の役人は慣れぬ深雪に足を取られつつ
「ご希望通り私室の入口迄に二重に施錠を。窓も全て格子が」
「ああ」
頷く俺に続き
「私室内の壁に沿って手摺を取り付けて下さい」

侍医が伝えると繕工府の役人は俺の顔色を窺うよう、無言で此方の様子を見つめた。
「付けろ」
「はい、すぐに!」
「侍医、絵を渡せ」
「はい」

侍医が頷き、先刻のあの方の認めた薄紙を役人へと手渡す。
受け取った紙を見つめ、役人は再び侍医でなく此方へ尋ねた。
「大護軍、これは」
「必要な道具だそうだ」
「分かりました」
「委細は医官と話せ」

そう告げると役人は大きく頷いた。
「はい!」
「手摺の高さを決める。決まり次第すぐ取り掛かれ」
「畏まりました」
「一刻も早く完成させろ」
「はい!」
「完成次第、罪人を移す」
「はい!」

返事だけは勢いの良い男だな。
雪中で足を止め、背に従く繕工府の役人に振り返る。
「殿内外の見取り図は残しておらんな」
「おりません」
「中の造りは他言無用だ」
「勿論です!」
「工夫達もか」
「信頼できる者のみ使いました、問題ありません」
「漏れれば命で償う」

俺の声に、足許の雪、渡した薄紙より顔を白くし、役人は頷いた。

 

 

 

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1 個のコメント

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    侍医もちゃんと 心得て…
    毒男には ウンスを近づけないのね。
    当然だけど。会う義理もないし
    リハビリ用具を発注してあげるだけ やさしいわ。
    これは のちのち みんなのためだし…
    テマン 益々頼もしくなってるのね。

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